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ローライネ出動

 ミュラーから許しを得たローライネは急いで出発の準備を整えた。

 とはいえ、数百人に及ぶであろう難民達の食料等の物資を直ぐに揃えるのは難しい。

 しかしローライネはその時間の浪費を許さず、取り急ぎ揃えられるだけの物資を数台の馬車に積み込み、自ら先発隊を率いてリュエルミラに向かっている難民達の下に駆け付け、残りは準備出来次第後発隊が後を追うという計画を立てた。


「では、ミュラー様、行ってきますわ」


 出発の準備を終えてミュラーの前に立つローライネ。

 ローライネとその背後に立つマデリアの姿を見てミュラーは呆れ顔を浮かべた。


「ローラ、マデリア、その格好は一体なんだ?」


 ローライネはドレスの上に軽胸甲を着て、腰にサーベルを差している。

 マデリアは普段と同じメイド服だ。


「「なんだ、とは?」」 


 互いに首を傾げるローライネとマデリア。


「何故ローラが武装する必要がある?それにマデリア、以前に設えた隊服はどうした?」

「あら?ミュラー様の代理として部隊を率いるのですのよ?たとえお飾りとはいえ、むしろお飾りだからこそ、それ相応の装いをすることは当然ですわ」

「私も、隊服よりもこちらの服の方が動きやすく、色々と都合がよいので・・・。それに、今回はミュラー様ではなくローライネ様の護衛ですのでこの服装でも問題は無いかと存じます」


 当然のように答える2人にミュラーは頭を抱えた。

 マデリアの方はメイド服の方が都合がよいというのは事実だろう。

 マデリアのスカートの内側に隠された色々な物を想像するとミュラーでも背筋が寒くなる。

 しかし、ローライネの服装は決して動きやすいとはいえないドレスに軽胸甲にサーベルと服装のバランスがおかしい。


「何故ドレスのままなんだ?」

「あら、如何なる時にもドレスを優雅に着こなすことは淑女の嗜みですわ。ミュラー様の妻として恥ずかしくないようにしないといけませんもの」


 ミュラーはローライネの背後に立つゲオルドを呼んだ。

 ローライネ達に背を向けて男2人で背を丸めてコソコソと話し合う。


「そもそも私はローラがサーベルを振るう姿を見たことがないが、ローラは剣を扱えるのか?」


 小声で尋ねるミュラーにゲオルドも声を潜めながら答えた。


「はっ、貴族の子女としての嗜みとしてお嬢様が幼い頃から私が剣術を指南しました。元々才能に溢れるお方ですので、腕前は相当なものです。私でもうっかりしていると一本取られそうになる程です。そうですね・・・剣技試合ならばリュエルミラ領兵の平均以上と言ってもよいでしょう」


 かなり高い評価だが、ミュラーはその真意を聞き逃さない。


「剣技試合なら・・・だとすれば、実戦では?」

「まるで役に立ちませんな。特にお嬢様の剣は正々堂々、真っ向勝負の剣です。貴族の娘の嗜みとしてそのように教えたのは私ですが、それ故に戦場における乱戦では通用しません」


 ミュラーはため息をついた。


「戦闘が発生することは無いと思うが、万が一の時にはローラの傍を絶対に離れるな。マデリアにもよく言っておいてくれ」

「承知しました」


 ミュラーの心に一抹の不安を残したことなどつゆ知らず、ローライネは意気揚々とリュエルミラ公用馬車に乗り込んだ。

 因みに、公用馬車にはローライネ、マデリアの外に騎士服姿のロトリアのシェリルも同乗するが、公用馬車の中にも食料等の物資を積み込んでいるため、車内は非常に窮屈であり、3人は荷物の隙間にその身体を押し込んでいる。

 図体の大きいゲオルドは車外の御者席の隣に座っているが御者を務める領兵が少しばかり迷惑そうだ。


 こうしてローライネ率いる先発隊を見送ったミュラーは執務室でエリザベートと今後の対応について話し合っていた。

 フェイレスとバークリーは後発隊の各種手配等で手が離せないので執務室にいるのはミュラーとエリザベート、そしてお茶等の給士を務めるステアだけだ。


「さて、こうなった以上はローライネが連れて来る難民達はリュエルミラが責任を持って受け入れますよ」

「感謝いたします」


 お茶を飲みながら肩の力を抜いて(いるように見える)話すミュラーとエリザベート。

 しかし、領主同士、それぞれに思惑があることは事実で、双方共に側近のいない席での話し合いである。

 お互いに真剣に相手に向き合っていた。


「ところで、エリザベート殿はリュエルミラが難民達を受け入れるだけで満足ですか?」

「それはもう、これ以上のお願いなんて出来ませんわ」


 白々しく笑うエリザベートだが、この辺りまでの会話はお互いに予測通りのものだ。


「まあ、これ以上の要望が無いということは事実でしょう。既に貴女の思惑通りに全ての事が運びましたからね。ローライネが気付いているかどうかは分かりませんが、貴女は貴女の側近をローライネに同行させることに成功した。これでローライネが言った通り、難民達はリュエルミラとロトリアに救われたと思うでしょう。つまり、ロトリアは労せずして自分達が見捨てた難民達の心を取り戻すことに成功したわけです。まあ、これからリュエルミラに定着する難民達からの見返りはありませんが、少なくとも難民達の恨みや憎しみの気持ちを拭い去った。これは金銭には代え難い成果ですね」


 エリザベートは笑みを消してため息をついた。


「そこまで見透かされていましたか・・・。ミュラー様の仰る通り、私は難民達をリュエルミラに押し付ける一方で彼等がロトリアを恨んだままでいることを放置出来ませんでした。険しい山脈を隔てているとはいえ、ロトリアに隣接するリュエルミラに住むことになる彼等の心からゴルモア公国はともかく、ロトリアに対する負の感情だけは消し去っておきたかったのです」


 ここにきて本音を吐露したエリザベート。


「まあ、エリザベート殿の望み通りの結果になるでしょうね。そこで一つ確認なんですが、難民達に対してこれ以上はロトリアの利になるような対応をする必要はありませんね?」

「これ以上は・・・とは?」

「そのままの意味ですよ。ローライネにシェリル殿が同行し、エリザベート殿はここで私と共に彼等を出迎える。そうすれば彼等は勝手にロトリアにも救われたと思うでしょうし、私としてもわざわざ否定するつもりはありません。しかし、貴女達がロトリアに帰った後、リュエルミラが彼等にロトリアの功績を説明する義理は無い、ということです。実際に今回の件の負担はリュエルミラがまる被りですからね」


 ミュラーの言葉にエリザベートは再び笑みを浮かべた。


「抜け目がありませんわね。つまり、私が何らかの負担を請け負えば彼等に私の功績を伝えてくれるということですの?」

「そうですね、彼等とリュエルミラのために何かをしてくれるのならば、その分の説明をすることは当然ですよ」


 エリザベートは思案する。

 リュエルミラに金銭を支払うことは不可能だ。

 グランデリカ帝国の法的に見てリュエルミラがロトリアから直接金銭を受け取ることは出来ないし、ゴルモア公国側からしても、商取引は可能でも他国に対して勝手に金銭援助をすることには問題がある。


「そうしますと、やはり広域商人を介しての商取引での優遇ということになりますね。何かお望みはありますか?」


 エリザベートの問いにミュラーも頷いた。


「ロトリア産の鉱物について、今よりも更に安価な取引をしてくれれば、安くなった分だけ難民達に還元し、その出所についてもしっかりと説明しますよ」

「その条件をこれから先ずっと続ける必要がありますか?」

「いえ、彼等も5年もすればリュエルミラに定着し、公国に対する気持ちも薄れるでしょうが、そこまで継続する必要はありません。そうですね、3年間といったとこですか。1、2年程度で生活は安定する、というか我々が安定させてみせますので、そこに更に1年分上乗せです」


 エリザベートは頭の中で現在の鉱物の販売価格について割り引いてもある程度の儲けが出る値引き率を計算する。


「分かりました。更に2割の値引き、といきたいところですが、リュエルミラとの更なる友好の証しとして、これから3年間、ロトリアが販売している鉱物の取引価格を更に3割値引きします。これで如何でしょう?」


 エリザベートの提案にミュラーはニヤリと笑いながら頷いた。


「では、そういうことで・・・」


 ミュラーとエリザベートの2人の間で結ばれた更なる密約。

 ランバルト商会を介しての取引についての密約であり、約定書等を取り交わすことは出来ない。

 間に入るランバルトにしてみれば安価で仕入れた商品に儲け分を上乗せしてリュエルミラに売りつけるのは当然だ。

 しかし、ランバルトにしても今のところはリュエルミラとロトリア間の商取引を独占しているが、今後は市場が開放されることや、現状であってもミュラーやエリザベートからの不信を買えば市場が閉ざされていることを理解しているから、そのギリギリの線を保つことは疑いない。


 何の担保もない密約だが、リュエルミラ、ロトリア、ランバルト商会が自己の利益を考え、互いの信用の上に成り立っており、これは並の契約などよりも余程強固なものであった。

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