エリザベートのお願い2
(エリザベート様、ローライネ様がああ仰っている今が好機ではありませんか?)
ローライネの様子を見たシェリルはエリザベートに耳打ちするがエリザベートは首を振る。
(駄目です。私達は無理難題をお願いしているのです。これ以上の口出しは無用です。結果がどうなろうともミュラー様達の判断に委ね、それを受け入れなければいけません)
エリザベートは難民の受け入れを『お願い』はしたが、その先の判断をするのはリュエルミラであり必要以上に介入すべきではない、そんな権利は無いと考えている。
今は黙って見ているしかないのだ。
「確かに難民達を救うことはリュエルミラにとって大きな負担になります。でも、困っている人に手を差し伸べるということは損得ではありませんし、見返りを欲するべきではありません。ミュラー様とフェイレスは今のリュエルミラについて先ずは現実的なことを優先しています。確かに、難民を拒否したとしても領内での悪い影響は長くは続かないでしょう。領民達もミュラー様の判断が領民の生活を守るためのものだと理解するはずです」
ローライネはミュラーとフェイレスを見た。
その瞳には確固たる決意が宿っている。
「でも、私は未来のことを考えてしまいます。今、難民を受け入れれば、彼等は自分達のルーツはゴルモア公国からリュエルミラに渡り、自分達の地位を手に入れたという誇りと共にその気持ちは彼等の子孫まで受け継がれるでしょう。これは何物にも代えがたいリュエルミラの財産となります。・・・確かに、これは未だに来ていない未来の話、それも不確定なもので、悪い未来を呼び寄せることになるかもしれませんし、私の考えは為政者として甘いのかもしれません。でも、私は救いを求める者に救いの手を差し伸べたい。そして、私の夫であるミュラー様にも私の思いを受け入れて欲しいのです。私がミュラー様を頼りにリュエルミラに来た時のように」
ローライネの力説をミュラーは未だ渋い表情で聞いていたが、フェイレスは違った。
薄い笑みを浮かべるながら口を開く。
「確かに、今のリュエルミラにはある程度の余裕があります。利得を排除し、損害を被る覚悟で難民を受け入れてもどうにかなるでしょう。・・・前言を撤回して私もローライネ様の意見を支持します」
フェイレスが受け入れ容認に回ったため、これで2対1、いや、最早裁定は決した。
「・・・分かった。難民を受け入れよう」
ミュラーの決断によりゴルモア公国からの難民受け入れが決定する。
「ありがとうございます。心から感謝いたします」
立ち上がって深々と頭を下げるエリザベートとそれに倣うシェリル。
「さあ、そうと決まれば忙しくなりますわ!ミュラー様、領兵隊の馬車、それに農作業用の馬車や荷車も用意しましょう。そして、ゲオルドの隊を私にお貸しください」
揚々と声を上げるローライネにミュラーが怪訝な表情を浮かべる。
「多数の馬車に第3大隊なんてどうするんだ?」
「それはもちろん食料等を積んで迎えに行くのですわ!」
「しかし、難民が国境線に到達するのはまだ先だ。それに、国境線で出迎えるならそれ程の量の食料は必要ないし、大隊を動かすのはむしろ無駄な労力だ」
ミュラーの言葉にローライネは胸を張る。
「受け入れを決めた以上は誰1人として見捨てるつもりはありません。こちらから山脈の中にまで出向いて皆さんを保護してきますわ」
「ちょっと待て、まさか国境を越えて迎えに行くつもりか?」
「何か問題がありますの?」
「大ありだ!領兵とはいえ軍隊が国境を越えて他国に侵入するなど、戦争をふっかけるようなものだ!国境線で出迎えるべきだ」
「でも、国境って、実際に線が引いてあるわけではありませんよね?ついうっかり越えてしまっても仕方ないのではありませんか?」
「仕方ないわけないだろう!ざっと考えてもこちらから出向くと難民に接触するのは山2つ分もロトリア側に入った場所だ。ついうっかりではすまされないぞ!」
無茶なことを考えるローライネをミュラーは必死で止めながらフェイレスに助勢を求めるが、フェイレスはミュラーから視線を外して知らん顔だ。
それどころかエリザベートからも横槍が入る。
「ミュラー様の心配もよく分かります。そういうことでしたら私がご案内しますわ。尤も、ローライネ様の言うとおり国境線といっても線が引いてあるわけではありませんので、私もついうっかり行き過ぎてしまうかもしれませんが」
再び笑顔を浮かべるエリザベート。
最早ミュラーの味方はこの場には居ない。
「駄目ですわ。エリザベート様はこのリュエルミラで皆さんをお迎えください。その上でご許可いただけるならばシェリル様を私達に同行させてください。そうすれば、難民の皆さんはロトリアとリュエルミラの両方に救われたと思うでしょう。これこそ皆が得をする選択ですわ」
エリザベートは頷いた。
「分かりました。そのようにしましょう。シェリル、私はここで皆を出迎えますから貴女はリュエルミラの皆さんを案内して難民達を迎えに行きなさい。くれぐれも、国境を越え過ぎないように注意しなさい。尤も、方向音痴の貴女ですから、山2つ分位は間違えてしまうかもしれませんが、まあ仕方のないことですね」
「分かりました」
「そういうことですので、ミュラー様、今暫くの間、この館に滞在することをお許しいただけますか?」
ミュラーは完全に白旗を上げた。
「好きにしてくれ・・・。んっ?ちょっと待て。ローラ、まさか自分も行くつもりか?」
「当然です!ミュラー様がここから動けない以上は私が皆さんに事情を説明して安心してリュエルミラに来ていただく必要があります。これは領主代行の私の役目ですわ。それに、ゲオルドの隊は他の隊からの配置転換や新兵も多く、部隊としての練度に不安があります。野営や輸送等、遠征に必要な訓練を行う良い機会ですわ。勿論、私も非常時に野営の一つも出来ないでは領主代行なんか務まりません。この機会に経験を積んできますわ。まさか、ミュラー様、危険だからとか、領主の妻がそこまでやる必要がないなんて理由で私を鳥籠の中の鳥のように扱いませんよね?」
身を乗り出してくるローライネにミュラーは反論することができない。
「・・・マデリアも同行させる。マデリアとゲオルドの傍から絶対に離れるな」
「分かりましたわ。お任せください。早速準備に取り掛かりますわ」
そう言って執務室から飛び出して行くローライネ。
ミュラーは完全に敗北した。