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密約

「エリザベート殿がどのような情報を手に入れたのかは知りませんが、その情報の精度が高いと判断したのですね?」

「はい。因みにランバルト商会から入手したわけではありませんよ」


 ミュラーの質問に対して先取りした答えで応じるエリザベート。

 ミュラーはランバルトがエリザベートに情報を売ったのではないかと考えていたが、どうやら違うようだ。


「私はロトリア領主として情報というものを重要視しており、特に他国や他領の情報を集めるために多くの手段を持っています。尤も、外にばかり目を向けていたために自領のことが疎かになり、先の紛争の際には私が領兵を掌握しきれておらず、領兵の暴走を止められなかったという失態を犯してしまいましたが、外部の情報を集めることにはそれなりの自信があります」

「なるほど。その分野では優秀な人材を抱えているということですか」

「それについてはお答えできませんが、人材だけではありません。あらゆる手段を持っているということです。そんなことですから、先日ランバルトさんにカマを掛けてみましたら、私の情報は商品価値が無くなりました、なんてぼやいていましたわ」


 結局、ランバルトはエリザベートに情報を売り込む前に先を越されたらしい。

 ランバルトを出し抜いたことを楽しそうに話すエリザベートだが、ミュラーはロトリアの諜報能力に背筋が寒くなるのを覚えた。

 つまり、エリザベートはグランデリカ帝国の内情についてかなり有力な情報を掴んでいるということだ。

 交渉力だけでなく、手の内にある情報量でもミュラーは分が悪い。

 こうなっては下手な小細工は通用しないだろう。


「そうしますと、エリザベート殿は今後我が国で起こるかもしれない不測の事態に対して何かしらの提案等があってここに来た。ということですか?」


 ストレートなミュラーの問いにエリザベートは頷いた。


「提案という程のものではありません。しかし、私としては今後も商取引の分野でリュエルミラとは良好な関係を維持したいと考えていますので、自領のために最善となる策を講じようとしています。グランデリカ帝国の内紛でリュエルミラとの取引の道が閉ざされることは何としても阻止したいのです」


 エリザベートの言葉にミュラーも同意する。


「それについては我がリュエルミラも同じ考えです。今はランバルト商会が利益を独占することを許していますが、将来的には他の広域商人にも市場を開放し、事業を拡大するつもりですからね」

「それは願ってもないことですわ。でも、市場を解放するとなるとランバルト商会の不評を買うのではありませんか?」

「私としてはそこまでランバルト商会に気を遣う必要性を感じていません。リュエルミラとランバルト商会はあくまでも取引関係に過ぎませんからね。それに、ランバルトは私の考えなんかとっくにお見通しですよ。市場解放後も取引の主導権を握るべく、色々と画策・・企業努力をしていることでしょう」

「まあ、そうですね。彼は市場を独占する現状にあぐらをかくような商人ではありませんね。今も裏で色々と手を回していることでしょう」

「だからこそ奴は商人として信用できるのですよ。まあ、人となりは別の話ですが」

「まあ、酷い評価ですね」


 クスクスと笑うエリザベートだが、目の前に出されたお茶を一口飲むとその表情を改めた。


「そこでミュラー様にお願いです。今後発生するかもしれないグランデリカ帝国の内紛の中でもランバルト商会を通した取引を継続していただきたいのです。無論リュエルミラ自領のことを優先した上で可能な限りで結構です」


 本題を切り出したエリザベート。


「それは構いません。我がリュエルミラの自治性が保たれている限りのことですが、取引を継続することをお約束してもいいでしょう。しかし、可能な限り取引を継続するとして、私としては何かを期待してもいいのでしょうか?」

「私がお約束するのは、グランデリカ帝国のいざこざの際にロトリアは何もしない。ということです」


 エリザベートの言葉にミュラーはニヤリと笑う。


「つまり、私はロトリアから背後を突かれる心配をしなくてよいということですか?」

「はい。因みに、これはロトリア領兵だけに限ったことではありません。仮にゴルモア公国軍が横槍を入れようとしても、私は公国軍の領内通過を認めません。リュエルミラとの境界がロトリアに接し、リュエルミラへと通じる山道が1本しか無い以上は少なくともゴルモア公国軍がリュエルミラに攻め入ることはできません」

「それは願ってもないことです」

「これはロトリア領主というよりは私個人のお約束ですが、信じていただけると嬉しいですわ」


 エリザベートが軍事的不可侵を約束するならば有事の際にミュラーは領兵を率いて行動することができる。

 それも全てはエリザベートが約束を違えることが無ければの話だが、ミュラーはそれについては問題ないと考えた。

 ロトリアが手出ししないということは、エリザベートに然したる苦労は無いし、仮にミュラーとの約束を違えるとしたら、その労力とその後に発生するであろう損害が大きすぎる。

 聡明なエリザベートならばそのような愚かな選択はしないだろう。


「エリザベート殿の要望は分かりました。これはお互いにとって最善の選択だと思うが、フェイはどう考える?」


 ミュラーの考えはまとまったが、傍らにいるフェイレスの意見を求めてみる。


「そうですね。我がリュエルミラが領兵を総動員したとしても、領内の守りが疎かになるようなことはありません。仮にエリザベート様が主様との約束を違えてリュエルミラに侵攻したとして、その結果は得る物よりも失う物の方が多いと考えます。主様のお考えどおりで問題はありません。ただ1つ修正するならば、今後ランバルト商会を通しての取引量を増やすことを提案します。それを行うだけの余力と人材がリュエルミラには存在します」

 

 話ながらローライネを見るフェイレス。

 今のリュエルミラにはミュラー不在となっても領主代行を担うローライネがいるということで、取引量を増やすということはロトリアの利益に直結するということだ。


「お任せください。ミュラー様が不在でも私が滞りなくリュエルミラを守りますわ」


 立ち上がって胸を張るローライネに再び笑みを浮かべるエリザベート。


「これはもう何があっても約束を守らなければいけませんね。是非ともお願いしますわ」

「私とエリザベート殿の個人的な約束ですが、どんな契約よりも強固な約束ですね」


 エリザベートが差し出した手をミュラーが握る。

 ここにリュエルミラとロトリア、エリザベートとミュラーの密約が成立した。


「そこで、ミュラー様を私の信頼できる友人と見込んで、実はもう1つお願いがあるのですが」

「えっ?」 


 ニヤリと悪い笑みを浮かべたエリザベートはミュラーの手を更に強く握りしめた。

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