内憂への備え
無事に結婚したミュラーとローライネだが、フェイレス等の配慮でミュラーの仕事について調整されて、結婚式の翌日から5日間の休暇となった。
これはミュラーのためというよりはローライネのための休暇であるが、その5日間、ローライネは休日の使い方を知らないミュラーを連れ出して領内を散策したり、庭園でのんびりとお茶を楽しんだり、2人で館のバルコニーで何もせずにぼんやりと過ごしたりと、短いながら穏やかな休日を楽しんだ。
しかし、短い5日間を穏やかに過ごした筈のミュラーが、たった5日間、朝を迎える度にみるみるやつれていく姿を目の当たりにしたフェイレスやマデリア、ステア等は婚約者から妻へとランクアップして全ての制限を解除したローライネに戦慄、というか、ドン引きしてしまうと共に短いかと思っていたミュラーの休暇もそれ以上の期間にしないで正解だったと心の底から思ったのである。
休暇を終えて通常の公務に戻ったミュラーだが、正式にミュラーの妻となったローライネはその役割が一変した。
今まではミュラーの婚約者としての役目を担う一方で館の使用人としての立場もあり、ミュラーの寝室の清掃等の身の回りの世話を任されていたが、それらの役割については軽減され、領主の妻としての責務を負うことになったのである。
今までもミュラー不在の際に暫定的に領主代行を務めたこともあったが、今後は正式に領主代行としての権限が与えられ、ミュラー不在の際やミュラーに万が一のことがあった場合にはリュエルミラ領主としての立場を引き受けることになるため、日常的に領主であるミュラーの補佐を行うことになった。
ミュラーの休暇が明けた翌日、執務室にはミュラー、フェイレス、バークリー、行政所長のサミュエル、3人の領兵大隊長のアーネスト、オーウェン、ゲオルド、そしてローライネが集まっていた。
「さて、ランバルトに売りつけられた情報について、その対策に手をつけておこうと思う」
ミュラーはランバルトから仕入れた情報について皆に説明する。
大まかにいえば、帝国内において複数の貴族に不穏な動きが見られるというもので、彼等は帝国の実権を握ることを目論んでおり、各種工作を計画しているが、武力による権力奪取も選択肢にあるというものだ。
「内乱が起きるということですか?」
オーウェンの言葉にミュラーは首を振る。
「その可能性もあるということだ。しかし、現状においてはその可能性は低いと考えている」
ミュラーの考えにバークリーは頷いた。
「確かに、武力蜂起はリスクが高いですね。帝国貴族の全てが一斉に蜂起するならばまだしも、互いに足を引っ張り合う関係の貴族社会ではそうもいかないでしょうからね。仮に、スクロー・・いえ、2つの侯爵家とその取り巻きだとして、その領兵を集結させ、更に傭兵等をかき集めたとしてもせいぜい5個連隊程度・・・大部隊には違いありませんが、帝国正規軍を相手にするには心許ない。加えてラドグ・・某侯爵家に反目する貴族が帝国正規軍に呼応すれば形勢は一気に不利になりますからな」
ミュラーも頷く。
「しかも、勝てば帝国の実権を握れるが、それまでは単なる反乱勢力であり、その勢力を敵視する領家がそれを排除するのに帝国正規軍に連携すれば、政敵を排除できたうえに国内での地位も向上する。やはり、必勝の策がない限りは武力行使はリスクが高すぎる。仮に実権を握れたとしても無傷とはいかない。損害をうけたまま、体制も安定しない間に足下をすくわれることもあるからな。私としては、武力による権力奪取より、宮廷工作の方が現実的だと考えている。謀略をもって皇帝を退位に追いやり、帝位継承権を持つ誰かを担ぎ上げて実権を握ること。まあ、こちらの策を講じるならば、それは宮廷内の問題で、近衛や宮廷省、内務省の管轄だから我々の出る幕はない」
ミュラーの言葉にサミュエルが首を傾げる。
「リュエルミラの出る幕がないにしても、こうして皆を集めたからにはミュラー様は何らかの対策を講じるつもりなのですよね?」
ミュラーは頷きながらフェイレスに発言を促す。
「我がリュエルミラとしては宮廷闘争に加担するつもりはなく、そのような事態が発生したならば静観の立場を取るつもりです。また、それら宮廷における政治的な帝位の奪い合いならば、その成り行きを見定めてから対応を検討する時間的余裕があります。しかしながら、我々の予想を越えた武力蜂起が成された場合には対応が後手に回る可能性があります。皆様もご存知と思いますが、主様は最悪の事態を想定して事態に備えます。全てが徒労に終わるかもしれませんが、皆様も最悪に備える心づもりをお願いします」
ミュラーは立ち上がった。
「これから領兵の増強と編成変えを行う。具体的には各大隊を3個中隊編成から5個中隊編成とし、連隊人員の絶対数を増やす。加えて現在は1個大隊編成の衛士機動大隊を更に2個中隊増強する。今までは他領を刺激しないために急激な兵力増強は控えていたが、もうそんな配慮も不要だ。他家を刺激することになっても却ってそれが牽制になる。兵員募集はサミュエルに任せるが大丈夫か?」
「そうですね。領内の人口増加に伴って領兵希望者も増えていましたが、今までは募集に制限を掛けていました。その制限を取り払えばある程度の人員は集まります。しかし、兵隊というものは戦力化に時間を要します。それでしたら、アーネスト隊のように傭兵団を抱き込むことも検討しては如何ですか?傭兵を取り込めばその分を衛士機動大隊に振り分けられます」
「ならば、新兵募集と同時進行で頼む。但し、傭兵団を取り込むにしても素性や規律に問題がある連中は駄目だ。そこはしっかりと見極めてくれ」
「心得てます。信用できる傭兵団に幾つか心当たりがありますのでお任せください」
「よし。アーネスト、オーウェン、ゲオルドは部隊の再編と練度の向上を急げ。人員は一気に増えるが装備と糧食についてはたっぷりと予算をつける。みっちりとしごきあげて早期の戦力化を図れ!」
「「「了解しました!」」」
ひととおりの指示を出したミュラーは皆を見回す。
「今は秋、これから厳しい冬を迎えるが、冬が終わるまでは事態は動かないなんて甘い考えは捨てる。いつ何時、何が起きても対応できるよう、皆が最悪に備えて行動してくれ!」
今、帝国を揺るがす程の嵐が吹き荒れようとしている。