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リュエルミラの花嫁2

 教会でミュラーを待っていたローライネは宮廷晩餐会で着た黒蚕のドレスに婚礼用の装飾を施し、薄いベールと落ち着いた趣のティアラを被っている。

 衣装を着るローライネと対照的に派手さは無いが、落ち着いた上品な装いで、相乗効果的にローライネの美しさが際立っており、朴念仁のミュラーですらも目を奪われてしまうほどに美しい。

 その横に立つゲオルドは流石に胸甲は着ておらず、花嫁の父親役に相応しい正装であり、遠目に見てもガチガチに緊張しているのが分かる。


 パットに手を引かれてローライネの前に立つミュラー。

 ミュラーとローライネが並んで祭壇に正対し、その背後にパットとゲオルドが控える。

 祭事服を着たシスターが祝詞を捧げ始めると敬虔なるシーグル信徒であるローライネは膝をついて祈りの姿勢を取るが、そんな作法を知らないミュラーは見事なまでの棒立ちだ。

そんなミュラーを置いてけぼりにして式は簡素ながら厳かな中で進行する。


「・・・シーグルの神は全てに等しく愛を与えます。全てを愛し、全てを受け入れる。その教えは真理でありながら絶対ではありません。全てを差し置いて愛すべき者、守るべき者の存在を得ることは自然なことであり、決してシーグルの教えに背いているわけではありません。自らが愛する者に全てを捧げ、愛を注ぐ。そして、命を紡いでゆく。そうして世界は、歴史は重ねられているのです。その上でローライネ・リングルンド、貴女はミュラー・リングルンドの妻となることに覚悟はありますか?その命尽きるまでミュラーを愛する覚悟はありますか?」


 シスターの問いにローライネは祈りの姿勢のままで答える。


「今の私の人生はミュラー様無しには考えられません。ミュラー様と共に生きる。そしてこの命尽きるとも、いえ、命尽きようとも私の想いは変わることはありません。シーグルの女神様が私とミュラー様を引き合わせくれました。しかし、私がミュラー様を愛することは私が掴み取った幸せです。私のミュラー様への愛は覚悟ではなく、抗うことのできない必然です」


 凛としたローライネの答えにシスターは柔和な笑みで頷き、そしてミュラーを見た。


「ミュラー・リングルンド、貴方はローライネを妻として全てを受け入れますね?」


 ローライネの時とは対照的にざっくりとした、それでいて、質問に対して否を認めないという雰囲気だ。

 無論、ミュラーに否やは無い。


「了解した」

 

 軍人としての所作が身にしみているミュラーは直立のまま答える。


「今、ここにミュラーとローライネの婚姻の誓いは成されました。この婚姻に異議無き者は沈黙を持って答えなさい」


 教会を静寂が満ちる。


「それではシーグル神からの祝福を与えます」


 背後に控えていたパットが2つの指輪が乗せられた盆を持ち、シスターの前に立つ。

 ミュラーがランバルトに依頼した指輪だ。


「この指輪は2人の誓いの証しであり、2人を繋ぎ止める枷です」


 シスターはその指輪をローライネとミュラーの指に嵌めた。

 これでミュラーとローライネの婚姻は成立した。


 振り返って見れば式に立ち会った皆が祝福の拍手を2人に送っている。

 ゲオルドに至っては流れ出る涙を止めることもできない。


「ローラ」

「・・はい、ミュラー様」


 ミュラーがローライネに手を差し出し、ローライネがその手を取る。

 式を終えた2人は互いに手を取り合い、館への道のりを人々に祝福されながら歩く。


 そんな2人が教会の敷地から出たタイミングでフェイレスが2人の前に立った。


「主様、ローライネ様。私からお祝いの品があります。死霊術師の私からの品でありすので教会の敷地内ではお渡しできませんでしたが、お受け取りいただければ幸いです」


 そう言ってフェイレスが差し出したのは2つの銀製のアミュレットだ。


「これは死霊術師である私からの御守りです。死霊術師の苦手な物を刻印したこれを持つ者は死後も死霊術師に捕らわれることなく、安らかに輪廻の門をくぐることができます」


 説明されて見てみれば、そのアミュレットは人参がデザインされたもので、フェイレスらしからぬ可愛らしいデザインだ。


「ということは、フェイは人参が苦手なのか?」

「・・・はい」


 少しだけ恥ずかしそうに答えるフェイレスにミュラーとローライネは互いに顔を見合わせて笑った。


「ありがとう、フェイ。大切にさせてもらおう」

「ありがとうございます。これからも私と共にミュラー様を支えてくださいね」


 その後、ミュラーとローライネは領民達の祝福に包まれながらクリフトンの待つ館へと戻った。

 

 館には2人の結婚に合わせて皇帝や他家からの祝いの書簡が届けられていた。

 とはいえ、リュエルミラはエルフォード以外に友好関係を持たないため、エルフォードのラルク以外の領主からは形式的なものばかりで、当然ながらミュラーを敵視する領主からのものは無い。

 変わり種といえば、ゴルモア公国ロトリア領主のエリザベートからの個人的な祝いの手紙と、ローライネに宛てられた差出人不明の手紙だ。


『ローライネの永久の幸せを願う』


という一文のみの手紙。

 その手紙からかすかに香る香料にローライネは覚えがあった。

 自分が忌み嫌う男が愛用している香料だ。


(・・・娘への祝いくらい素直に示しなさいな。面子や体裁に拘って回りくどいったらありません。そういうところが嫌いなんですわ)


 手紙を見たローライネは苦笑しながらも宮廷晩餐会で自分の晴れ姿を見せつけることができて良かったと思いを馳せる。

 この日、晴れてミュラーの妻とかり、リュエルミラ領主夫人となったローライネ。

 リュエルミラの花嫁は色々と回り道しながらも真の幸せを手に入れた。


「ミュラー様、私はミュラー様を決して逃がしはしませんわよ。現世だけではありませんわ。来世でも、何度生まれ変わっても、私は貴方を掴まえてみせます」


 祝いの宴席でローライネに宣言されたミュラーはメデューサに睨まれた戦士のような気分になったが、それは決して悪いものではなかった。

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