リュエルミラの花嫁1
ミュラーとローライネの結婚式の日が訪れた。
敬虔なるシーグル信徒であるローライネはそのしきたりに従って前日から教会に入り、慈愛神シーグルへの祈りを捧げている。
信徒も何も関係なく全てに等しく愛を注ぐシーグルの女神に対し、結婚によりその伴侶や生まれてくる子を一番に愛することの許しを請うというしきたりらしいが、ミュラーにしてみれば何のことかさっぱり分からない。
ただ、お迎えが来るまでは館で待っているように言われたのでそのとおりにしているだけだ。
ミュラーは軍礼服姿で執務室に待機しているのだが、どうにも落ち着かない。
これから結婚に挑むミュラーは式が終わるまで適齢期で独身の女性と行動を共にしてはいけないということらしく、フェイレスやマデリアは先に教会に行っており、館に残っているのは留守を守るクリフトンと数名の者のみだけで、話し相手もいない。
軍帽を指でクルクル回しながらぼんやりとしていると、クリフトンが迎えの者の来訪を告げる。
「ミュラー様、お迎えの者が参りました」
促されて館を出ると、ミュラーを迎えに来たのはパットだった。
薄いピンク色の可愛らしいワンピースを着た女の子らしい姿で沢山の花が入れられた籠を片手に提げている。
「おじさん、迎えに来たよ。今日は僕が教会への案内を務めるからね、ちゃんとついてきてよ」
聞けば、夫となる男性を花嫁が待つ教会への案内するのは適齢期を迎える前の女の子の役目のようで、教会へと案内する道すがらで出会った未婚の女性に花を配り、幸せのおすそ分けをするらしい。
それをすることによって案内役の女の子はもちろん、花を貰った女性も幸せになれるということだが、そんなことを説明されてもミュラーにしてみれば
「なるほど、分からん」
という心境でしかない。
とはいえ、ミュラーを案内する大役を任されたパットは嬉しそうに満面の笑みを浮かべており、ミュラーにしてみれば今日は領政や軍務とは違い、分からないことばかりなので、パットをはじめとした周囲の言うことに黙って従っていればいいだけだ。
そんなことを考えながら案内役のパット連れられて教会に向かってみれば、その途中において若い女性達がこぞってパットが持つ花を貰いに来る。
「領主様、ご結婚おめでとうございます」
「奥方様と共にお幸せに」
「ローライネ様と一緒にリュエルミラの民を導いてください」
それどころか、パットと一緒のせいか、普段はミュラーが領内を歩き回っても、声を掛けてくることの少ない領民達が次々とミュラーに祝いの言葉を掛けてくれる。
声を掛けられる度に笑顔で応えるミュラーだが、普段ならば相手を威嚇しているようにしか見えないミュラーの笑顔でも今日の領民達は親しみを感じてくれているようだ。
「おじさんは見かけが恐いからなかなか話し掛けられないけど、最近はおじさんが優しいことにみんなが気付いているよ」
笑顔で説明するパット。
教会が見えてくるとパットはミュラーの手を取って小走りに走り始める。
「行こう!おじさん」
「おい、そんなに急がなくても教会もローライネも逃げたりしないぞ」
「あんなに優しくて素敵な人を逃がしたりしちゃ絶対にダメだよ!おじさんのお嫁さんになってくれる人なんてなかなかいないんだからね。でも・・・もしもおじさんがローライネ様に愛想尽かされて逃げられたりしたら・・・その時は仕方ないから僕がおじさんのお嫁さんになってあげるよ」
何かを吹っ切るように明るく話すパットに手を引かれたミュラーは教会へと到着した。
教会の前にはフェイレス、マデリアやステアとサムの姉弟、バークリーにサミュエル、領兵のオーウェン等、多くの仲間達がミュラーを待ち受けている。
そして、今日の主役であるローライネは教会の中でミュラーを待っているらしい。
「みんなーっ!おじさんを連れてきたよーっ!」
大きく声をあげながらパットは籠の中に残った花を空に向けて思いきり撒き散らした。
風に乗った花びらに包まれたミュラーはパットと共に教会の扉の前に立つ。
ステアとサムの姉弟が教会の扉を開け放つと、教会の中に予め待機していた楽隊による祝いの演奏が始まった。
この楽隊はアーネスト隊の隊員によって編成されたもので、彼等が傭兵団の頃から娯楽や戦意高揚に一役買っていたらしい。
確かに、小ぶりな弦楽器や笛等、戦場での持ち運びに適した楽器でありながら、演奏の腕前はなかなかのものだ。
楽隊の演奏に促されて教会に立ち入れば、正面の祭壇の前にローライネとゲオルドが立っている。
どうやらゲオルドはローライネの父親であるエストネイヤ伯爵の代わりに父親役を務めているらしい。
ミュラーとパットが祭壇に向かって歩き始めると、その背後からフェイレス達参列者も教会に入って来た。
いよいよミュラーとローライネの結婚式が始まる。