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集いつつある者達

 ミュラーがリュエルミラ領主となって2週間。

 予定していた従僕と女中の採用も決まり、更には腕の良い料理人を加えてミュラーが住む館の環境は頗る良くなった。

 ミュラーの館の敷地内には使用人用の宿舎があり、採用された従僕や女中はそこに個室を与えられた。

 クリフトンは家族と共に館の中に居住し、妻のエマ・クリフトンは専属料理人として館で働き、娘のリナは今までどおり都市の食堂で女給として働いていて、館から通勤している。

 館の使用人の数はまだ足りないが、一気に増員すると新人教育が追いつかないので、ひとまずは現在の人員でやり繰りすることにした。


 領内運営についても、期限付きとはいえ着任祝いの減税の効果もあり、特に混乱も見られない。

 まだまだ人々の生活は苦しく、新しくきた領主のことなど気にしている余裕はないのだろう。

 それでも、この2週間はサミュエルの取り次ぎにより都市に拠点を構える大商人や冒険者ギルド長、職人ギルド代表、農民組合長等の者達からの挨拶を受けたりと中々に忙しい毎日だった。


 また、近隣のみならず、帝国のあらゆる領主達からの挨拶状も届き、その返信にも追われていた。

 その大半はミュラーに対する牽制の意味が含まれていて、中には「着任の挨拶に来るように」との高慢な物もある。

 そんな書状の1通1通をミュラーはしっかりと吟味し、その内容に合わせて返信をしたためた。

 友好な関係を結べそうな者には丁寧に、「挨拶に来い」という高慢な者や、友好関係を結べそうにない者達には極めて事務的な内容だ。

 当然ながらミュラーの方から挨拶に行くつもりはない。


 ミュラーは執務室で幾つかの書状を並べて考え事をしていた。


「いかがなさいました?」


 2人の従僕が採用されて僅かだが仕事の負担が減ったクリフトンが尋ねてくる。

 ミュラーの背後にはこれまた仕事の負担が減り、ミュラー専属の護衛兼メイドとなったマデリアが控えている。

 マデリアは完全に気配を消して立っているため、ミュラーに挨拶に来た者の中には目の前にいるのにその存在に気付かない者までおり、気付かない間に目の前にお茶が置かれていたり、お替わりが注がれていたりして驚いていた。


「ああ、これは帝国でも有数の大貴族や野心を抱えている貴族からの挨拶状だ。皆が軍の大隊長だった頃の私を疎ましく思っていた連中だ」

「数が多いですな」

「まあな。総じてつけ上がるなよ、的な内容だ。鬱陶しいことこの上ない。私を排除するために皇帝陛下の威光を利用する奴等だ」

「彼等にしてみれば、平民出の一兵卒に過ぎなかったミュラー様が爵位を持ち、肩を並べられたことが気に入らんのでしょうな」

「それこそ迷惑な話だ。私の辺境伯の称号は皇帝陛下が勝手にくれたものだ」

「で、この中の何者かがミュラー様のお命を狙ったと?」


 ミュラーは頷く。


「ああ、この書状に何かメッセージが込められていないかな、と思ったが、さっぱり分からんな。まあ、この中の複数が、ということもあり得るが、あれ以降次の刺客が来ないところを見ると、私の暗殺は暫くは保留といったところかな?」

「そうですな。暗殺者を雇い、必殺を狙って襲撃した挙げ句、ミュラー様本人にあっさりと撃退されてしまいました。これ以上の大掛かりな企みを謀れば再び失敗した時のリスクは大きいですからな」

「ところで、例の男は元気にしているか?」


 ミュラーはふと思い出したように、それでいて旧知の友でも気遣うようにクリフトンに尋ねる。


「はい。ミュラー様の申したとおり、最初の2日間は警戒していたのか、食事に手を付けませんでしたが、今は普通に食しており、健康状態も良好です。尋問も何も無いので困惑していますが、今では雑談程度ならば話もします。お会いになりますか?」

「後で暇になったらな。とりあえず、今のまま処遇してやってくれ。奴等を差し向けたのが誰だか知らんが、ジョーカーを手にした私が何のリアクションもしないからそろそろ焦れてくるころだ。もう少し様子を見よう」

 

 ミュラーは机の上の挨拶状を纏めてしまい込んだ。


 その頃、行政所の前に設置された掲示板の前で足を止めている人物が1人。

 白銀のローブを身に纏い、金属製の杖を持ち、独特の雰囲気を醸し出すその者は目立つ風貌でありながら、誰もその存在を気に留めない。

 見ているのは1枚の求人票。

 高度な魔法が施されて一定の能力を持つ者以外にはまるで意味の無い文章にしか読めないものだ。


 その背後を6人の男達が通り過ぎていく。

 皆が剣や槍、大剣を携えているが、平服姿で防具等は装備しておらず、冒険者には見えない。


「連絡もなしに突然行ったら大隊長どんな顔をしますかね?」


 6人の中でも特に若い男が笑う。


「もう大隊長ではなく、領主様だぞ」


 一際体格の良い、リーダー格の男が嗜めるが、他の男達も笑っている。


「でも、大隊長って呼べば絶対に返事するよな」

「むしろ、領主様なんて言われた方が気付かないんじゃないか?」

「それもあり得るな。しかし、大隊長もこんなに早く俺達が来るとは夢にも思ってないだろうな」

「そうだな。俺達だってまだ時間が掛かると思っていたのに、急に退役が認められて、急いでリュエルミラに行けってもんだったからな」

「それはあれだろ?大隊長がいきなり暗殺されそうになったって噂だぜ?」

「大隊長を暗殺?そりゃ暗殺者の方が気の毒だ、ワハハ・・・ん?」


 最後尾を歩いていた男がふと足を止めて振り返る。


「どうした?」


 他の男達から声を掛けられるが首を傾げて再び歩き出す。


「おかしいな・・・誰かいたような気がしたけど」

 

 男が振り返った掲示板の前には誰もいなかった。

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