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職業軍人ミュラー

職業選択の自由シリーズの新作です。

今までの職業選択の自由シリーズと世界観は同じですが、時代が違います。

過去か未来か、どんな人物が登場するのか。

覗いてみてもらえると嬉しく思います。

 グランデリカ帝国。

 建国時には大陸の中央部にある小さな帝国だったが、着々と国力を蓄え、第3代皇帝が即位すると、帝国は蓄えた強大な軍事力をもって周辺諸国への侵攻を開始し、その領土を拡大した。

 そして、現皇帝であるエドマンド・グランデリカが第4代皇帝の座に即位した現在、帝国は大陸の中央部を支配する大国へと成長していたのである。


 そんなグランデリカ帝国の帝都の皇帝の居城の控室にその男はいた。

 軍の礼服に身を包み、軍帽を目深に被り、憮然とした表情で控室に置かれた椅子に座るその男の名はミュラー。

 その出自は明らかでないが、その黒い髪と黒い瞳から遥か東方にある島国の系統ではないかと思われる。

 但し、ミュラーには家族がおらず、ミュラー自身が自らの出自を知らないため、真実は分からない。


 そんなミュラーは職業軍人として約20年に渡り軍務に就き、数多くの功績を挙げ、一兵卒でありながら今やグランデリカ帝国軍第2軍団に所属する大隊長だ。

 軍人として多くの戦場を駆け抜け、幾度となく生死の狭間をくぐり抜けて大隊長の職にまで駆け上がったミュラー。

 劣勢や敗戦同様の状況下での戦いにめっぽう強く、味方の危機を数多く救ってきた。

 また


「皇帝陛下に泥水を啜らせた男」


との評判は帝国軍において知らぬ者はいない程に有名である。


 そんなミュラーが城の控室で不機嫌な顔をしているのには理由がある。

 この日、ミュラーはその意思とは関係なく軍務を解かれることになっていたのだ。


 グランデリカ帝国は大国であるが故に多くの貴族達が存在し、政治も軍事も、国の中枢は大貴族達が幅を利かせている。

 グランデリカ帝国軍においては連隊長以上の職は貴族やその子弟のみが就くことが出来る役職であり、更に伯爵以上の爵位を有する貴族はその所領において独自の連隊を持つことも許されている。

 一方でミュラーのように爵位を持たないどころか、貴族ですらない者はどんなに優秀な者であっても連隊長以上の職に就くことは出来ないのだ。


 ミュラー自身も年齢30代半ばにして大隊長まで登り詰めたが、そこで頭打ちであり、これ以上の出世は望めない。

 それ自体はミュラーも承知の上のことで、ミュラーは大隊長のままで軍人としての職務を全うしたいと思っていた。

 しかし、数多くの功績を挙げ、皇帝陛下の覚えめでたいミュラーを煙たく思う大貴族達の謀略によりミュラーは軍を追われることになってしまったのである。


 とはいえ、模範的な職業軍人であるミュラーを理由もなく解任することは出来ない。

 そこで大貴族達はミュラーに新たなる役職を与え、軍から追い払うことにしたのだ。


 ミュラーのために用意されたのは勲功爵としての階級と、領主不在となっている辺境領への代官としての赴任。

 勲功爵とは貴族階級にないものの、多大なる功績を挙げた者に与えられる、準貴族としての名ばかりの階級。

 代官とは、自らの所領を所有し、大きな権限を有する領主とは違い、国の役人として領主の職務を代行する役職で、その権限には大きな制限がある。

 ミュラーは軍籍を残しながらも大隊長の職務を解かれ、国境付近の寂れた辺境領に代官として追いやられることが内定していた。


 いかに皇帝陛下の覚えめでたいミュラーといえど、大貴族達の謀略であると分かっていながらも、国の決定事項に抗うことは出来ない。

 また、いかに皇帝でも国政に大きな発言権を有する貴族達の決定を無下にすることも出来ず、加えて、たかだか大隊長程度の軍人に関する人事について、私情から口を挟むことは出来ないのだ。


 そのようなわけで、ミュラーは皇帝陛下からの勅命を受ける任命式に出席するために控室で待機している。

 形式上は大出世であるが、結局のところはミュラーの実力と功績を妬み、その存在を疎ましいと考えた大貴族達による厄介払いであり、それを正しく理解しているミュラーが不機嫌になるのも致し方ないことだ。  


 控室に用意されたお茶にも手をつけず、黙って椅子に座るミュラー。

 やがて、控室のドアがノックされた。


「失礼致します。第2軍団第3連隊所属、第2剣士大隊長ミュラー様。皇帝陛下謁見の間へとご案内させていただきます」


 入室して恭しく礼をしたのは案内役の若い女官。


「了解した」


 促されて立ち上がったミュラーだが、ふと見れば、案内役の女官からは緊張と恐怖の表情が見て取れる。

 それも仕方のないことだ。

 元々ミュラーは無骨な顔つきである上、軍人として数多の戦いをくぐり抜けてきたことにより、その目は見る者が無意識に恐怖を感じる程に鋭く研ぎ澄まされている。

 そんなミュラーが不機嫌な表情をしているのだ、並の若い女性ならば腰を抜かしても仕方がない程の迫力だろう。

 それを目の当たりにしながらも自らの役割を全うしようとしている女官は流石に皇帝の居城に勤める役人であると言える。

 そもそも、ミュラーを謀略に嵌めたのはミュラーを煙たがる大貴族達であり、この女官には何の非もないのだ。


 ミュラーは反省した。 

 別に女官に対して直接不満をぶつけたわけではないのだが、職務に忠実な彼女を不必要に怖がらせてしまったのは事実だ。


「すまないが、ちょっと待ってくれ」


 控室の外へと案内しようとした女官をミュラーは呼び止めた。


「はいっ!」


 突然声を掛けられて背筋を伸ばして飛び上がった女官は恐る恐る振り返り、ミュラーの顔を伺う。


「待機時間が長すぎて居眠りをしてしまったのだが、涎の跡などは付いていないだろうか?そんなものが付いていたら皇帝陛下に謁見するのに失礼に値するし、折角の色男が台無しだ」


 そう言ってニッコリと微笑んだ、つもりのミュラーだが、実際にはミュラーの笑顔は相手を威嚇しているようにしか見えない。

 それでも女官はキョトンとした表情を見せた後にクスクスと笑い始めた。


「大丈夫でございます。精悍なお顔であり、礼服には埃1つ見当たりません。皇帝陛下への謁見に当たり失礼になるような要素はございません」


 女官の緊張を解すことに成功したミュラーは表情を引き締めた。


「よし、問題が無ければ改めて案内をお願いしたい」


 女官の後に続き、控室を出て皇帝の待つ謁見の間に向かうミュラー。


 これは、職業軍人としての生き方に誇りを持ちながら、その意思に反して軍務を解かれて辺境領へと追いやられた男の物語である。

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