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趣味、恋愛かよ?

作者: 宮智沙希

バイト先に、馬鹿な女がいる。


俺は都心にある、通訳翻訳会社で、メッセンジャーという書類運びのバイトをしている。


社員さんからは、カリスマメッセンジャーと言われて、いかに効率的に、誰がどの企業や官庁をまわるか、指示を出し、誰よりも効率的に、電車や地下鉄を駆使して、重要書類を届けたり、受け取ったり、精力的に働いている。


待機時間は、コピーやシュレッダーなど、事務の雑務だが、その女の働き方は、俺のカンにさわった。


「コピー30部、これでいいですか?」


その女、須藤は、要領はいい。

メッセンジャーの仕事も指示した通りに、こなす。


しかし、社員さんからの


「彼氏いるの?」の質問に

「いますよー。G大学にきてる留学生でファラオって言うんですよー。」


「えっ?エジプト人?」

「はい!でも、日本語ぺらぺらなので、大丈夫ですよー。」


そのまま、約15分、いかにファラオが優秀でかっこいいか、語り続けた。


社員さんの貴重な15分をなんだと思っている??


飲み会じゃねーんだぞ。


待機時間に手持ちぶさたなときは、バイト仲間に四六時中、ファラオの話だ。


「唯々諾々って意味わかる?ファラオの課題で、出てきて、意味わかる?って聞かれたけど、日本人の私にもわからないのに、唯々諾々って勉強してるファラオ、凄くない?」


凄いのは、ファラオで、お前じゃねー。


俺はドイツ文学を勉強している。自分でも詩を書いたりしているし、読書量も人に負けない自信がある。


彼女はいない。


卒業後は、京都の大学院を目指している。

俺は将来、大学教授になる。


バイト仲間も真剣に就職を考えているなか、須藤がいつでも、ファラオ、ファラオと嬉しそうに話しているのを聞いていると、こいつバカなのかな?と思わざるをえない。


「お前、趣味、恋愛かよ?」

ついに口から出てしまった。


須藤は、呆気にとられた顔をして、一瞬、考えた後、


「恋愛が趣味なわけじゃないの。ファラオが趣味なの」と、言い切った。


俺もそんなこと言われてみてー。


しかし、ある日、須藤が泣きはらした顔で、バイトに現れた。理由は、聞くまでもなかった。


バカだと思っていた須藤は、大学の奨学金がもらえる交換留学の試験に受かったらしい。


留学したい理由は、英語くらい話せないと、ファラオの家族とコミュニケーションがとれないという、全く彼女らしい理由だったが、その試験のために真剣に勉強していたことは知っていた。


端的に言うと、遠距離恋愛はできないと言うファラオと、留学が決まった須藤は、話し合った末、別離を選んだらしい。


俺は、須藤なら、いっそ留学を辞退するという道も選びかねないところ、そこは、自分の人生を選んだんだな、と、少し見直した。


それから少しして、今年もシングルベルかーという聖夜に、須藤から電話がきた。


「飲まない?」


酒の強さには、多少、自信があった俺は、寂しいもの同士、傷の舐め合いでもいいじゃないかと、居酒屋で待ち合わせた。


しかし、須藤は思っていた以上に酒が強く、俺が酔いつぶれる一歩手前で、店をでた。


「うちに来るか?」


彼女の弱った心につけ込んだわけではないが、クリスマスくらいと、酔ってぼーっとした頭で、俺は口にだしていた。


風呂なしの俺のボロアパートで、彼女は、本棚を見たり、俺の淹れた紅茶で酔いを冷ましながら、なんとなく楽しそうに微笑むかと思ったら、涙ぐんだり、見ていて、危なっかしかった。


俺が慰めてやれんなら、


布団をしくと、彼女は素直に潜り込み、俺は苦い思い出とともに元彼に学んだテクで、須藤を悦ばせようと努力した。


彼女の裸体は、大理石の彫刻かと思うほど、白く整っていた。ファラオも夢中になったはずだ。


「お前は身体が完璧だから、他はいいよ」

褒め言葉のつもりで、言ったこの言葉が、彼女には刃のように突き刺さったと須藤から聞くことになったのは、10年後のことになる。


俺たちは、若く飢えていた。


何度も俺のボロアパートで肌を重ねた。愛されているのか、愛しているのか、そんなことは、どうでもいい、一緒にめし食って、酒を呑んで、愛し合う、バイトに行って、お互いに何ごともないふりをして一緒に働く。幸せだった。


4月、俺は、無事に大学院に合格し、夜行バスで京都に向かった。バスの見送りにきた須藤は、星の王子さまの本を手渡し、


「キツネさん、今まで、ありがとう。さようなら。」と言った。


ファラオにとっての薔薇が、須藤で、彼女にとってのキツネが俺?じゃあ、俺に対しては須藤が王子さま?


ぐるぐるした。


ただ、一つ、確実に分かったことがあった。

「俺は、お前の趣味にはなれないんだな。」

ため息をつくと、彼女は、タバコ一口ちょうだいと俺のマルボロで一息つき、答えをはぐらかした。


あの短い冬から春にかけての一時期、若かった、脆かった、幼かった、あのキリキリした季節が青春というのかもしれない。


「ファラオが趣味なの」

あの満面の笑顔で、彼女が笑うことは、もうないのかもしれない。


だが、いつか、それ以上の笑顔で、隣を歩く人と笑い合う君がみたい。


俺は今も夢に向かって、研究を続けている。



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