破った約束
「手、離さないでよ!」
「離さないよー」
「絶対だよ!」
「大丈夫だよー」
「約束だよ!」
「はいはい、わかったよ」
「ほんとにほんとだよ!?」
そう、娘は念を押して、補助輪の取れた自転車のペダルに片足を乗せた。
私が後ろでアシストバーを握っていることを再度確認し、こわごわと前に向き直る。
「せー、のっ!」
地面を力強く蹴って、もう片足もペダルへ。
よし、走り出しは上手くいった。
「パパー! 離しちゃだめだよー!」
「離してないよー」
娘はぎこちないものの、きちんと漕げている。
その後ろでアシストバーを、ふらつかないようしっかり掴んで走るのは、なかなか体力が必要だった。
「喋ってたら転ぶよー」
「喋ってないと怖いー!」
「大丈夫大丈夫、手ぇ離さないから」
「約束よー!」
「約束、約束ー」
娘の走行は、だんだん安定していった。
だが、手を離して漕ぐ決心が娘にできていないようで、なかなか解放されない。子供ならではの底なし体力と違い、私は疲れ始めていた。
途中、休憩を挟み、何度目かのトライ。
私はついに、業を煮やしてしまった。
「上手くなったー?」
「うん、上手に漕げてるよー」
「ほんとー?」
「ほんとほんとー。横見てごらーん」
「横ー?」
娘は素直に横を向き────私は笑顔で手を振る。
並走しているのだ。娘の自転車と、ダッシュの私とで。
アシストバーから手を離しても問題ないと判断できたし、これ以上回数を重ねると、私の方がダウンしてしまう。
娘は絶句していた。
「ほら前見て前ー」
「おぉっと!」
急な姿勢の立て直しも問題ない。
上出来じゃないか、と褒めた次の瞬間、
「約束破ったー!」
娘は叫んだ。
「えっ!?」
「ママに内緒にしてあげるから、お菓子買って!」
⋯⋯厳しい!
やっと乗れるようになった自転車が楽しいのだろう、娘はノンストップで自転車を漕ぎ、私はスーパーまでダッシュで付き合わされた。
2020/09/23
弟の方が先に自転車乗れるようになって、悔しかったの思い出しました。