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レンと狐の新生活 その4

 ご飯を食べて食器も洗った。お風呂も入った。明日から復帰する学校の準備も済ませてある。


 寝るには少し早いかな。わたしは補充機に刺さる携帯端末で音楽でも聞こうかなと考えるけど、ぼーっとソファに座ったまま時間だけが過ぎていく。


「レンちゃん、まだ起きてるかな」


 扉を静かにノックする音とララさんの呼びかけで、わたしの思考がもう一度動き始めた。まだ頭が働いていないけれど、声に応えないととドアを見る。


「――起きてるよ」

「お邪魔するね?」


 私が返事するとお風呂上りのララさんが部屋に入ってきた。


「隣いいかな」

「うん。どうしたの、ララさん」


 うとうとしているわたしを、ララさんがあらあらと笑っている。


「寝る前にもう少しお話しておこうかなって」


 ララさんが私の隣に座って伸びをしている。シャンプーの良い香りがセンチメンタルになっていたわたしの鼻をくすぐり、涙腺が刺激される。


「学校は行けるかな?」

「大丈夫、準備もおわってる」


 ララさんが心配してくれてる。ちゃんと大丈夫だって伝えないといけないのに、それ以上に眠たくなってきた。


「いい子だねー。勉強が分からなかったらお姉ちゃんに聞いてね」

「わかった、お姉ちゃん」


 回らない頭で何も考えず言われたまま、ララさんをお姉ちゃんと呼んでしまう。すると、わたしの髪を優しく撫でていたララの手が止まる。


「これが……ココやリューナの言う萌えなんでしょうか」


 ララが何かつぶやいて尻尾をぱたぱたさせる。


「お姉ちゃん?」

「いえいえいえ、なんでもないですよー。はい、私はお姉ちゃんですよ」


 どうかしたのかな。ララさんが慌てていることに疑問を感じるけど、眠さで思考にゆっくり靄にかかっていく。


「あらあら、眠たいみたいですね。ベッドに行きますか?」

「――うん」


 わたしの体が浮く。ああ、抱っこされてるんだ。そのままわたしはお日さまの匂いがする布団に寝かされた。。


「おやすみなさい」


 耳をふにふにされる感触の後、ララの声が遠ざかる、


「いかないで」

「レンちゃん?」

「置いてかないで……」


 夢と現実の境界線でわたしはララの服を掴む。


「どこにもいきませんよ。目覚ましを取ってくるので待っていてくださいね」

「……うん」


 しばらくして、目覚ましを取ってきたララさんが布団に入ってくる。その頃にはわたしはほとんど眠りに落ちていた。そんなわたしの近くにやってきたぬくもりに、夏の暑さなんて関係ないと無意識にくっついた。




 こーんこーん こーんこーん あさだよー おはようきつね! 


 変な目覚まし。女の人の声だけどララじゃない。


「おはよう、レンちゃーん」

「おはよう、ララさん」


 ララさんに抱きしめながらわたしはもごもごと答える。朝には強くなさそうだけど、ララさんはすぐにわたしを解放して体を起こした。


「さあ、今日もお仕事ですよー」

「がんばって」

「ありがとうございます!」


 わたしが応援するとララさんのテンションがさら上がる。昨日も思ったけど元気な人だ。


「私はお店の準備がありますが、レンちゃんはもう少し寝ててもいいんですよ?」

「ううん、起きるよ」


 時計を確かめるとまだ6時。学校は9時からだからまだまだ余裕はある。


「わたしにも手伝えることある?」

「んー、準備といってもお掃除と簡単な在庫チェックだけですからね。7時に朝ごはんをお願いしてもいいですか?」

「わかった」


 朝食をお願いされたわたしは、食材の場所を教えてもらって作ることになった。朝食がわたしのお仕事になるようにがんばろう。





 目玉焼きとベーコンの乗ったパンを美味しいと頬張るララさんは、「一人で学校に行ける?」と過保護に聞く。たしかにいつもの道じゃないけど、ほとんど誤差の範囲だよ。


 ロニさんに送迎をさせようとするララさんをなだめてわたしは家を出た。



 学校の友達はわたしを心配してくれる。大丈夫だと対応に困りながらも、なんとか学校をやり過ごす。

 一日の授業が終わるとわたしはそそくさと教室を出た。一人暮らし状態だった事を知っている友人はいつものことだと気にもしない。付き合いが薄いのは、遊びに誘われても家事をしなくちゃいけない事が多いからしかたない。


 学校から走って帰ってきたわたしは、ララさんはどこかなと探す。まずはお店から確かめようとお店側の玄関に行く。そこには「御用の方はAIにお声掛けてください」と看板が出ている。


 ララさんはお店に居ないのかな。そう思ってカバンを部屋に置いてお店を覗く。


「ん? レンですか。おかえりなさい」

「ロニさん?」


 お店にはロニさんが専用席でお座りをしている。店番? ……番犬?。


「私は店番ですよ。ララを探しているのですか?」


 わたしが店番か番犬か疑問に思っているとロニさんが答えてくれた。表の看板通りララさんがいないときはロニさんが店員をしているみたい。


「うん。出かけてるの?」

「アトリエのほうで作業をしていますよ。今日は簡単な作業しかやってないはずなので、顔を出してみてはどうですか」


 ロニさん一人で防犯とか大丈夫なのかなって思ったけど。


 うん、たぶんアイテムボックス以外にも防犯用のアーティファクトが内臓されてるんじゃないかな。だってララのお父さんだし。


「いいのかな」

「もちろん。レンが見てるとやる気を出すと思いますよ。あれも単純ですから」

「そっか」


 わたしは仕事中のロニさんに「がんばって」と声をかけて、ララさんのアトリエを訪ねる。


 三角形になっているお店と自宅とアトリエの位置関係。お店からアトリエに行く出入口をロニさんに教えてもらってわたしは一度外に出る。


 ララのアトリエだとロニに教えられた建物は、新しい雑貨兼自宅に比べて少し……古い? 


 壁の窓周りがくすんでいて、獣や薬草の入り混じる臭いが錬金術のアトリエっぽいなと感想が出た。

 なにかの薬品で消臭してるみたいで獣人のわたしじゃないとこの臭いは気付かないかな。ララさんも獣人だからそのあたりは気を付けてるんだろうな。


 コンコンコン


 緊張するわたしは扉の前で深呼吸をして、扉のドアノッカーを遠慮気味に叩く。上手く叩けていないノック音が恥ずかしい。


「はーい。開いてるから入っていいですよー」


 扉を開けると空調の効いたアトリエの風がわたしへ吹きかける。汗は少し引いてきたけど、太陽と運動で熱せられた体に心地いい。


「おじゃまします」


 控えめな声でわたしはララさんの仕事場にはいった。初めての錬金術師のアトリエに、わたしは興味津々で見渡す。


 理科の授業で使った事もあるモノから見た事も名前も知らない器具。


 あれはろ過装置でいいのかな? 丸底フラスコとか三角フラスコはわかる。ピューラみたいな調理器具っぽい物は何に使うんだろう?


 薬草の残骸がシンクの三角コーナーに残ってる。ポーションを作ってたのかな? 


「おもしろいですか?」

「見たことないモノがいっぱい」


 白衣姿のララさんが大きな鍋をかき混ぜる魔導具から少しだけ目を離して、振り返る。キョロキョロするわたしを見て、ララさんは微笑ましそうにしている。


「ララさんの傍に行っても大丈夫?」

「大丈夫ですよ。転ばないように気を付けてくださいね」


 猫の獣人が何もないところで転ばないよ?。


 ララさんの前にわたしがすっぽり入っちゃうくらい大きな金属の鍋に、それを温めるためのコンロがある。


 赤のマナを使う魔導具のコンロに、その隣はガスコンロかな? 加熱する部分の形が違う。


 二種類あるコンロにわたしは首を傾げる。


「コンロが二種類あるのが不思議ですか?

「うん。どうして?」


 わたしが不思議そうにしていると、台座に戻って大鍋の様子を確かめているララさんがそれに気が付いた。


「ガスと魔術加熱の違いはマナを使うかどうかなんです。錬金術は不純物になるマナが混ざっちゃいけない物もあるので、二種類あるんですよ」


 ララさんはそういってガスコンロの火を止める。そして近くのガラス容器を手に取ってわたしに見せる。


「最後にこの『賢者の石』を入れて魔術を使ったら完成です」

 

 賢者の石。石という名称だけど液体みたいにドロっとしている、不老不死のエリクサーの材料だったり、鉛を金に変える触媒。


 マンガやアニメでもよく出てくる伝説のアイテムだよ? そこらへんに雑に置いておいていいモノなの?


 すごい有名な名前だけど、その実態は魔物の心臓部である魔石を加工した物。一人前の錬金術師なら、よほど強力な魔物の物じゃない限り誰でも作れると後で教えてもらった。


 それを知らないで混乱するわたしに、苦笑いしつつララさんは赤い液体を鍋に垂らす。


「近くに人がいると不純物が混ざる場合があるので、少し下がってくださいね」

「うん」


 わたしが少し離れるの確認して、ララは歌い出す。それはずっと聞いていたくなる優しい音色の歌だった。

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