レンと狐の新生活 その2
わたしが頷くとココさんはすぐに動いてくれた。翌朝にはララさんと連絡を取って、お昼には会えることになった。とんとん拍子で進む予定にわたしはただただ頷いて話を聞いているしかできない。
わたしが塞いでる間にも、きっとココさんはララさんと打ち合わせをしていてくれたんだと思う。
お昼になるとココさんも一緒に家のリビングでララさんと対面した。
「初めまして! 私はララリナ=フォレスティアです。ララって呼んでね、レンちゃん」
狐の白い耳に白い尻尾。わたしよりすこし年上に見えるけど、見た目じゃ長命種の年はわからない。優し気な空色の目に少し薬品の変わった匂いがする。匂い消しでその匂いを消そうとしたみたいだけど、獣人の鋭い鼻がその匂いを嗅ぎ取ってしまっている。
「……レン=シンフォニアです」
初めて会ったララさんは……なんだかすごくテンションが高かった。尻尾がぶんぶんと左右に揺れてニコニコしていて、なんだか怖い。――でも拒絶されていないみたいで少し安心した。
「ララ……、もう少し落ち着いて。レンも驚いてるよ?」
「ココさんも知ってる人?」
「そうですよ! 私が二十歳の頃にココが管理局に入ったんだよね。その時からの付き合いだからもう――十年来の付き合いになるんだ」
自分で十年と言って驚いています。聞いたことなかったけどココさんの歳ってアラサーだったんだ。
「何を勝手に人の年をバラしてるのよ。これだから長命種は――」
「あはは、ごめんごめん」
ココさんに怒られたララさんは特に気にした様子もなく笑って謝ってる。仲の良さそうな二人のやりとりに、わたしはララさんに少し嫉妬する。
「それじゃあ、私の自己紹介からかな。私は冒険者向けの雑貨屋さんの店長兼錬金術をやっています」
お茶とお茶請けを取りに行ったココさんがいないまま、ララさんがわたしに話しかける。
わたしは今の義務教育を終えたら冒険者向けの学校に入るつもりだった。そんなわたしにララさんのお仕事に興味を持つ。
「どんなもの作ってるの?」
「レンちゃんは錬金術に興味がお有りで?」
興味を持ったわたしにお姉さん風を吹かしたララさんが聞き返す。わたしが頷くのを見て、ララさんは何を話そうか考えている。
「そうですね。一番多いのはポーション造りです」
「どうやって作るの?」
普段使う化学的なお薬は工場で大量生産してるけど、錬金術は鍋でぐるぐるかき回すイメージしかない。それをララに話すと笑いながら肯定する。
「そのイメージで間違っていません。素材を小さく刻んだり、粉砕してお鍋でマナを込めながらぐつぐつ煮込むことも多いですね。ヒッヒッヒッ」
「くすくす、なにそれ?」
ララさんの悪い魔女みたいな笑い方と仕草に、怪しい魔女が鍋をかき回す姿が浮かぶ。それに自然とわたしの口から笑いが漏れた。――笑ったのは久しぶりな気がする。一人で留守番をしてるから家事で忙しいし、独りは寂しくて……。
「あら、もう仲良くなったの?」
「そうですよー。ずっと妹が欲しくて仕方なかったんです」
「そういえば、あなたってシーナも可愛がっていたわね」
テーブルに持ってきたお茶を置くと、ココさんはわたしの隣に座る。対面に座るララさんはわたしを構いたくて仕方ないのか、こっちこっちと手招きしていた。ココさんに「いっておいで」と背中を押されて、わたしはララさんの傍に近づく。
ふさふさな尻尾がソファのクッションになっている。わたしは自然とそれに熱い視線を向けていた。
「尻尾が気になりますか? 触ってもいいですよ?」
「いいの? ありがとう、ララさん」
無意識にうずうずしていたわたしは緊張しつつも、ゆっくりとララさんの尻尾に触れる。あ、これはダメになる感触。顔を埋めたら気持ちよさそう。
そのもふもふを堪能していた私は思わず力が篭ってしまった。するとララさんはくすぐったそうに「んっ!」と吐息を漏らす。
「ごめんなさい!」
「いえいえ、驚いただけだから大丈夫大丈夫」
しばらくわたしが尻尾の感触を楽しんでると、ララに「お話もしましょ」と抱きかかえられて隣に座らされた。ちゃんと、もふもふな尻尾をクッションになるように配慮して。
それでも名残惜しさにわたしの尻尾がララさんの尻尾を撫でてしまっていた。
「ふふふ。――レンちゃんは錬金術とは何かわかりますか」
「マナと材料からモノを作る技術じゃないの?」
さっきの話の続きだ。わたしはみんなが思ってる錬金術そのモノのイメージを伝える。あとは爆弾作ったり?
対面のココさんもわたしのイメージに頷いている。魔導具もマナを使う点は似ているけど、あちらは魔術回路が刻まれた道具。マナを流すと効果が発揮するモノだっけ?
「錬金術とは素材の在り方を引き出す魔術なんですよ」
「在り方を引き出す……」
「薬草なら化学的な薬効を使うのではなく、薬草が持っているマナを魔法に変換して効果を発揮します。ダンジョンという魔法の一部という副産物なのかな」
魔法と魔術は違う。マナとイメージさえあれば魔術は使えるけど、魔法はそれだけでは使えない。魔法の分かりやすい例がダンジョン。あんなデタラメな存在が人に作れるわけない。
錬金術はそんな訳の分からない魔法を、人が使えるように体系化した学問だとララさんは言う。
「私の幼馴染が持ってる魔剣も錬金術で作った物ですね。厳密には鍛冶師と魔導技師との合作なんですが」
「そうなんだ」
わたしがララさんの話をふむふむと聞いていると、ずっと見守っていたココさんが口を開く。
「レンちゃん、ララのお家にしばらく泊まらない?」
「ララさんのお家に?」
「私もそろそろ仕事に戻らなくちゃいけないから、一人になるのはまだ難しいでしょ?」
突然現実に引き戻されたわたしの手が震える。
そっか、ココさんもずっとここにはいられないんだった。
「私は店舗兼用の自宅で暮らしてますが、客室があるのでそこを使ってもらっていいですよ。それとも私と一緒の部屋がいいですか?」
震えるわたしの手を握って、少し照れながらララさんが提案する。わたしがララさんの顔を見ると、「妹と添い寝するのが憧れだったんです」とはにかんだ笑顔を見せた。
「うん」
ララさんの笑顔が、わたしのぽっかり開いた穴を少しだけ小さくしてくれた気がする。それはなんだがわたしのお母さんを思い出させる笑顔だった。
「なら荷造りしましょうか。ロニは連れてきてないの?」
「あ、忘れていました。あの子も連れて来たらよかったですね」
ソファから立ち上がりわたしの部屋に移動しようとしていたココさんが、ララさんの間の抜けた声に呆れて振り返る。
「あなたはそういうところが抜けてるわね」
「でも持っていくものって服くらいでしょ?」
「レンは学生でしょうに。勉強道具とかどうするのよ」
「そうでした! ロニを連れてきます!」
ララさんはココさんに敬礼して外に飛び出していった。そんなララさんの言動にわたしはココさんと一緒に吹き出してしまう。
「あの子は私生活も抜けてるところがあるから支えてあげてね」
「わかった」
わたしとララさんがうまくやっていけそうな事に、安心したココさんは優しく微笑む。
「ありがとう」
――お姉ちゃん。心の中でそう呟いて、わたしはココさんの服を掴む。ココさんはそんなわたしの想いを知ってか知らずか頭を撫でてくれた。
「ねえ、ココさん。ロニさんって誰?」
「ララの所の犬型ロボよ。ダンジョン産の――」
わたしはココさんに手伝ってもらって荷造りをする。家の中から出てくる思い出に、進まないわたしの手と止まらない涙の中でココさんは根気よく手伝ってくれた。