ララと母狐のお泊り会 その4
本日最後のお客様を笑顔でお見送りした私は、溶けてカウンターの染みになっていた。
「――眠いです」
「昨日は随分はしゃいだようですね」
「そうだよ、楽しかった」
額面通りに私はロニの言葉を受け取る。それが皮肉なのかそうでないのか、言葉の裏を読み取るのも怠くて涼しい店内で眠気と戦っていた。
「……皮肉を理解する労力すら惜しみますか」
「しらなーい。私は眠いんです」
私がうとうとしていると、呼び鈴の音色が聞こえた。そういえば閉店の看板を出さないと……。
「仕事中に居眠りかしら」
「ちゃんと起きてますよ」
「外に車を停めてるから早くしてね?」
人の居ないお店にやってきたのは母だった。このまま気持ちの良い夢に逝ってしまおうと悪魔が囁くけれど、それを振り切って私は立ち上がる。
「んー……、ふう。お出かけしましょうか!」
私は外出用に用意していたカバンを取り、ロニに留守番を任せて母と共に外へでた。
「お財布よし、戸締りよし、端末よし、忘れ物はありませんね」
外で待っていたレン達に挨拶して、最後に忘れ物がないか確認する。そして確認が終わって「完璧です!」と私は一人頷いて、お店のドアノブにCLOSEDのプレートをかけた。
「お待たせしました。まずはお昼を食べに行きましょう」
そんなこんなでお昼を食べた私達は、日用品からレンのお洋服まで商業区のデパートを歩き回った。
「うう、服はもう見たくない」
デパートのイートインで、パフェを突きながらレンは疲れ果てている。レンも冒険者となるべく体力作りをしているけれど、お買い物で疲れるのは何故なんでしょう。
「お疲れさまでした。次は秋なのでしばらく大丈夫ですよ――――きっと」
私の言葉にレンが絶望している。何時間も着せ替え人形をさせられればこうなるでしょう。
「ララも昔はこうだったわね」
「お母さんの服選びは長すぎるのよ」
「ララも一緒に選んでた……」
レンがジト目で私を見つめる。ちなみにルシアとリューナは自分達の服を選んでいたので、さきほどまで別行動だったり。
「レンちゃん! 私のアイス、一口食べますか?」
「……食べる」
アイスなんかで誤魔化されないと私に訴えかけるレン。けれどもそれは逆効果なんですよ? だってそれは私に甘えてるのと同義ですからね!
レンとじゃれついている私を見て、母が少し焼いています。ふふふ、これが一ヵ月先に暮らしてきた成果なんですよ。
「あれは喜んでいいのか?」
「ララがいいなら、いいんじゃないですか。レンに嫌われても知りませんが」
「そこ! 不穏な事を言わないでください!」
私達三人とは別のテーブルで休憩してるルシアとリューナが、適当な事を言ってる。いえ、これじゃあ好きな子に悪戯する男の子ではありませんか?
「お魚料理で手を打つよ?」
「いいでしょう! この時期でしたらうな重でしょうか?」
レンは冗談のつもりだったのかもしれませんが、言った私が食べたくなりました。夕食も外食で済ませちゃいましょうか?
「あらララが奢ってくれるのかしら」
「レンだけです! そっちの二人も食べるなら自腹ですからね!」
お母さんだけでなくルシア達も奢られるつもりで、どこで食べるか話し合っている。
「私、おいしいうなぎ屋さん知ってるわよ。去年にアルとララの三人で行ったわよね?」
「ちょっとお母さん! それってあのめちゃくちゃ高いとこじゃない。お母さん基準の稼ぎで考えないでよ!?」
「ララもそろそろ行けるんじゃない?」
「それはいけるかいけないかで言えば、いけますけど。前行った時は三人で軽く一万越えでしたよ!?」
レンが一万越えと聞いてねこ耳をピンと立てる。食べたいかどうかは別として気にはなりますよね。
「おお、良い値段なんだな」
「そうですね。でも、うなぎ屋さんならそれくらいでは?」
「このお嬢様育ちめ! 普通に高いですからね」
私は思わず席を立ち、ルシアとリューナを指さす。
冒険者として活動する前に、私がしっかりと金銭感覚を教え込んであげたのに忘れたのですか。あの頃は、それぐらいの値段がレストランの普通だと思ってたんですから。
「はいはい、私が出すから。最後の目的地に移動しましょうか」
「ガルル、これがお金持ちの余裕なんですね」
「この娘は何を言ってるのかしら」
やさぐれる私は背中を押されてその場を後にする。最後の魔導具店は私には関係ないから特に用事はないのだけど。
「紹介してくれる技師さんってどんな人?」
目的地へ移動する車内で、ルシアが運転中の母に聞く。私も彼が古い友人だとしか聞いてなかったなと思い出した。
「私が昔所属していたクランの技師だったのよ」
「お母さんってクランに所属してたの?」
私が物心がついた頃には、父も母もSランク冒険者のコンビでクランには所属してなかった。昔の武勇伝を聞いたことはあるけれど、クランについては一言も聞いたことはありません。
「当たり前でしょ。私も冒険者としての基盤が無かった時代があったんだから」
「今もそのクランはあるんですか?」
「ララが生まれるのと同時に解散したわ。気の合う仲間同士だけで作った一時期だけのクランだったからね」
冒険者パーティを運営するクランではなく、自分達の冒険者活動を支援するためのクランだったらしい。だから新人を育てる意欲は低く、私が生まれるのと同時に、仲間はそれぞれの道に進んだらしい。
そんな話をしていると商業区から離れ、職人通りと呼ばれる冒険者が多く通う場所を車が走っていた。
ここでは人工の魔剣の製造であったり、壊れた魔導具の修理などを請負ってくれる工房が並んでいます。他にもガラス細工や革細工の工房があって、冒険者だけが集まるという訳でもありません。
私達は駐車場で車を降りて、目的地を見た。まさに町工場といった風貌な工房で、とてもSランク冒険者を顧客に持っている工房だとは思えない。
ちなみに大手の製造会社からの勧誘を蹴って、ここの工房を継いだと母が教えてくれた。
「アビー、お邪魔しますね。ヘイルさんはいるかな?」
「あら、サラさんにララまで。遠征から御帰りになったんですね」
アビーさんは兎耳がチャーミングな私と同年代の魔導技師さん。作業着に長い茶髪を後ろで束ねて、頭には兎耳がぴょこんと天に向かって伸びている。
そんなアビーが工房の事務所で机に座って事務仕事をしていた。
「お父さ――工房長は奥で作業中よ」
「あらそう、作業場でしょ? 案内は大丈夫よ」
母はアビ―に案内は不要だと断って、勝手知ったる工房にずかずか進んでいく。
「ごめんね、アビー」
「ん? 別に気にしてないわ。サラさんもアルさんも身内みたいなモノだからね」
アビーにとって子供の頃から付き合いのある母は、親戚のお姉さんみたいな扱いだった。そういう意味では彼女は私の従妹とも言えるのかも。
「帰ってきたと思ったらいきなり何だってんだ」
「あら、難しい事は言ってないでしょ。この子達もこれから、ここにお世話になるからよろしくって挨拶に来てあげたのよ?」
私はアビーにまたあとでねと、別れを告げて母達の後を追いかける。そこで見たのは、母が貫禄のある男の人と言い争っている姿だった。




