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ララと母狐のお泊り会 その2

 お店の営業時間が終わり、自宅の戸締りをして実家へ向かっている道すがら。私はレンと並んでとぼとぼ歩く。暑い夏の日差しは地平線の傍まで下りてしまい、涼しい風が私達の頬を撫でていく。


「さっきからララが百面相しているのはどういう事だ?」


 前を歩くルシアが何度も振り返って、私の表情を見て不思議そうにしてる。ルシアの横を歩くリューナは訳知り顔で苦笑しつつ、ルシアの疑問に答える。


「お母さんが帰ってきたのとレンが引っ越すんじゃないかと。喜んでいいのか悲しんだらいいのか苦悩してるのよ」

「冷静に解説しないでください!」


 他人事のように私の心情を読み解くリューナに八つ当たり気味に睨む。レンだって今の生活がいいですよね?


「んー?」


 私の複雑な心境に、レンはどう答えたらいいのかわからず困惑している。


「サラさんが待ってるんじゃないの?」

「ソウデスネー」

「久しぶりにサラさんの手料理が食べれるのでしょう?」

「――そうですね」


 ぐぬぬ。嬉しそうに動く耳と尻尾が憎い。私はそんな簡単な女じゃないのです。


「ララのお母さんって料理が上手なの?」

「そうだな、ララと同じくらいには美味しいぞ?」


 いつの間にかリューナに手を引かれてレンが前に移動している。


 ふふふ、分かりました。いじけるのはもうおしまいです。ポジティブに物事を考えるべきでしたね。


「今日はお腹いっぱい食べますよ!」

「あら、立ち直ったのね」

「はい! もううちに泊まれないわけじゃないですからね」


 むしろ実家には泊まりに行くだけで、レンのお家は私の自宅なんです。


「なんだか変な事を考えてそうですね」

「さすがにリューナも、今のララが何を考えてるかわからないか」

「ご飯の時間になったら、元に戻るよ」

「レンもララの扱い方がわかってきましたね」


 なんだか前からため息が聞こえてきたような気がするけれど、三人も今の共同生活を気に入ってるからですね。


 そんなこんなで本日二度目の訪問となる実家です。こうして自分の家を持ったからこそわかりますが、うちって高性能ですよね。大きい――ではなく高性能なんです。大きいとそれだけ手入れも大変ですし、父も母も大きさには拘りがありませんからね。


 なので設備に関してその分、拘っています。防犯用の魔導具がそこら中で目を光らせてますし、二人がしっかり体を動かせるトレーニングルームと広い庭があったり。さすがSランク冒険者の家ですよね。


 冒険者用の装備とかアーティファクトが保管してある倉庫は秘密基地みたいで、子供時代に何度も忍び込もうとなんて……。その度にロニが動物みたいに口を使って運んで、母に叱られました。


「ただいま」

「おかえりなさい、遅かったわね?」


 私がチャイムを鳴らし、玄関を開けるとすぐ母が出迎える。遅かった……なんていうけど、その顔は分かって言ってるよね?


 後ろから続いてルシアとリューナが挨拶しながら入ってくる。二人とも母と会うのは一年振りくらいじゃなかったかな、まるで我が子のようにハグをして再会を喜んでいる。


「あなたがレンちゃんね」


 私のスカートをしっかり掴んだままレンが母の前に出る。


「――はい」


 緊張している手を優しく外して、私はレンの頭を一度軽く撫でて少し距離を取る。


 私がここで口を出すのは野暮ですね。


 そう思ってルシアとリューナを静かに手招きし、二人を残してリビングに移動した。


「傍にいなくてよかったのか?」

「人が多いと素直になれないでしょう。それにお母さんに任せておけば大丈夫ですよ」


 泣きたい気持ちになるのも、甘えたくなるにしても。人が多いと照れが邪魔をしますからね。


「それもそうか」

「ララも大人になりましたね」

「どういう意味ですか。あっ、おいなりさんがある!」


 これは王都のお土産ですね。黄金色(こがねいろ)のまん丸稲荷が箱にみっちり詰まってる――私のお気に入りな一品。久しぶりのおいなりさんに、思わず私の手が箱に伸びる。


「つまみ食いしない」


 包装を剥がそうとする私の手をリューナが(はた)く。


「いたっ! うう、無意識だったんですよ」


 心惜しくお稲荷さんの箱をテーブルに戻す。キッチンからは夕食の良い匂いはするけれど、それはまだ。先にリビングに置いてあるお土産のほうが気になるので、そちらを三人で確かめます。


「こっちも王都で有名な店のクッキーだな」

「王都にも寄ってから帰って来たみたいですね」

「――そうですよ」


 私達がお土産の包装を眺めていると、顔合わせの終えた母とレンがやってきた。やっぱりレンの目が赤くなっているけど、私達は見ないふりをして明るく母に話しかける。


「王都にも行ってたの?」

「用事があって、帰り道に寄ってきたんですよ」


 父の性格を考えれば寄り道せず、まっすぐに帰ってくるんじゃないかな。そう疑問に思っていると、母がルシアとリューナを見て理由を話してくれる。


「そこに家出娘が二人いるでしょ?」

「――あ、そういえば家出中でしたね」


 私の言い方にルシアが異議を唱え、リューナは「ですよね」っと頭を抱えている。


「余は大人だぞ? 家出ではなく、独り立ちであろう!」

「ララの家に居候してるわよね」

「――同居です」


 二人なら家を借りるか、買うくらいの稼ぎはあります。けど遠征の依頼で家を空ける事を考えると留守の間どうするか、なんですよね。頻度は下がるとはいえ、手が足りないとダンジョン攻略の依頼が来ますからね。


「思い切ってレンの実家を借りたらどうです?」

「それは――」


 母の提案に二人が返答に困る。当の本人であるレンは特に嫌がる様子もなく、むしろ喜んでいる。


「二人ならいいよ」

「うむ……、そうか?」


 たしかにこのまま誰も住まない家を放置しておくのももったいない。赤の他人に貸すより仲良くなった二人に貸す方が心情的に抵抗感はありませんか。


 手続き等々は父が帰ってから相談するとして、実際に引っ越すかは二人で相談して決めるみたい。


「ララのご飯……」

「来る前に連絡してくれたらちゃんと作りますよ」

「ぐぬぬ」


 リューナはどちらでもいいみたいだけど、ルシアは未練たらたらで後ろ向きです。ええ、わかりますよ。私もまた一人暮らし? ですからね


 そもそも今挙げた問題なんてお金で解決できちゃいますからね。冒険者の街にそういったサービスが無いわけありません。結局のところ、四人での共同生活が気に入っていたんです。


「あなた達も本格的に冒険者としてこの街で暮らすなら、ちゃんとした拠点を持ちなさい。これからどんどん荷物も増えていくでしょ?」


 そういえばルシア達の仕事道具って少ないんですよね。魔導具などのレンタルもあるんですけど、よく使う道具は買ってしまった方が結果的には安いよね。


「はーい……」


 Sランク冒険者(先輩)のお説教に、ルシアは諦めて拠点を借りることにしたみたいです、これはレンの家を借りることになるかな。Aランク冒険者が使ってた設備なので改装せずそのまま使えますからね。


「それじゃあ夕食にしましょうか。皆で食べるなんて久しぶりだから、腕によりをかけて作ったんだから」


 母は凝った料理だから期待しなさいと、満面の笑みの自信を見せた。

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