ララと母狐のお泊り会 その1
レンがうちに来て一ヵ月。借りてきた猫のようにおっかなびっくりな共同生活から、少しずつ本来のレンらしさが顔を見せ始めた最近。
そう、レンが来てから一ヵ月と少し。私の両親が帰ってくるのも一ヵ月少し!
ようやく「数日のうちに帰れる」と父から連絡が来たのです。今回のダンジョンがとんでもない規模の大きいモノで随分時間が掛かりましたが、ようやく直接顔が見れるのですよ。
そんな知らせが来てすぐ、レンとロニに店番を任せて私は実家の掃除をすることにしたのです。ちょくちょく顔を出しては軽く手入れをしていたのですが、ちゃんと寝泊りができるように布団を干したりしなくてはいけません。
「先ほどからロニから苦情の連絡が来てるのですが一体何なんでしょうか? お店を閉める気なんてこれっぽちもないのですが」
端末の方に常連さんからお店の経営が大丈夫なのか心配されていると報告が来るのですが、一体何の事なんでしょうか?
さらには必要な素材があったら管理局の買取価格で依頼を受けるからなって、すごく気を遣われてるとか。そういえばリューナも少し前から余所余所しいというか何か誤魔化してるような、一体全体何なんでしょうか。
私が周囲の変化に掃除をしながら悩んでいると、玄関が開く音がした。
「――? いったい誰ですかね?」
「あら、ララ。掃除してくれてたのね」
「お母さん! どうしたの? まだ帰るまで数日かかるんじゃなかったの?」
玄関に居たのは私と同じ雪狐の獣人の母だった。冒険者という動き回る仕事をしてるからと短く整えられた髪が肩に掛かるかどうかの位置で揺れ、小さく手を振る母の隣にはロニの兄弟機であるブルー君がちょこんと座っている。
「私も家の掃除をしておこうとアルより先に帰ってきたのよ」
「そうだったんだ。とにかく、おかえりなさい! お母さん」
「ええ、ただいま」
ブルー君もおかえりと頭を撫でるけれど特にリアクションは無い。残念ながらロニのように感情を持って返事をしてくれるほどの性能はないんです。
「留守の間もちゃんと掃除してくれてたみたいね」
「もちろんですよ。留守の間は家の事は任せてって言ってるじゃない」
ふんす。いつまでも子供じゃないんですから。それにこの程度のお仕事なんて師匠のお世話に比べれば……。
「そう? ロニに何度も掃除をサボるなって注意されてたみたいだけど?」
「――! なんで知ってるんですか!?」
ロニと二人暮らしの私の生活で誰が密告したのですか! ルシアとリューナが来たのは数週間前ですが、情報源ではないでしょう。二人と友人の冒険者も常連にいますが、そんな詳しい私生活を知ってるはずないですし……。
「もちろんロニからだけど? あの子はあなたの子守りロボットなんですから」
「ロニが内通者だったなんて――」
衝撃の事実に私は膝を折る。たしかに小さい頃のロニの役割はそうでしたが、今もそれが続いてたってどういう事なんですか!?
「内通者だなんて、失敬な。私がロニにあなたの私生活の愚痴を聞かされていただけよ?」
「――なんでお母さんにロニが愚痴を言うのですか」
うなだれる私を置いて、母はブルーと一緒に家の中に入っていく。私は急いで起き上がりリビングでお茶を淹れている母と向き合う。
ロニがなぜ告げ口しているのかなんとしても問い質さなくてはなりません。
「どうやってロニから聞き出したのですか」
「あら、世間話で情報を引き出すのは主婦の技ですよ?」
「ロボットが主婦に負けたんですか……。うちの雑貨店の情報管理は大丈夫なんでしょうか、漏洩してませんか?」
あらら、うふふ、と笑いあう私達は言葉で殴り合――じゃれあう。どうせ最初からロニと結託してたんでしょ!
「大丈夫よ、あの子も分かってやってる節があるもの」
「やっぱり故意犯じゃないですか! 他に何か余計な事言ってませんでしたか?」
わかってました。ええ、わかってましたさ。百歳を優に超えてるお母さんに口で勝てないなんて。
「――あとはララがユニコーンの角を研究欲に負けて浪費して、ロイド君にバレて怒られたくないからってルシアちゃん達に急いで依頼を出したことかしら?」
――ひぅっ! 歳の事なんて考えないのでそのひんやりとした殺気は止めてください!
「うわーん。すごく頻繁にやり取りしてるんじゃないですかー!」
うちのお店は師匠と管理局が保証人となっているので、経営や製造をきちんと行っているか報告する義務があります。その報告相手がロイドさんだったりして、無計画な実験には大目玉が待っているのです。
だから内密に補填しようと思ってたのに、これあとでロイドさんにも報告されますよね?
別に契約違反だったりは問題ないのですが、錬金術の研究範囲内ですからね。でも高額な研究はもっと計画を立てて実行しなさいと叱られるのが目に見えてるのですよ!
「愛娘を放置するわけないじゃない。レンちゃんとも仲良くできてるみたいだし?」
「ええそうですよ! レンとは仲良し姉妹なんですから! なんだったお母さんなんかより仲良くなるんですから!?」
もういいんです。開き直ってレンを独占するんですから。お母さんにはレンを渡しません。
「それなのよ。お母さんも新しい娘と仲良くなりたいんだけど?」
「だめです。あと数日は私の家で暮らすんです」
あと数日はウチで暮らせるはずだったので、こうも早く離ればなれになるなんて思ってなかった。あと数日だけなら抵抗しますよ! フシャー!
「あら、あなたも一緒にこっちに泊まればいいじゃない」
「あ、その手がありましたね。でも……」
なんだかレンがお母さんに取られる気がする、むむむ。
「なんならルシアちゃんとリューナちゃんも呼んでらっしゃい」
「――――そうする」
「ララは何時まで経っても子供ね」
別にルシアとリューナがお母さんと手を組んで、私が一人自宅に残される未来が見えたのではありません。女性陣だけで一足先に交流しておくのが、レンのためだと思い至ったからですよ。
「お母さん」
「何?」
お茶を飲んで一息入れる母の姿を見て、私はようやく帰って来たんだと実感した。
「……おかえりなさい」
「はい、ただいま」




