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リューナと子猫の夏風邪 その4

(くっ、――外した)


 狙撃は当たった、けれど直撃ではない。光弾はバイコーンの皮膚を焼いただけで、光の帯を残して虚空に消えていく。


 突然の熱と痛みに嘶くバイコーンを横目に、ワタシの舌打ちしたくなる気持ちを抑え込む。


「次弾、すぐに準備するわ!」

「大丈夫、馬三匹程度なら一人で捌ける!」


 ルシアがフォローのために動く。腰のアイテムボックス――ワタシ達が目標にしてるモノより性能が大きく劣る――からグレネードを後続のユニコーンの進路を塞ぐように投げる。

 

 足止め用のスタングレネードに驚いて後続が足を止めている間に、ルシアはバイコーンに斬りかかる。


「毒々しいけど、お前は食べられるのか!」


 ルシアの食欲に一瞬、バイコーンが怯えた様に見える。そんなバイコーン(馬刺し)の後ろでは仲間を助けるためにユニコーンが電撃を放つが、全て避雷針に誘導されていく。


 ワタシはその間にも狙撃銃の冷却を続けた。一度射撃しただけで銃身は熱を持ち、連射すればそれだけ銃身に負荷がかかり歪みが生じる。


次弾装填完了(レディー)

「ッケー!」

 

 バイコーンの突進を大剣で受け流し、すれ違いざまにルシアは殴りつけると共に魔術を叩き込み距離を取る。


「ナイスよ、ルシア」


 ルシアが去り際に残した魔術でバイコーンは感電している。直接流し込まれた電流は避雷針があっても妨害されることなく、魔物の動きを妨げる。


「そこ!」


 ワタシが撃った光弾はバイコーンの胴体を貫通した。風穴から吹き出す血の量が致命傷である事はスコープ越しでもわかる。


「そっちに一匹行った!」

「ええ、こっちは任せてちょうだい」


 ワタシの狙撃を脅威だと判断した一頭がこちらに駆けてくる。距離はまだ十分にある、狙撃も一射なら間に合う。


「――電撃は当たらない」


 放電しながら駆ける、ユニコーンの稲妻が狙撃銃を構えたままのワタシの傍を走る。


「ユニークよりは遅い……」


 ギリギリまで引き付けた三射目がユニコーンの脚を撃ち抜く、……これでもう戦えない。


 狙撃銃を地面に置き、ジタバタと暴れるユニコーンの傍までゆっくりとワタシは近づく。


「see you. せめて痛み無く眠りなさい」


 ガンホルダーから抜いた拳銃をユニコーンの胴体に向ける。


 五発の射撃音の後。ユニコーンは動きを止めた。本当なら頭部を撃って楽に死なせてあげたかったけれど、依頼品()の近くを撃つのは怖かった。


「そっちも終わった?」

「ええ、ルシアも――無事ね」


 いつまで経っても消えない、命を奪ったという感触が手に残る。


「とーぜん。よゆーよゆー」

「調子に乗らない」


 Vサインを見せて、無事を知らせるルシアの額を優しく小突く。手に残る黒い感情が、ルシアの笑顔で浄化されていく。


「ささっと後片付けしましょう」

「うむ。ロニ、おいでー」


 電撃で赤熱している避雷針の冷却をルシアに任せて、ワタシは魔物の解体をする。昔は吐き気と戦いながら解体していたけれど、今では慣れたモノだと自分でも感心する。――それでも気持ちの良い物じゃないけど。


「忘れ物はないわね」

「銃も避雷針も回収したよ」

「じゃあ、出ましょうか」



 魔物を倒した後、すぐに出現していた脱出用の転移陣に乗ってワタシ達は元のエントランスに戻ってきた。


「この後はどうする? ダンジョンの攻略進める?」

「お腹すいた」

「あら、――ロニ?」


 ルシアが口を尖らせてお腹をさする。もうそんな時間だったかしら。


 ワタシが視線でロニに問い掛けると、体内時計の時刻を教えてくれる。


「そろそろ12時ですよ」

「だってさ、お昼食べに行こう」

「はいはい、どこで食べますか? ララに連絡して作ってもらう?」

「馬刺し……」


 未練がましくロニに保管されている素材()を見るルシア。焼いて食べるならいざ知らず、生の馬刺しを素人が安易に手を出せるわけないでしょうに。


「そのまま持って帰って食べられるわけないでしょ」

「わかってますよー」


 ルシアは頬を膨らませたままダンジョンの外に出ていった。




 多様な魔物の解体を行う管理局の解体所でも、馬肉……馬刺し用の解体はできない。こういった解体はもっと専門的な肉屋が直接取り扱うことになる。


「それじゃあ明日、管理局に受け取りに来たらいいのかしら?」

「おう。うちと契約してる業者に任せて、明日の昼には届くはずだ。それでいいか?」


 解体所のオジサンがそう言って受け取りに必要な書類を渡す。


 冒険者が自分で狩った魔物の肉を、自分で消費するのは結構多い。料理ができない人間は全部換金してしまうけれど。うちはララが調理してくれるので毎回何かしら、持ち帰ることが多い。


「ええ、お願いします」

「――リューナじゃねえか」


 ワタシが書類にサインをしていると、後ろから男性が話しかけてきた。


「あら、ギリオンでしたか」


 話しかけてきた男性のヒューマン――ギリオンは実家関係の顔見知りで、ワタシとルシアの家とは別の名家の人間となる。その繋がりで小さい頃から幾度と顔を合わせていて、冒険者として活動しはじめてからは何度か一緒にパーティを組んだこともあった。


「そっちは日曜に狩りか?」

「ララに頼まれて、ユニコーンを狩りにね」


 ギリオンはララの雑貨店の常連でもあり、よく消耗品の補充に来ている。ワタシが「そちらは?」と聞き返すと、ギリオンは預けていた食材の受け取りだと書類を揺らす。


「雑貨屋の経営がまずいのか?」

「あら、どうして」


 声を抑えてギリオンはワタシに尋ねる。突然何を言い出しているのでしょうか。


「休日に角を取りに行かされてるんだろ?」


 なるほど、ユニコーンの角はポーションによく使う素材ですからね。ララがなぜ管理局で買わずに、ワタシ達に頼むか不明ですが素材を購入する資金に困っていると思われましたか。


「あー……いいえ、ララがちょっとやらかしたのよ」

「そうなのか……」


 ギリオンの表情がとても暗い。まるでララのお店が閉店する――、あ。


「ちょっと、待ってください! 勘違――――」


 ワタシの言葉が誤解を招くような言い方だった。その事に気付いて急いで訂正しようとするも、外から戻ってきたルシアの声がそれを遮ってしまった。


「あれ、ギリオンじゃないか。日曜に解体所へ来てていいのか?」


 外の屋台で買ってきたホットドックを口にくわえて、もう一つの手に持っていた分をワタシに差し出す。ワタシはお礼を言ってそれを受け取るけれど、ギリオンの誤解を訂正する機会を逃してしまった。


「よう、ルシア。久しぶりだな、おまえも来てるなら連絡しろよ」

「悪かったな、余も色々やる事があったのでな、奥さんと娘さんは元気にしてるか?」

「元気元気。写真見るか?」

「見る!」


 そのあと、結局勘違いを訂正するチャンスがなく家族自慢だけしてギリオンは帰っていった。ララのお店に来たら勘違いだったと気付いてくれるでしょう、――きっと。


「リューナ、どうしたの?」

「なんでもないわ。レンが心配ですし、一度家に帰りましょうか」

「オッケー、お土産は何が良いかな」

「食後に食べられるものが良いんじゃない」


 屋台料理の事なら任せろとルシアが駆けだした。きっと両手で持ち切れないほどの料理を買ってくるんだろうなと思いながら、ワタシはルシアを追いかけて外に出た。



「あら、ただいま」

「おかえり、二人とも」


 家に帰るとレンがキッチンで水を飲んでいた。体調も少し良くなったみたいで、顔色も少しずつ良くなっている。


「ララは?」

「――寝てる。わたしのベッドの横で」

「彼女らしいですね」

「邪魔ならこっちの部屋に移動させるけど?」


 ララもお昼を食べ終わった頃でしょうし、お腹がいっぱいになって寝落ちしてしまったのかしら。


 彼女らしいと言えば彼女らしいけど、病人に気を遣われるのはどうなんでしょう。


「ううん、大丈夫。二人ともご飯は?」

「屋台で色々買ってきましたよ」

「うむ、レンも甘いモノは要るか?」

「たべる」


 三人で楽しく食べ比べをしていると、その声で目が覚めたララが二階から降りてくる。


「あー! なんか良いモノ食べてる!」

「ララの分もあるわよ」

「やったー。冷たいモノはないよね?」

「ロニのアイテムボックスに入れてあるぞ?」


 自分だけ仲間外れにされたとふくれるララに、ワタシが手招きするとすぐに機嫌を直す。そんなことより冷たいモノが食べたかったのよね。


「そうでした。ロニ、ナイスですよ! 貸し出しておいて良かったです」

「アイスのために、私は駆り出されたのではないのですがね」

「わかってますよー、けど夏のアイスは至高ですよー」


 受け取ってすぐ収納したので、ほとんど溶けていないアイスを口に頬張りララは頭を押さえている。

 

「ララ、明日は馬刺しでお願いね」

「はいはい、わかりましたよ」


 馬刺しなんて日常で食べることなんて珍しいのでしょうね。興味を持ったレンがルシアに質問する。


「ねえ、ルシア。馬刺しってどんな味?」

「馬味?」

「馬味……?」


 どういう説明よ……。


 ルシアとレンが互いに首を傾げているのがおかしくて、ワタシとララは顔を伏せて込み上げてくるおかしさに耐えていた。


「馬味って何よ」

「ぷくく」


 後日食べたユニコーンの馬刺しは、ルシア曰く「筋肉質な馬味!」だった。

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