リューナと子猫の夏風邪 その3
アンフィニの試練異界。本格的にワタシとルシアが攻略を始めた試練型ダンジョン。
現在は87層の記録が残る、このダンジョン都市最大のクローズドダンジョンにワタシたちはいる。
なぜ最近まで挑戦していなかったかと言うと、ここは魔物との戦いがメインとなっているから。ワタシたちが長期依頼の合間にララの所に遊びに来ていたのは休暇のため。わざわざそんな時にガチな冒険者活動なんてしたくないわよね。
真っ白な空間に、ダンジョン内の階層を移動するための転移陣が不活性状態で描かれている。その隣には転移陣の転移先を操作するための操作盤。これを操作する事で転移陣が活性化し転移できる。
ダンジョンは基本的に攻略しないと新しい階層は開放されないのだけど、一人でもその階層に入れるならパーティ単位で移動できる。
なのでルシアが食べたいと狩ったドラゴンなどは、その階層に行ける知り合いの冒険者を誘って狩りに行った。
「なぜ、私までここにいるのですかね」
「ララに売られたからだろ?」
ララに仕事をお願いされたのが昨日で、今日は日曜日。つまり、ロニにお願いする仕事もないからワタシ達に同行させて機嫌を取りたいのでしょう。
病み上がりのレンとララを一緒にするのは少し心配だけれど……、やっぱり大丈夫かしら。
「前に連れて行ったのは海鮮で、その次は熊だったわね。食糧を運ぶためだけに連れていってないかしら」
「仕方ないだろ、一番素材で嵩張るのは肉なんだから。買取と重量のコスパで優先度を考えたら、お肉って真っ先に破棄するだろ?」
高価な荷物持ちに勿体なく感じるけれど、ルシアはいいじゃないと無頓着にロニを撫でる。
ルシアの言う通り、魔物の素材で一番量があるのは食用肉になる。その次が毛皮や皮になるのだけど、運ぶ手間と相場のコストパフォーマンスが段違いなのよね。
これが牛型のような食用の肉が換金のメインになる魔物なら話は別だけど。
「それで慣らしに軽い戦闘は必要ですか?」
「必要なーし。ユニコーン対策の道具は簡単に手に入ったから、行ける行ける」
ルシアが対ユニコーン用の魔導具を、肩に掛けた運搬用のケースの上からぽんぽん叩く。その気楽な言動にワタシは少し心配になる。
「もう少し緊張感を持ってよ」
「そうは言ってもねー。ユニコーンの武器って電撃と足でしょ? 電撃を無効化しちゃえば後は楽じゃない」
「それはそうですが、戦闘になれば集中してくれますか……」
「余にまかせんしゃい」
ダンジョンのエントランスにいる時のルシアは、いつもこんな感じです。戦闘エリアに入ればしっかり集中してくれるのだけれど、こちらの気が抜けるわよ。
「ほらほら、さっさと行くよ」
「わかってますよ、ロニは戦闘に巻き込まれないように気を付けてくださいね」
「お気遣いありがとうございます。私は大人しく観戦させてもらいます」
ルシアが操作盤を操作して転移陣の上に乗り、ワタシ達もそれに続いて転移陣に移動する。
一瞬の浮遊感の後に、草の匂いが鼻をくすぐり、太陽の光が肌に当たるのを感じる。ワタシは転移に備えて、閉じていた目を開けて周囲を確かめる。
「馬刺しはどこかなー」
時代によっては聖獣なんて呼ばれる一角獣も、ルシアからしたらお肉にしか見えていないわ。今にも涎を流しそうな幼馴染を見なかったことにして、ワタシは広大なフィールドの奥を見る。
「――あれじゃないかしら」
一面の草原と青空。ここがダンジョンで無ければピクニックでもお昼寝でもしたくなる美しい光景に、ため息が出つつも馬の姿を見つける。
「……白い点しか見えない」
距離感で分かりにくいけれど、ユニコーンは大きい。少なくとも普通の馬より一回り大きく、足なんかも筋肉質で逞しい。
「竜人の目じゃ無理でしょ。素直に銃のスコープを使ったら?」
「ほいほい」
魔物との戦闘がメインになる試練型でも、一方的に戦闘が始まる事は稀。普通は索敵から始まるか、魔物が待ち構える戦場に入る事で戦闘が始まるかのどちらか。
「数は……三匹。ねえ黒いの居ない?」
「亜種かしら、こんな時に出て来るなんて。――それとあれは黒じゃなくて紫っぽいわよ?」
真っ白な二頭の一角馬に、二本角の黒馬が一頭。本来出現する魔物とは違う亜種個体、亜種魔物なんて呼ばれるレアな魔物が草原をかっぽかっぽ歩いている。
ユニークモンスターは滅多に出会うことがなく、基本的に通常種の魔物より強い。ワタシ達が狙っている空間属性を持つ魔物もこれに分類される。
「ユニコーンの亜種ってバイコーンだっけ」
「ええ。角は治療用には使えないけれど、他の錬金術や魔導具には使えるはずよ」
主にマナ関連のパーツに使う素材かしら。代用品も数多く存在するのでユニコーンの角より希少なのに、価値としてはそこまで高くない残念な亜種魔物。
「その反応はあんまり稼ぎにならない魔物なんでしょ?」
「とりあえずバイコーンを優先して狙撃しましょうか」
勘の良い子は嫌いよ?
スコープを覗くのをやめて、ワタシをジト目なルシアを無視して狩猟の段取りを考える。
「無駄なところで運使ったかー……」
「愚痴ってないで魔導具を地面に刺して頂戴」
ルシアは無駄亜種に文句を言いながら、持ってきた避雷針の魔導具を地面に突き刺す。その逆サイドにはワタシが設置する。
針状のミスリル合金に魔石が埋め込められた魔導具。これは電撃系の魔術を吸い寄せ地面に流す避雷針となる。
こちらも電撃系の魔術を使えなくなるが、人間には銃がある。だから、相手の遠距離攻撃の手段を潰せることの方が大きい。
「さて手順はまずはバイコーンを狙撃で仕留めて、残りの足を狙いましょう」
「りょうかーい。余が囮だな」
「ええ、お願い」
狙撃銃とは言っても冒険者用に許可されている銃の有効射程は400mもない。それ以上はマナが拡散して弾薬粒子と共に散ってしまう。
これが学生時代に訓練した狙撃銃だと数キロの射程があったりもする。今じゃそんな重量級の銃なんて扱える自信はないわね。
「射撃!」
なんて考えてたらルシアが魔物に牽制射撃を始めた。魔物も連射銃の発砲音に気付いて、ルシアに向かって突進している。
「さすが亜種、ユニコーンより身体能力が高いのね」
ユニコーンを少しずつ離しながらバイコーンがルシアに迫る。ルシアも射撃を止めて避雷針のある方向へ走っているけれど、徐々に距離が詰められていた。
(有効射程まで――3……2……1……)
この狙撃銃は連射性と燃費を犠牲に、貫通力に特化している。魔物がルシアに接敵するまでに撃てる狙撃回数は多くて三発しかない。
バイポッドを立て、伏せるワタシの手が緊張で小さく震える。
「0」
狙撃銃の銃身に刻まれた加速リングを通って、光弾が撃ち出される。それはバイコーンのマナフィールドを突き破り肉を焼いた。




