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リューナと子猫の夏風邪 その2

 ワタシが固まってるのを見て、ララがワタシの勘違いを訂正する。


「――違いますよ! リューナが思ってるようなエリクサーじゃなくてですね……」

「エリクサーがそれ以外にあるの?」

「品質という話ですと色々あるんですが――、その……このエリクサーはオリジナルのエリクサーのレシピにアレンジしたものでして」


 ララ曰く、オリジナルのエリクサーは世界樹の葉に最上位ドラゴンの血、さらにはSランク以上の魔物の魔石が必要になるらしい。


 世界樹の葉はユグドラシルという世界樹型ダンジョンで極稀に発見される薬草の一種。あとは説明の必要もない希少品ですね。


 アルさん達であれば後者二つを自力で手に入れるのは可能かしら? でも世界樹の葉は完全に運に左右される上、その希少性から数千万で取引され気軽に手に入るモノではない。


 机の上に無造作に置かれたこのポーションは、それに近い素材が使われていた。――価値という意味ではなく性質が近いという意味で。


 万能の薬草、世界樹の葉の代わりに万病に効果があるユニコーンの角。あとはランクが劣る素材の中でも、相性が良さそうな物を試してみたとララは胸を張って自慢している。


「それはただのポーションではないのかしら?」

「厳密に言うとエリクサーもポーションなんだけど……。エリクサーとポーションの区別って万病に効果があるかどうかなんだよね」


 万病に『効果がある』であって、完治する必要まではないとララは話す。


「ですので、オリジナルみたいな何でもどうにかできる万能薬ではありませんよ? でも素材が素材ですので、そこまで効能が低いエリクサーではないと思うのですが……」

「効能もわからないモノをレンに飲ませるつもりだったのですか?」

「うぐっ」


 ロニの正論にララは声を詰まらせる。


「どうせ薬を作るので頭がいっぱいでその辺りの事を考えていなかったのでは?」

「――はい」


 さらに続くロニの説教にララはどんどん小さくなっていく。


「この薬は使用禁止ですね」

「――ぁい」


 ロニの薬の使用禁止令にララは床に崩れ落ちた。


「このエリクサーモドキはどうするのかしら」

「モドキって言わないで下さいよ。――このポーションは協会に効能試験をお願いしてから考えます」


 それで効能がはっきりしても、売りに出すかと聞かれたらララは首を捻る。値段が高すぎてお店で取り扱いのは難しいと明後日の方を向く。


 経営者としてではなく、錬金術師として作ってみたかったのですね。


「ユニコーンの角はいいんです。流通がそれなりにあるので価格も手の届く範囲で安定してます。問題はドラゴンの血がですね……」


 ユニコーンはBランクの魔物。ベテランの冒険者なら手が届く範囲で、一度に錬成で使う量を考えれば数万から十何万程度でしょう。


 けれどドラゴンの血が何百万も掛かるんじゃないかしら。ただの疲労にそんな高価な物を使おうとするなんて、バカじゃないかしら。――いえ、さすがのララもそこまでバカじゃないと思いたい、きっといざという時の為に作っちゃったに違いありません。


「元は取れるの?」

「私が思った通りの効能でしたら……、協会主催のオークションで十分元は取れるはずです」

「効能がなかったら大赤字ということですね」

「ロニ! ちゃんと錬金反応は成功してるから! それにこの二つで治癒効果がなかったらおかしいんだから!」

 

 ララも勢いだけでやらかしたわけでもないらしい。


 前から挑戦してみたくて、医療系を専門にしてる錬金術師の論文や過去の歴史や資料などを読み漁っていたらしい。だから、できると思ってやった――本狐の言い分であった。


「他に手を出した人はいなかったの?」

「いますよ? ――失敗報告だけですが」


 ボソッと小さく不穏な事を言ったララにワタシの視線が鋭くなる。


「それでどうして挑戦したのでしょうか?」

「いえね、何度も何度も穴が空くくらい読み直したのですが。どうやらマナ不足で錬成が最後までたどり着けなかったのではないかとですね――」


 ララは口早に自分の推論を話す。


 長年、貯め込んでいた研究だったのね。どこで材料を入手したのかは不明だけど、レンの事がなくても手を出してたでしょう。


「――レンの事は置いておいて。錬金術師としての経験に必要だったのはわかりました」

「――じゃあ!」


 ワタシの審問が終わると思って、ララの顔が緩み尻尾がぶんぶん揺れる。けど、まだ聞いていないことがありますよね?


「先週言っていた上級の医療品の補充はできたのですか?」

「……ユニコーンいなくなっちゃった」


 角がひとりでに動いてたまりますか。流石に在庫全部浪費したのではないでしょうが、この様子では補充する分には足りて無さそう。


「居なくなったのではなく使ったんですよね?」

「こんこーん!!」


 ララは逃げ出した――。脱兎のごとく、自分のアトリエの方へ向かって走り出していった。


 どうせこの後に取る行動なんて簡単に想像できる。


「あとでそちらに泣きついてくるでしょうね」

「ワタシもそう思う。今はお金を稼ぐ以外の目的は無いから構わないんだけどね」


 もちろん親友とは言えタダ働きではないわ。管理局の買取価格の相場で買い取ってもらう事で、過去に三人の話し合いで結論を出している。





 夕食後。レンもいるのが当たり前になった食事が欠け、レンが恋しいとララはしくしくと食事をしていた。


 そろそろ食べ終わったかなと取りに行った空皿。それを取って戻ってくると、ルシアの前で土下座しているララの姿が目に入った。


 ……結局こうなるのはわかっていましたよ。


「なんだ? それで補充するのに必要なユニコーンの角が足りなくなったから、狩ってきてくれとな?」

「うん」


 ララの依頼を受けるのは問題ない、時々お願いされる事ですから。ただ考え無しで暴走した結果の尻ぬぐいには言いたいこともあります。


「ユニコーンの馬刺しでどうでしょう」

「……」


 さすがのルシアも食べ物で釣られませんよ……。そこまで彼女は可哀そうな子では――。


「ユニコーンって美味しいのか?」

「――さあ?」


 あ――、はい。味が気になるのね。これはユニコーン狩りで決定でしょう。もしかしてララはルシアの興味を持たせるのが目的で……、ないわね。


「なあ、リューナ。……ユニコーンって美味しいのかな?」

「知らないわよ。口はもうユニコーンの口になってるんでしょ」


 ワタシが「食べてみたいのでしょう?」と聞くと、ルシアは「うん」と即答する。どうせ目的の無い冒険者稼業なんだから、ルシアのお願いを聞いてもいいのですが……。前から立てていた目標(アイテムボックス)はどうしたのかしら。


「どうせ次に行くダンジョンは決まってないだろ」

「アイテムボックスを狙うって話はどうなったのよ」


 最近は宝箱ではなく試練タイプのダンジョンで、とある魔物を探している。

 アイテムボックスの大半がダンジョンで発見されるのだけど、他にも魔物の素材から制作の手段もあったりする。

 

 けど、必要な素材である空間属性の魔物ってレアで強いのよね。空間に干渉できる魔物が弱いわけないのだけど。


「出るかどうかわかんないし、お金稼いで堅実に買おう?」

「食欲を優先してるだけじゃないかしら」


 空間属性の魔物って不死者(リッチ)だったり天使や悪魔種の亜種ですから、当然ハズレもその系統しかでない。食べるために魔物を狩ってる所があるルシアには苦行でしょう。


「美味しい物を優先しよ?」

「まあまあ、馬刺しって栄養価が高いって言うじゃないですか」


 ワタシとルシアの話に、ララがしれっと仲裁する。あなたがそうしてほしいだけでしょうに、反省が足りなかったのかしら?


「ララが口を出すのはおかしいでしょ」

「はい! ごめんなさい!」


 結局、ロニとワタシの予想通り。ルシアの食欲に負けて一角馬(ユニコーン)を狩ることになるのでした。


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