リューナと子猫の夏風邪 その1
お待たせしました!
聖剣使いの投稿が終わったのでこちらを再開します。それに伴ってスタイルを変更して章分けを無くしました。
夏の雨、やんちゃな雨粒が窓を叩いていく。普段なら蝉の鳴き声で起床するはずが、今日はそんな音で起こされた。
「ルシア、起きなさい。朝ですよ」
この雨では日課の訓練は中止ですね。体を全く動かさないのは気分が悪い、筋トレくらいはやっておくべきでしょう。
そんな事を考えながら、ぐーすか眠る眠り姫の布団を剥ぎ取る。
「ららー、尻尾が……9本――――」
ルシアの夢の世界でララはどんな姿をしてるのでしょうか、とても人様に見せられる顔ではありません。
「ララはいつから九尾になったのでしょうかね。ほら、いい加減に起きなさい」
空調はちゃんと効いているはずなのに、憎たらしい胸が寝間着のシャツから零れ落ちそうになっている。
手のかかる親友だ。シャツを直すのと一緒に、魔術で冷気を流し込んでおきましょう
「ひゃっ! ――ちょっとリューナ! 胸に冷気を突っ込むはやめてよ」
「毎朝起こす身になって欲しいのだけれど?」
ルシアは急な刺激に驚いて飛び起きた。いつもの起こし方に、ワタシはきっちり距離を取って退避しておく。頭をぶつけて、二人うずくまる失敗なんてもうしないわ。
「仕事の時はちゃんと起きてるじゃない」
「――はぁ。髪梳いてあげるから、さっさと起きなさい」
「はーい」
目をこすりながらルシアが化粧台の前の椅子に座る。いつもの光景に櫛を持ってルシアに冗談めかして語り掛ける。
「お嬢様、今日はどんな髪型にしますか?」
「リューナにまかせるー」
「はいはい、任せるのは良いけど舟を漕がないでね」
今日はサイドテールにしましょうか。寝癖のついた髪を櫛で解かしながら、ワタシは今日の髪型を決めた。
この習慣ができた切っ掛けはなんだったろうか。たしかルシアと冒険者になると決めて、一緒に訓練を始めた頃だったかしら。
「どうしたの?」
同じ場所を何度も櫛を行き来させていたワタシをルシアが心配していた。ワタシは「ごめんなさいね」と謝って反対側の寝癖に櫛を移動させる。
「いつからルシアの髪をワタシが結ぶようになったか、思い出してたのよ」
「んー? リューナが余の髪を母上と一緒になって、遊びで結んだのが切っ掛けじゃなかったか?」
「そうだったかしら」
たしかにそんな気がする。あまりにやんちゃなルシアに、おばさまが少しは女の子らしい事――オシャレに興味を持たないか髪型を弄って試してみたんだったよね。
毎日髪をセットしているのは、成功しているのかしら? ワタシがやってるのだから失敗よね。
「なんだ?」
「明日からルシアも自分で髪を結びますか?」
「――え! いきなりどうしたの?」
思い付きで提案した内容にルシアの目が完全に開く。あまりの衝撃に寝ぼけた頭が完全に覚醒している。
「いえ、それなら少しは女らしくなってくれるのかと……」
「面倒くさがって余計だめになるんじゃない?」
「自分で言うことですか」
「――いたい!」
開き直ってるルシアの頭を櫛で叩いて叱る。――全くもってその通りだと思うわ。
そんな風に朝からまったりと支度をしていると、ノックも無く扉が開いた。
「――リューナ! 助けてぇ!」
「「ララ?」」
半泣きなララが周りに配慮してか、静かに叫んでワタシに泣きつく。そんなララに驚きながらもワタシは力いっぱい抱き着いてくる彼女を引きはがし、ベッドに座らせて事情を聞いた。
「頭痛はありますか?」
レンはララのベッドで怠そうにしていた。汗をかいた顔は赤くほてり、額に置いた濡れタオルが気持ちいいのか少しだけ苦しそうな表情を和らげる。
「熱は少しあるわね。頭痛は無し、食欲がなくて体が怠い。――過労じゃないかしら」
ピピッと鳴った体温計を確認しながら、ワタシはそう判断した。
ララも体調不良の原因に同意している。彼女も医薬品を扱うので病気やケガにも詳しいのですが、ワタシにも確認して欲しかったのでしょう。
「生活環境の変化と心労――かな?」
「そうだと思うわ。とりあえずは市販の薬を飲んで様子を見ましょう。病院に行くにはまだ早いからね」
まだ早朝と言える時間に、目を擦りながらララが頷いている。
ララは市販薬を取りに一階へ下りていった。ワタシはその間にもう一度、濡れタオルを取り換えてレンの顔を拭いてあげる。
錬金術の薬は勿論病気にも効くけれど、命の危険がないモノにまで使うのは推奨されない。効き目が高すぎて体の免疫力が落ちてしまうからです。
「ただいま」
ララは薬と一緒に倉庫から持ってきた、冷却用のスライムシートをレンの額に張り付ける。
「ララは仕事があるでしょう? あとはワタシが見てるからいってらっしゃい」
「でも……」
「――いってらっしゃい」
ワタシがにっこりと伝えると、ララは素直に言うことを聞いてくれた。それでも何度とベッドに振り返るが、痺れを切らせたルシアが引きずっていく。
「……リューナ、ありがとう」
「どういたしまして」
ララをちゃんと仕事に送り出したことにレンは感謝する。ワタシがいなかったら臨時休業しかねないんじゃない?
「お水はもういい?」
「大丈夫」
「朝食の時間になったら、果物でも持ってくるからもう少し寝ててね」
「うん」
ワタシは「また後で来るわね」と伝えて、ベッドの傍に引っ張ってきた椅子から立ち上がる。部屋から出ようとレンに背中を見せると、後ろから小さな寝息が聞こえてきた事に安心してララの様子を見に行くことにした。
「それで仕事と言い張ってアトリエに篭って、『何』を作っていたんですか?」
ララの足には歯型が残っているわ。すぐ仕事を抜け出してレンの元に行こうとするから、ロニに足を噛まれて引き止められていたみたい。
あの後、ララの様子を見に行ったらロニの監視下でしっかりとお仕事をしていたはず。それに安心してワタシはレンの看病をしつつ、リビングで読書をしていたのに。あの後何が起こったのかしら。
「お薬デスガ?」
ワタシの前にドンと置かれた高級そうなビンに入ったポーション。その中身は血のように赤く、けれど向こう側が見えるぐらいには透けている。
アトリエから意気揚々にやってきて持ってきた、『それ』。
午前中は挙動不審で、ロニにレンの所に行きたいと泣きついていた姿を見ていたのよ?
どうみても真っ当な物とは思えない薬に、ワタシは追及の手を緩めるわけにはいかない。
「名称はなんでしょうか」
「滋養強壮薬……です」
ララは決してワタシと目を合わさない。耳も尻尾も焦りで小刻みに震えてる。
「ララ?」
「疲れに『も』よく効く薬だよ?」
どうしても教えたくないのかしら。ひたすら言葉を濁して薬を隠そうとするけれど、持ち逃げは許さないわよ?。
「ロニ、どう思いますか?」
仕事場から逃げ出したララを探しに来たロニに何か知らないか聞いてみる。その顔は知ってる顔よね?
「……この前管理局から報酬として頂いた、中位ドラゴンの血やユニコーンの角を知りませんか。ララ?」
「ギクッ!」
――ユニコーンの角はいいわ。治癒系統のポーションには幅広く使える万能素材ですもの。けど……中位ドラゴンの血って。
中位となるとワイバーンよりずっと上。ソロのAランクの冒険者が本気で狩る魔物が最低ラインでしたよね? いつのまにそんな貴重品を手に入れていたんでしょう。
「いい加減白状してはどうですか?」
「――クサー」
「ん?」
「エリクサーです!」
「……なんてものを、――作り出してるのですか!」
ララが作ったと言うエリクサー、エリクシル剤やエリキシールなんて呼ばれる錬金術師が作るポーションの最終到達地点。正式にはCエリクサーまたはエリクサーC型とダンジョン産のエリクサーA型と区別されている。
ひと月以内の部位欠損なら後遺症なく生やし、病も大抵は完治か日常生活を送れるまでに症状を緩和する。そんな秘薬なら人体の持つ病気に対する抵抗力を落とすことなく、肉体を万全に近づけられはするでしょうね。
効能はダンジョン産に劣るとはいえ、普通に使う分には錬成品でも十分な効果がある。
オークションに出せば億越えが当然の爆弾にワタシの手が固まる。




