ルシアと幼馴染とお引越し その4
音の発生源を確認に来た余達が見た物は曲芸をする猫であった。
軽業で跳ねまわる猫の獣人が西洋甲冑と追いかけっこをしている。特に焦った表情もしてないから緊急事態ではなかろう。
いつでも手を出せるように準備をしてから猫に声を掛ける。
「手助けは必要?」
「にゃにゃ? 大丈夫にゃー。聖剣持ちの仲間がもうすぐくるにゃ」
「了解、敵の援軍がこないかだけ見といてあげる」
「ありがとうにゃー」
にゃあにゃあ言いながら身軽にリビングアーマーを攻撃を捌く獣人の女性。良い体捌きをしてるな、あの様子ならまだまだ時間稼ぎできるか。
「誰か走ってきてる」
「――きっと、ウチの――爺だにゃ」
敵の援軍が来ないかだけ警戒しながら、余達はしばらく彼女の戦いぶりを観戦していた。すると遠くから人の気配が接近してくるのをリューナが聴く。
「おーい、シロー。生きてっかー?」
「生きてる生きてる。冗談はいいからさっさとこいつを素材にして差し上げるにゃ」
さっき言っていた仲間か、初老の猫族が真っ白な剣を携えてやってきた。戦士盛りを下り始めたと思えぬ健脚で、さらに速度を増してこちらに近づいてくる。
「わかっとる。ん、観客か?」
「そうにゃ。ウチが戦ってる間、周囲を警戒してくれてたにゃ」
「ほー、そりゃ感謝だわ。よっし、それならワシも良い見世物を披露せんとな」
「バカがやる気出したにゃ。眩しいから気を付けるにゃ」
そうシロが忠告するや否や初老の剣士が引き抜いた剣に光が宿る。
「ふっ」
軽い調子で剣士は剣を振り抜く、余ですら見切れなかった。
気付いた時には光る剣筋を残して、西洋甲冑が胴と脚に別れていた。
「どんなもんよ」
「お見事」
「ふっふっふ、そうであろう」
見事な剣術に余は純粋に称賛するが、シロが「さっさと解体して帰るにゃ」とジト目で促している。解体ナイフ扱いされた聖剣もなんだか物悲しく見える。
「孫が冷たいのう」
「ジジイが若い娘に良い恰好しようとしてるのを見てどうすればいいにゃ」
金属の塊を聖剣で豆腐が如く切り分ける。あれは不死狩りか鎧斬りの聖剣か。
魔剣と聖剣の違いは前者が魔術回路が刻まれ、マナを流すと魔術を発動する武器。一方聖剣が種族特攻を持った武器だ。ドラゴンスレイヤー、アンデットキラーが有名だろう。
「これでワシらは帰るとするか。嬢ちゃんたちはどうする」
「私達も帰りますよ。ちょうど帰り道でしたし」
「なら一緒に帰るかにゃ? 見張りをしてくれたお礼はしないとにゃ」
何がいいかなとシロが頭を捻ってる。
ダンジョンでは冒険者同士は助け合うのが常識だから、特に気にしてないけどクランのメンツなんだろうか。彼女が連れてる自走の荷車についてるマークを見て余は思う。
冷凍機能を持った小さな冷蔵庫みたいな荷車。漁師会が使う魚輸送専用の魔導具だ。
「お主らはここでは見ん顔だが、ここに何の用だったんだ?」
ここで取れるのは海産物がメインだ。宝箱やマーマンのレアな装飾品など特別な物があるが、わざわざここに潜る理由になりえない。しっかり稼ごうと思ったら、魚の輸送に適した装備が必要になるから。
このダンジョンが処分されずに残ってるのは安定して海産物が確保できるからだけだろうな。
「友人の歓迎会用の食材回収だな。猫の獣人だから海鮮料理にしようって頼まれてだな」
「ピコーンだにゃ。うち特製のお醤油を分けるにゃ。漁師会特製お魚用醤油だにゃ、まだ量産体制ができてない非売品だにゃ」
余の話を聞いたシロが一人で盛り上がる。お爺さんが「魚好きのための調味料だ、貰っときなさい」と小声で余らに話す。
レンのお土産に丁度いいかと頷くとシロが大喜びする。
「布教にゃ、魚のすばらしさを広めるんだにゃ」
夢は大きく、クランも大きく、お金もたくさん。シロが欲望塗れな歌を歌いながら海底都市の入り口まで戻ってきた。
入口の門にはたくさんの冒険者が休憩しており、その多くは漁師会のマークがついた荷車も一緒に並んでいる。
「ただいまにゃ。こっちは鎧野郎見つけた時に手助けしてもらった冒険者にゃ」
「ん? そりゃ、あんがとよ。だがお前は爺さんと組んでたんじゃないのか」
まとめ役らしい男にシロが報告している。最初に会った時、シロが一人だったことを疑問に思ってたけどちゃんとお爺さんと組んでたんだ。
「爺さんが迷子になっただけにゃ。いい歳して迷子なんて恥ずかしいにゃ」
「方向音痴ではぐれたのはお主じゃろうが」
しれっとお爺さんに責任転嫁するマイペースな猫。いつものことなんだろうな、男に拳骨を落とされてその場で崩れ落ちた。
「うぅ、痛い。ひどく無いかにゃ――。とりあえず、試作品のお醤油頂戴。助けてくれたお礼にプレゼントしたいにゃ」
「あ? そんなもんで良いのか」
涙目なシロが物資の詰まった荷車を指さす。それはクラン用の医療品やら消耗品が詰まったモノじゃないのか? そこに醤油も入ってるのか?
男が「醤油なんかでいいのか」と余達に聞いてくるが、それくらいのほうが貰いやすい。非常時に備えてただけであまり高価な物ももらえないぞ。
「こっちも歓迎用の食材集めだから、お礼をくれるならそっちのほうが嬉しいぞ?」
「そうか? まあ、あんさんがそれでええならええわ。だが一本と言わず二、三本持ってき」
なぜダンジョンにまで醤油を持ち込んでるのか疑問に思ったが、周りから醤油の焦げる良い匂いがしてる。
普通に魚を捌いて食べてますね。釣りに来た釣り師の方ですか?
ここが安全地帯なのを良い事に宴会をしてる漁師がいる。うん、ここの人たちは冒険者じゃなくて漁師だな。
「それじゃあまた機会があったらな」
「うむ、今度はうちが助けてあげるにゃ」
「うふふ。私達は錬金雑貨店の白狐で居候してるので、よかったらどうぞ」
リューナがちゃっかりお店の宣伝をしてる。後で聞いたらレンと気が合いそうだからと言っていた。
余のフィーリングもそう思う。引っ込み思案なレンとぐいぐいひっぱるシロの姿が思い浮かぶ。
宴会へ混ざりに行ったシロと別れ、余達はダンジョンから出る。すでに外は陽が落ち始め、空は橙色に染まり始めていた。
管理局の素材買取所で買い取り品を預け、時間のかかる査定を待つのもめんど――時間がないからと明日にお願いする。
歓迎会用の食材だけ解体を依頼して、ようやくララの家に帰宅した。




