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ルシアと幼馴染とお引越し その3

「魚臭いわ……」

「ララから魔導具を借りてきたらよかったのに」

「我慢できる程度よ、嗅覚を潰す訳にもいかないでしょうに」


 頑強な体を持つ竜人は五感がそこまで優れているわけではなく、ヒューマンと変わらない。エルフは獣人に劣るが聴覚と嗅覚が鋭い傾向にある。これは森の狩人だったころの名残ではないかとも言われている。


  潮の香とそこら中に居るであろう水棲の魔物の魚臭さにリューナが顔をしかめる。


 お酒の席でララにお願いされてから二日後。レンの歓迎会を内緒で開きたいというララのために、余達は海ダンジョンに来ることになった。次の日の本人はお願いしたことを忘れていたみたいだがな。


 海ダンジョンは水棲の魔物が多くポップする海鮮パラダイス。猫の獣人にはこの系統ダンジョンを専門にするクランがあるほどだ。


 ララにお願いされた余達はまず事前準備の時間を取ることにした。王都から配送を頼んだ装備品一式の確認に、管理局の情報の更新。


 Bランクである余達であるが、事前準備――情報収集を怠るようなバカな真似はしない。初見ダンジョンをゼロから攻略する余達は情報の重要さをよく実感してる。




 そんなこんなでやってきた海底都市型の海ダンジョン。海中にドーム型の結界で覆われた、海底都市を模したのが今日来た場所だ。ここで主に出現するのは魚人に海鮮の魔物、じゅるり。


 珍しい魔物だとリビングアーマーになる。海底に落ちた死体の成れの果てという設定なんだろうか。


「魚人で売れるのは武器と装飾品のみ。基本的に銃で処理すればいいでしょう。問題は食材として狩りに来た魔物よ」

「魔剣は使えんな。熱を加えてはララに叱られる」


 海底都市の城門前で最後の打ち合わせをする余とリューナ。攻略ではなく狩猟にきた余達には多くの制限がある。手巻き寿司パーティーがしたいと、うきうきしてるララの期待を折るわけにもいかないからな。


「赤と黄系統の魔術も同じく……よね」

「凍らせてしまえばいいんじゃないか?」


 赤のマナは加速――熱を、黄は電子を司る。どちらも食材の質に対する影響が大きすぎる。ならばと余が青の魔術を使えばいいだろと提案する。青は減速、つまり冷却を司る。


「それもそうね。冷凍保存できて丁度いいかしら」

「臭いが移らないので私としても冷凍のほうが嬉しいですね」


 リューナの冗談にロニも肯定する。ロニはちゃんと食材を持って帰ってこれるように、ララが貸し出してくれた。


 そのロニのアイテムボックスの箱部分は後から加工された物だ。本体である空間属性の魔石を傷つけなければある程度改造も可能らしい。だから交換、清掃もできて、汚れや破損を気にする必要はないはず。


 ロニが臭いを気にするのは冗談か、本気かどっちなんだろうか。


「余はドラゴンスケイルで受け止めてナイフで捌くか」

「また脳筋的な解決法ですね」

「うっさい」


 アーマーの上からマナを纏って肉体を強化する、竜人族特有の魔術は使い勝手がいい。そればかりに頼るのがいけないのはわかっているが、手元が狂う事もなく楽なんだから仕方ないじゃないか。


「漁師会に狩り尽くされても困りますし、行きますか」


 漁師会は猫の獣人クランが名乗ったあだ名だ。本当のクラン名は他にあるけれど、面白がった本人達が名乗り出した結果そちらが定着した。正式な名称はリューナに聞けばわかると思うけれど、わざわざ聞いても明日には忘れていると思う。


「さすがにあやつらも殲滅はせんでも、数を減らされて都市中を探し回されるのは勘弁だな」


 三十分ほど素敵な水上都市の街並みを歩く。水路が町中に蜘蛛の巣みたいに張り巡らされて、レンガ調の家と点在するオシャレな小橋の絵が幻想的。


 ララの所にロニが居るように、うちにもAIがいる。ウチの一族が生まれる前から存在する古代文明のAI、クー。その人型端末とリューナの三人で冒険していた時期がある。


 その時彼がここと同じ海底都市ダンジョンで「建物はもっと高かったがヴェネツィアの街並みを思い出す」と、懐かしそうに言っていたっけ。きっとヴェネツィアはクーが生まれた時代の街なんだろうな。


 余が少し注意を外していたら、リューナが水路に中に何か見つける。


「ルシア、そこの水中に影」

「了解」


 あぶないあぶない、風景に魅入ってた。入口付近はやっぱり漁師クランが狩り尽くしてて魔物の気配はないけど、少し道を逸れるとやつらの気配がある。


「雷で牽制しましょうか?」

「了解。たぶん獲物だから手加減間違えるなよ?」

「ララじゃないんだから」


 リューナが苦笑しながらも魔術に集中する。小舟も通れる水路だが、半魚人のマーマンではない。あいつらなら余達の足音が聞こえたら、さっさと陸地に上がって襲ってくる。


 できたら美味しそうな魚介がいいなと考えながら、余も突撃してくるだろう魔物に備える。


「いけ! サンダーボール」


 バチバチと放電しながら電気の球が水路に飛び込み、しばらくするとごぼっと気泡が水面に上がってきた。


「浮いてきたな」

「気を失ってますね」


 水路にぷかぷか浮かぶ一メートルほどの魚を眺めながらリューナと感想を言い合う。奇襲特化で防御力は皆無と聞いていたが、ここまで紙であったか。これなら奇襲にだけ気を付ければ問題ないな。


 それに手加減した電撃で感電させることも可能か。


「ルシア、後ろ!」

「うおっ!」


 ばしゃんと水面から何かが飛び出す水音がする。後ろを振り返ると気絶する魚と同じモノが余に向かってタックルしてくる。――水路に突き落とすつもりか。


「キャッチ――アンドリリース! この世から!」


 それなりの突進力だけど、竜人の身体能力とスーツの補助があればこの程度なんとでもなる!


 魚の魔物を両手でガッチリ掴み、勢いの無くなったところで解体用のナイフをエラから一刺しにする。


「ふむふむ。こいつがマーマンとの戦闘中に奇襲してきて、水路に落下させに来るというわけか。聞いてた通り面倒だか、そこまで危険なトラップではないな」


 どうみても飛べる姿に見えないが、魔物にそんな常識は通用しない。魔術を使って平然と空を飛んでみせる。このサイズなら念動系統である緑の魔術を使えば体を浮かせてもおかしくないな。


「だからって油断し過ぎないでね。最悪、水路に落ちたらあなたごと感電させて無力化させるわよ?」

「わかってる。その時はそれでいいさ。水中で海の魔物に組み付かれるよりはマシだ」


 水路を巡回する魚だが、その力はそこまで強くない。素の身体能力だけだった時代の冒険者ならいざ知らず。強化スーツを着た現代の冒険者なら体勢を崩されるだけだろ、これ。


 魚を解体してロニの中に収納する余の横で、リューナが周囲を警戒する。頭を切り落として小さくするだけなら余にもできる。複雑な解体――三枚におろすなんてのは無理だがな。


「解体はこの程度でいいか」


 魚の頭はその辺に捨て、ダンジョンの分解に任せてしまおう。


 売却用に魔石と、頼まれていた魚の身を確保して余達は先に進む。このレベルの魔石ではさほど高くない、魚肉の価値のほうが高いかもしれない。数で稼がないと、このダンジョンは美味しく無いのだろう。


「ええ、それにしてもロニ様様ね。私達もそろそろ本格的にアイテムボックスの入手を考えた方が良いかしら」

「二人じゃ持ち帰れる量が知れてるからな」


 ロニがいないときは自走型の運搬用魔導具をレンタルするしかない。アイテムボックスなんてBランクでも所持者は多くない。前々から機会を見て入手が可能なダンジョンに挑戦してるけど、まだ目にしたことはない。


「残念ながら私はダンジョン用ではなく、自宅警備ロボットなんですがね」

「ララの警備に本気出しすぎだろ。マナを考えなければここらへんでも余裕で勝てるだろ?」

「戦闘の度にマナの補充をお願いしても構わないならば、ですが」


 一度ロニの武装を見せてもらったが、ワイバーンクラスの亜竜にもダメージを与えられるビーム兵器が搭載してあった。何を考えてそんなものをアル兄さんは搭載させたんだろ。




 二時間ほど海底都市を探索し、それなりの数の魚介と数えるのも嫌になるマーマンと遭遇した。


 いあいあと口ずさみそうになる見た目に、トライデントと呼ぶには貧相な銛を構えた半魚人。残念ながらお金になる部位は魔石と装備品だけなので容赦なく銃でお亡くなりになってもらう。


 素材的に価値の無い魔物の扱いなんてそんなもんだ。


「一匹2,3万マギカくらいでしょうか」

「それが十匹か。それプラス、マーマンの魔石――数万程度だな。まあ普通か」


 普通のサラリーマンの月収くらいあるけど、消耗品であるアーマーを含む武装のメンテ代と買い替え資金を考えればそこまで高額というわけではない。命の危険がある仕事だというのもあるけどね。


 それに漁師会みたいな専門家に比べると質が低いだろう。それを考えると25万行けばいいかな。マーマンは売れる装備を落とさなかったし、こんちくしょう。


 リューナが今回の狩りはここまでにしましょうと言うので、余も同意して出口に足を向ける。潮風でべとつく体をさっさと洗いたくて、来た道を引き返すと後ろからリューナが声を上げる。


「ん? 金属鎧の音?」

「リビングアーマーかー、面倒だからパス」

「でもこれ……何かを追いかけてる音じゃないかしら」


 リビングアーマーは面倒な魔物だ。金属の肉体は斬撃が効かないし、中の魔石を無理やり取る事も難しい。足が遅いから逃げるのが一番、聖剣の類があれば良い金属素材なんだけどね。


「念のため確認してから帰るか」

「そうね。これで死者が出ると後味が悪いわ」


 寄り道を決めた余達は音の方へ向かうことにした。

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