ルシアと幼馴染とお引越し その2
狐のマスコットが看板のオシャレな錬金雑貨店。弟子時代のララが、師匠の雑用と自分で作った錬成品を売って貯めた資金で開いたお店だ。
あの親バカの二人が出資だと資金を出そうとしたが、珍しく師匠の一喝で叱られる事件があったなぁ。
「ロニー、ひさしぶりー」
「お邪魔します」
からんころんと店の呼び鈴が心地いい音色を響かせる。ララがお店の内装を探してた時に見つけて一目惚れした、可愛らしい狐の耳が生えたベルだ。余が狐は可愛いとララを教育した賜物であろう。
おやつの時間には遅く夕食にはまだ少し早い中途半端な時間帯。
この時間ならララはアトリエに篭ってるだろう。余が店番をしているはずのロニに声を掛けて店に入ると、黒い猫耳の少女がカウンターに座っていた。
「あれ? ララってば店員雇ったの?」
まだ義務学校を卒業してないくらいの女の子かな。ララがバイトを雇ったなんて知らなかった。リューナの顔を見ると、彼女も知らなかったみたいで首を横に振る。
「いらっしゃいませ。ララさんのお知り合いですか?」
「ララの幼馴染です。彼女はアトリエかしら」
じろじろと少女の耳となんとか尻尾が見えないか探ってる余の横で、リューナがララの所在を尋ねる。
「その通りです。レン、呼んできてくれますか」
「わかった」
ロニなら通話で呼び出せるはずだけど、何か理由あるのかな。猫の女の子はロニのお使いを疑問に思わずララを呼びに行った。
ちらっと見えた尻尾はスラっとした短毛種。ララとは違うけど、ああいう尻尾もいいな。竜人族には尻尾も耳もないからなぁ。あるのは可愛いとは正反対な厳つい角と鱗だけ。
余は自分の立派な角と申し訳程度にある竜の鱗を撫でる。これに不満はないが獣人の可愛らしい耳と尻尾には憧れがある。
「ロニ?」
「レンには席を外してもらった方が良いと判断しました」
「ふーん? 何か事情がありそうね」
相変わらず人の機微に詳しいロニに関心しながら、余とリューナは来客用の椅子を引っ張ってくる。
「あの子はアルとサラが引き取った孤児です」
「親は冒険者?」
「はい、例のあれです」
そのロニの答えで余達も納得した。親は野良ダンジョンを潰すのに駆り出された冒険者、最低でもBランク。ぽこぽこ生まれる最近のダンジョンを攻略して潰してるのは最低でもBランクだけだ。それ以下は足手まといにしかならない。
余が最近多忙にしていた野良ダンジョンに頭が痛くなる。あれのせいで亡くなった冒険者も多い、ままならないものだよ。
レンについて話しているとドタバタ走る音がして、勢いよく扉が開け放たれる。
「二人ともいらっしゃい」
「ララ! 尻尾を所望する!」
まずは不足していたララ成分の補充をしよう。余がララに尻尾を差し出せと迫ると、尻尾に隠れるレンと目が合う。
「だめ」
「だめ?」
「無理やりはだめ」
はい、全くもってその通りです。余は姿勢を正してララに正面から向き合う。
「ララ様、尻尾をお貸しください!」
「もうなんですか、悪ノリしないでください。尻尾も貸しません!」
「ええ、なんでさ。あ、これ王都のお土産ね」
物で釣ろうとしても、結局ララは尻尾を触らしてくれなかった、ぐぬぬ。
いつまでも駄弁っているわけにもいかない。最初から泊まるつもりだった余はララ達と一緒に自宅側に移動する。
「客室はレンが使ってますから、部屋割りを考えないとですね」
「そうだったな。なら久しぶりにララと一緒に寝るか?」
「大きさ的に無理ですよ。それに角が怖いです」
むー、言いたいことは分かるけど。角は仕方ないじゃない?
苦笑いで断るララに残念だと余は肩を落とす。
冒険者用の荷物は後日列車で運ばれてくるが、ダンジョン用の寝袋もそれまで届かない。ホテルに泊まるなんて、折角こっちに来たというのにつまらない。
寝具をどうしようかと余が悩んでいるとララが「そういえば」と切り出す。
「今回はどれくらい居られそうですか?」
「ずっとだが?」
いつもは一、二ヵ月ぐらいララの家に滞在してダンジョンに潜り。その後は王都に戻って、管理局経由だったり家だったりから野良ダンジョンの調査依頼を受けていた。
自然発生したダンジョンを潰すのは信用のある冒険者に依頼される事が多い。何十人という集団が協力するダンジョン攻略に足並みをそろえられない人間は邪魔でしかない。なので、どれだけ個に優れていても協調性の無い高位冒険者に依頼はこない。
「はえ? 王都の実家はどうしたのですか」
「飛び出してきた!」
余は絶対に家には帰らないと強く宣言した。確固たる意志を見せる余にララは目を点にして、リューナに「どういう事?」と聞いている。
「お見合いから逃げてきたんですよ」
「あー、前から『嫌だ嫌だ』言っていましたね」
ヒューマンや大半の獣人ならいざ知らず、長命種の結婚適齢期なぞ有って無いようなもんだ。アル兄は確か百の時に結婚したくらいに遅い。酔っ払いの世迷言は無視するに限る。
リューナも似たような立場だが、エルフの淡泊な性格が影響して周りが勧めることは少ない。
「そうですか……。事前に言ってくれたら用意できたのに」
「だそうよ、ルシア」
「知らなーい。レンは余と一緒に寝るか?」
猫の獣人は総じて小柄な体格をしてる。レンなら二人で寝ても十分な広さはある。
「ララさんが良い」
「りゅーなー」
「はいはい、初対面で尻尾狂いを見せたルシアが悪いんでしょ」
レンに振られた余はリューナに泣きつく。ララの尻尾が魅力的なのが悪いのだ。余の猫尻尾を楽しもうと言う野望は潰えた。いや、いずれあのしゅっとした尻尾を堪能するんだ。
余の欲望を感じたのか、レンがさらに距離を取る。しまった! 悪循環に入ってる気がするぞ。
「それじゃあレンはしばらく私の部屋と相部屋ね」
「いいなー」
ララの両親が帰ってくるのが大体二週間先だという。それぐらいなら相部屋でも問題はないから様子見でいこうとなった。
部屋を移動するレンは荷物を移すために階段を上がっていった。一方仕事の途中で抜け出したララは、余とリューナに久しぶりの晩酌をしようと約束してアトリエに戻ることにする。
「ララの料理を食べると帰ってきたって気分になるな」
「実家の料理人さんとおばさんが泣くわよ?」
「あはは、お粗末様でした」
冒険者稼業の近況を交えながら皆で楽しく食事を終えた頃。
レンを先にお風呂に入れて、幼馴染3人で簡単なおつまみを片手にワインで女子会をする。
ララはレンが可愛いと姉バカを発揮している。アル兄とサラ姉さんそっくりなおバカっぷりに、二人の血が流れているのだなと改めて思った。一か月後にはララの両親に引き取られるはずだが、大丈夫なのか心配になる。
「それでね、レンったら尻尾を――」
「ララ、その話は何度目ですか」
ララがこんなに飲みすぎるなんていつ以来だ? 懐かしい絡み酒に微笑ましいが鬱陶しくもある。
にこにこご機嫌なララに、はいはいとリューナが適当な返事をしている。
「何度だっていいんです!」
「開き直るな……」
飲み干したワイングラスをテーブルに置いて、ララはけらけら笑っている。もうただの酔っ払いだな。明日記憶があるのかも怪しい。
「ここまで執着するのは初めてですね」
「妹が素晴らしいからです」
「――間違いなくあの二人の血だろ」
「そうですね」
この酔っ払いをレンと一緒に寝かせるのは気が引ける。余が行ってもいいんじゃないかな。
「そうだ! 二人にお願いがあるのでした」
「どうした?」
ララが唐突に何かを思い出して席から立ち上がる。彼女が思い出した企み事を聞くのに、余達は耳を近づけた。
「それはですね――」




