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レンと狐の新生活 その5

マスクとか恰好とか問題あるかと思いますが、創作ですので。絵を優先してもいいよね?

「♪~」


 ララさんの歌声に聞き入っていると、鍋の中で変化が起こる。わたしは遠くから、少し傾いた鍋を見ると緑色の液体が熱々なままぐつぐつしていた。その液体がぷしゅーっと急激に嵩を減らしていって、十分の一くらいに減っていく。


 大丈夫なのかな?

 

 ララさんは焦った様子もなく、平常運転でミスリルの棒を鍋に突っ込んだまま歌い続ける。


 雑草を煮詰めた苦そうな深緑色の液体? が透明感のある、トロっとした液体に変化しきった。


「はい! かんせーい。キツネ印の外傷用治癒ポーション」


 歌い終わったララさんは、ふーっと疲れを吐き出して額の汗を拭く。わたしはもう近づいて大丈夫か確認して、ララさんの隣で鍋の中を覗く。


 初めて見たポーションはとてもきれいだった。薬草の残り滓を取り除く工程なんてなかったのにとても澄んだ色をしている。日常生活で緊急用の高価なポーションを見る機会なんてないから、思わずじっくり眺めてしまう。


「錬金術って歌が必要なの?」

「んーどうでしょう」


 わたしはララさんの歌をまた聞きたいなと思いながら質問する。見学者の居る中で歌ったのが恥ずかしいのか、ララさんの顔は少し赤かった。


「錬金術は在り方を引き出すって教えたでしょう? その引き出すには色々な方法があるんだよね。ポーションを例に出すと、ポーションとはこういう物って強い意思でマナを固定化する方法。私の方法は薬草の薬効という概念を含んだマナを、癒したいっていう意思を呼び水に集めて固める方法」

「んー?」


 いまいちイメージできないわたしにララさんは困った顔で笑う。


 うう、ごめんなさい。


「こればっかりは実際やってみないとわからない感覚だと思うんだよね。それで歌が必要かどうかの話に繋がるんだけど。私は歌う方法が一番しっくり来たから、歌うようになったの。師匠は前者で思った通りの効果を定着させてるけど、なんであんな適当なのに私より効果が上なんだろ……」


 ララさんがなんだかどんより闇を背負ってる。ララさんの師匠ってどんな人なんだろ。


 暗闇から帰ってきたララさんが歌以外にも本を読んだり、踊ったり、変わった人は料理でルーティンを決めてる人もいると話してくれる。こうしたらこういうのができるって思い込みが大事なんだって。


 ララさんが次の作業のために洗浄機から、ポーションを入れる容器を取り出してる。


 わたしも手伝えるかな、でも壊したらどうしよう。


 手伝いを言い出そうか迷ってるわたしにララさんから提案してくれた。


「レンもお手伝いしますか?」

「したい!」


 うう、やっぱり気を遣わせちゃう。


 わたしが罪悪感を抱かないように、積極的にできる事をララさんが振り分けてくれるのはこの短い時間でよくわかってる。


 わたしはララさんから手袋を貰って、教えられた通りに容器をクッションで固定されたケースに嵌めていく。


 ガラスと思ったけどなんだか柔らかい。不思議な感触になんだか触ってるのがたのしい。


「それは冒険者用のポーション容器なので柔らかいんですよ」


 スライムの素材を混ぜ合わせた容器は長期保存に向かないけど、携帯に適してるとララさんに説明してもらう。なんだかララさんと会ってから教わってばっかりだ。


「あとはこの挿入機に差し込んで、スイッチを押したらポーション作りは終わりです」


 クリームの絞り機みたいな魔導具から、にゅるっと半透明のポーションが容器に流れ込む。全部同じ分量だけ注がれてガシャンと透明な口が閉じられた。


「工場見学みたいでたのしい」

「工場もアトリエもやっていることは似ていますからね。『ロ―ニー、ポーションが出来たから取りに来てください』」


 ララさんは手袋を外して、携帯端末でロニさんを呼ぶ。ロニさんって二本足で立って扉を開けるのかな? 動画でそんな犬見たことあるけど。


「今日のお仕事はもう終わりですね。晩御飯はどうしましょうか」

「どうする?」


 わたしが帰ってきたのが16時頃かな。


 時計を見ると17時って表示してる。一時間くらいアトリエに居たんだ。ララさんと一緒にいるのが楽しくてすぐに時間が過ぎちゃう。


「お肉とお魚を買ってきましたがレンちゃんはどちらが好きですか」

「魚!」


 迷わず魚を選ぶ。これは猫の獣人の本能だから仕方ない事。


「そうですか。お魚が好きなにゃんこさんでしたかー。うりうり」

「うにー。わたしも耳触りたい」


 わたしの猫耳をふにふにして、ララさんは仕事の疲れを発散する。自分だけずるいと抗議するとララさんも頭を下げてキツネ耳を差し出してくれた。


「何をやっているのですか」

「耳もふもふしてるんだけど?」


 器用に扉を開けたロニさんが、互いの耳で遊ぶわたし達を見て冷ややかな目で見ている。


 目は口ほどに物を言うってあるけどロボットもそうなんだ。


「さっさと仕事を終わらせてください」

「「はーい」」 


 クスクスと失笑するわたしとララさんは、ロニさんに叱られてながらも商品を収めていった。


 



 ララさんとの新生活が始まって一週間。わたしは学校に通いながらララさんのお手伝いをしている。


 学校が終わると、ロニさんと並んで勉強をしながら店番をするのが私の日課になった。


「今日も店番か? 猫の嬢ちゃん」

「うん、ルークさんはいつもの?」


 狼の獣人でBランクのルークさん。ベテラン冒険者であるおじさんは、わたしがララの家に来る前からの常連さんだそうだ。


 Sランクまである冒険者の階級でBランクは一般的にベテランと言われる。Cが一人前、AとSが一流や超一流なんだってお父さんに教えてもらった。


「おう。それと石化の解除薬もくれるか?」

「へるぷ、ロニさん」


 それはわたしじゃ知識不足です。素直にロニさんの力を借りよう。


「想定する魔物はなんでしょう?」

「コカトリスもどきだ」

「魔法石化ですね」


 後でロニさんに聞くと、石化には実際に体が石になる魔法石化と筋肉が固まる疑似石化の二種類があるらしい。前者は毒やブレスなどの実体を持った攻撃、後者は魔眼や魔術などの非実体な攻撃に多い傾向だと教えてくれた。


「状態異常用の棚から魔法石化の解除ポーションを取ってきてください」

「わかった」


 ルークさんに「少々お待ちください」と断ってから、わたしは倉庫に在庫を取りに行った。


 お店にはポーションは置いてない。ポーションだけでなく錬成物と高価な商品はすべて倉庫で保管してあり、お店においてあるのは基本的に見本とただの雑貨だけ。これは防犯と錬成物はちゃんとした場所で保管したほうがいいから。



「ありがとうございました。また来てね」

「さんきゅー。消耗品が切れたらまたくるわ」


 持ってきた物を受け取ってルークさんはお店を出ていった。


 今日、お店に来たのはルークさんとあと数人だけ。お店の経営は大丈夫なのかな? って疑問に思ったことがあるけど、店の売り上げの大半は管理局や業者さん、冒険者クランとかの組織や団体さんへの定期納品だって笑われた。


 あの時は変な事をララさんに聞いて恥ずかしくなった。うん、もうこのことは忘れよう。


「ロニさん」

「なんでしょうか」

「わたしって役に立ってるのかな」


 ララさんはわたしが失敗しても慰めてくれるし、いつもニコニコしてて怒ってる姿なんて想像できない。


 きっとララさんに聞いても役に立ってる以外の答えを言わないと思う。でもロニさんなら聞いたら本当の事を言ってくれそう。


「大変助かっていますよ。以前は来客が来るたびにララを呼び出していましたからね」

「ん」

「やはりどこか気に病みますか?」


 このままここに居ていいのか、不安になるわたしにロニさんが優しく声をかける。


「レンに今更いなくなられては私が困ります」


 番犬になっていたロニさんは冗談めかした口調で立ち上がる。そのままわたしの足に頭を擦り付けた。


「ララの抱き枕にされて涎まみれになるのは御免です」

「ちょっとロニさん、それはわたしもやだよ」


 ここはあったかいな。ララさんもロニさんも優しすぎるよ。


 冗談を言い合うわたし達はおかしくなって笑う。不安が吹き飛んだわたしは、ロニさんの首に腕を回して抱きしめた。

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