ララと仲間ととある日常 その1
よろしくお願いします。
夏の早朝。みーんみーんと蝉の声をBGMに、私は箒片手に大きく背伸びをする。
店前の掃除をしていると朝早くから行き交う通行人が目に入ります。このダンジョン都市で活動する冒険者達も、涼しいうちに仕事を済ませようと管理局へ続く大通りを歩いてる。
ここは冒険者が多く行き交う主要道。冒険者向けの商品を多く取り扱う錬金術兼雑貨屋さんを営む私にとって、最良の立地でした。
この土地を分割でですが、譲って頂くのに協力してくれた両親と師匠には感謝です。あの三人が保証人になってくれたから、新人錬金術師の私に管理局の方も協力してくれたのです。掃除だって手が抜けません。
私の箒を握る手にも自然と力が入ります。
「ふーんふーんきーつねー」
私が上機嫌にお店の前で掃き掃除をしていると、通行人の方から「偉いね」と声をかけられます。
私、こう見えて今年で三十歳になるんですよ? 子供扱いに私の白い耳と自慢の尻尾がしょんぼりとしてしまいます。
いえ、三十といっても私は狐の獣人の中でも長命種である雪狐。さらに父の竜人の血も引いているので見た目と同じく少女と言われてもおかしくないですが、なんとも複雑な乙女心です。
「お掃除はこれぐらいで大丈夫ですね」
師匠に錬金術師として正式に弟子入りして10年、お店を持って5年。
最初は失敗が多く苦労も絶えませんでしたが、ようやくお店の経営にも慣れてきました。
「悩んでいても仕方ありません。今日も一日がんばりましょう」
「今日も元気だな。白狐の嬢ちゃん」
「ブライドさん! いらっしゃいませ。いつものですか?」
常連の冒険者さんが朝から私の雑貨屋さんに顔を出してくれます。いつもの冒険者向けのポーションセットの補充と消耗品を買っていってくるおじさんにお礼を言って、私――ララリナの一日が始まる。
「てんちょーてんちょー」
レジにお金を入れていると私を呼ぶ声が聞こえました。
どこからだろう? 狐耳を澄ませるとどうやら地下からのようです。
「こっちこっちー」
「てんちょーだなんて突然どうしましたか? レンちゃん」
地下室への階段に近づくと私を呼ぶ女の子の声も近づいています。声の主は諸事情により私が――正確には私の両親がですが――引き取った猫族のレンでした。
お店の在庫倉庫で私を呼んでいる。在庫に問題でもありましたかね。
「ポーションとポーションの素材がもう無いよ?」
倉庫に顔を出すとレンがポーションの保護ケースと素材箱が空であると私に見せます。隣にはロニもちょこんと座りレンがちゃんと在庫確認ができているか見てくれていたようです。
ロニは父が自分の趣味込みで、知り合いのメカニックに頼み込んで作った汎用ロボットです。ダンジョンで見つけた壊れたアーティファクトのAIコアに、最新の魔導ロボットのボディ、同じく長年の冒険者活動の中で貯め込んでいたアーティファクトをこれでもかと詰め込んだ超高性能ロボットです。
金銭面でも性能面でも過剰ともいえる犬型ロボットに母は呆れていましたが、私はちゃんと感謝していますよ?
「ああ、外傷用のC級ポーションの事ですか。昨日、怪我人がたくさん出たそうで管理局の職員さんにお渡ししたんです」
大きな冒険者クランが上位ダンジョンに挑戦し攻略したそうですが、怪我人多数で医療品が足らないと私の所に職員さんが駆けこんで来たんですよね。
管理局とはダンジョンと呼ばれる異空間を管理する国の機関。ダンジョンや魔物を攻略する人間を冒険者と呼び、彼らもまた管理局の区分となっています。
「朝食を食べたら素材の補充にダンジョンに行きましょうか」
管理局はダンジョンの素材販売もしていますが、この程度の素材でしたら自分で採取したほうが安上がりです。今は居候が二人もいますからね。
早朝のお客さんが多い時間帯も過ぎ、居候達も朝の訓練でかいた汗をシャワーで流してキッチンに顔を出します。
「おはようきつねー! 今日の朝ごはんも美味しそー」
魔導コンロで目玉焼きを焼いている私の背後から、ルシアが抱き着きながらフライパンの中を覗く。
「変な挨拶はやめてください。レンが真似するでしょう?」
「おはよう。朝食を任せてしまってごめんなさいね」
私は作った朝食をリューナと一緒にテーブルに並べていく。ルシアとメイの二人はまだかまだかと椅子にただ座って待っています。
「さて、お二方?」
朝食を並べ終えて、私もリューナも席に着きました。さあ、いただきますとご飯を食べ始めたルシアとリューナに私はお仕事のお願いをしなくてはいけません。
「ん? なんだ改まって」
私の対面に座る竜人の女の子――ルシアが朝食の手も止めずに返事をします。今日の気分はツインテールのようで青い髪を二つに結んでもらっている。
仲が良いようで、リューナも毎朝大変ですね。
「ルシア……行儀が悪いわ」
「ルシア行儀わるーい」
髪型でよく遊ぶルシアとは違って、絹のようなストレートの金髪のエルフ――リューナがルシアを叱っています。
隣で小言を言うリューナにうんざりするルシアにレンが茶化す。レンもルシアの事を言えませんよ?
「レンは余計な事を言わない」
「はーい」
「はい、いい子ですね。さて、今日はダンジョンに行こうと思います」
素直に言う事を聞く隣の席に座るレンの頭を撫でて、私は本題にはいる。
「いつもの予定は明日じゃなかったか?」
「そうなんですが、昨日に急な納品がありまして在庫がないんです」
私がダンジョンに行くときはルシアとリューナに声を掛けます。ルシアとリューナはBクラスの冒険者で、私とレンの護衛をお願いするのに十分な技量を持っています。
お店を始めた当時は二人がこちらに定住しておらず、一人で採取に行くのも難しかったので管理局からの販売に頼っていました。今は家賃と食費代わりに度々仕事をお願いしていて助かっています。
「そういえば管理局の職員が騒がしくしていたわね」
「冒険者が騒いでいただけじゃなかったのか」
「管理局の方も期待しているクランの冒険者が大勢負傷して血相変えて治療していたみたいですよ」
例のクランの質はそれなりですが、所属する冒険者が多く統制が難しいのでしょう。今起こっているダンジョンの異常発生で不在の上位冒険者の目を盗んで……だったのか。
別にマナーが悪いという訳ではありませんが、若さゆえの暴走では仕方ありませんね。
「採取に行くのはいつもの場所か?」
「はい。使ったのは外傷治療用のいくつか……、一番消費の多いポーションですね」
「りょーかい。じゃあ、夕食は外で食べない?」
「それもいいわね」
私達三人が話している間も、黙々と朝食を食べているレン。彼女は外食という言葉を聞いて耳と尻尾がピンと動く。顔は無表情ですが、外食が楽しみな事は耳と尻尾で分かります。
「どこにいくの?」
「『ミート&ミート』!」
「あそこはルシア以外にはボリュームが多すぎます」
ルシアが「えー」と不満を漏らしますが、私達に肉、肉、肉と清々しいまでの冒険者飯と言える食事処は無理です。
「『止まり木』の食堂はどうですか?」
「賛成!」
「レンはあそこの魚料理が好きね」
「むー」
リューナの意見は無難ですね。『止まり木』は冒険者向けの宿ですが、食堂は地元民からも人気のお店です。味に対してお値段がすごく良心的なんです。むしろ安いと言えるでしょう。あそこのビーフシチューは私も絶賛しますよ? ルシアもあのビーフシチューが好きですが、食べ応えが物足りないのが不満なんですかね。
「食べ足りなかったら屋台に寄りますか?」
「ナイスアイディアだよ。ララ!」
ルシアが「やったー」と声を上げて立ち上がります。それに合わせてルシアのお胸も大きく動きますが、腕にもお腹にも無駄なお肉は付いていませんよ?
「なんでそんなに食べるのに、そのスタイルを維持できるのかしら」
「リューナ……、ルシアは運動お化けなのと栄養が全部胸に行ってるからだよ」
私の言葉にリューナは自分の胸に目線を下げた。残念ながら、そこにお胸はありません。さらに「頭の栄養も胸に回ってるかもだけど」と聞いて複雑な目でルシアの胸に視線を向けるのでした。