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7.New emotion

***A


 俺は生まれた時から、こんな世界、壊れてしまえばいいと思ってきた。MBTなんてものが脳内に埋め込まれ、感情が制御された俺なんて生きている意味はないと、そう信じていた。感情思念センターの外へ出るたび、たとえ奴らの実験だと分かっていても52233272が膨れ上がっていったのだろう。

 

 浮き弾みのない会話に、滞った顔面の筋肉、視線の不自然な動き。そんなものが腐るほど外に溢れていたのだ。


 52233272という感情の成分、ベクトルが先天的かつ異常的に高められていることは承知の上だ。人工的に造られた人の形をしたモノ。人間に見えて人間ではないことなどもう知っている。


 センター内でのホログラムを用いた他人への傷害実験、悔恨実験、憎悪実験とありとあらゆるテストを行ってきた。そして俺は何の躊躇いも、気後れもせず全て実行してきた。相手が誰であろうと、傷つけてきた、俺はそういったモノなのだ、と信じていたからだ。


「ヤサシサだと……?同じエモーショーナーでも俺とは真逆だぞ」


「ああ。そうなんだよ、その通りなんだよ。キミは52233272、そして少女はヤサシサ。成分は近くも似てもいない、それどころか対を成すようなものだ」


 だが、俺はとある公園で少女を救った。たかが複数の男が群がっただけで、少女とは何の関係もないというのに救ってしまった。


「いやまて。そいつは元からいた、つまりいわゆるオリジナルなのか?それとも自然発生型なのか?」


 オリジナルというのは、俺のようなモデルだ。感情思念センターで生まれ、そして特定の感情のベクトルを高められている。自然発生型はその名の通りどこからともなく現れるモデル、MBTによって自然的にある感情が強まってしまっている。


「モデル……、モデルねえ。ヤサシサ君はどうやらオリジナルらしいんだよ、けどデータには載っていないんだ」


「オリジナルなのに載っていない?ならお前が見ているタブレットには節穴があると言っているようなもんじゃねえか」


「そんな言い方しないのーー。私だってこれイレギュラーみたいな展開だと思ってるんだからねぇ、ククッ」


「オリジナルだから昨晩はキミの隣の部屋から急遽回収したのだけれどねえ、これじゃあちょっと面倒だなぁ」


 昨晩、俺は自宅の場所を覚えていない少女を連れてビジネスホテルにて一夜を過ごさせた。そして、この白髪眼鏡に少女が連れ去られた、ことになっているのだ。


「何故、あいつの居場所が分かったんだ。今の今までオリジナルでありながら見つからなかったんだろう、どうして今になって」


 ドクターは眼鏡をやや傾けてこちらを見つめる。瞳の奥方からは驚きを隠し得ないような視線を放っていた。


「え、あいつって、あの少女のことかい?あの子ならキミのおかげで見つかったんだよ?キミのMBTの周囲探索で反応があって、ビビッとね」


「それはつまり逆探知ってことか?」


 「正解だネ」と俺の答えを嘲笑うような声。まさか俺が手を出してしまったためにこんな展開になってしまったというのか。理由もなしに、体の動くままに少女を救ったはずなのに、その行為が少女を落とし嵌めることになるとは。


「ははは………………」


「お、おどうしたのかネ?MBTに異常でもきたしたのか、それとも重度に故障でも引き起こしちゃった?」


 俺は腹の底が沸騰して堪らない。だが、普段のものとはそれは違う。煮えかえるような感じではなく、もっと、もっと踊るような沸騰。腹の中で子供が遊んで暴れ回っているようだ。


「そんなものっ、俺の脳内を覗けば分かるもんじゃねえかっ……ははハハハハッ‼‼」


「いてえ、いてえ!!こいつは52233272じゃねえ。なぁそうだよなあ、()()()()


 笑ってしまう、口から声が漏れてしまう、捻った蛇口から水があふれて止まらなくなるのと同じように、別の感情によって頭が埋められる。


「俺があいつを、あんな年端もいかねえ小さい子供を、何の理由もなしに助けた?」


 何故だろう、話す必要も無いことのはずの言葉が口から漏れ出てくる。雄弁、流暢、能弁、饒舌、なんだ、いったい言葉でどのように表現すればいいのだ。爆発、拡散して今にも誰かと共有したいという欲望が身から染み出てくるのは何というのだ。


「助けても、救ってもいねぇ……俺がやったのはまったくの真逆だった、なんだよ、それ!!はははッ」


「キミは今、どんな感情だい?」


 ドクターは珍しく落ち着いて聞いてきた。まるで俺を被験者のように見立て体験談を聞かせて欲しいと懇願しているようだ。


「だから、何度も言わせんなって。俺のMBTを確認すればいい話だろ?」


 ドクターはタブレット、あるいはそいつ自身のMBTから俺へのアクセスは可能。つまり俺が抱いている感情など、奴には筒抜けだ。頭蓋なんて外殻だけで、ないようなものなのだ。


「キミに拒否権はない。いいからキミの口から、キミが抱いている感情を答えたまえ」


 普段よりも強めに問い質してきた。分からない、俺にはこいつがどうしてそこまで真剣そうな目で見つめてくるのか理解できない。


「52233272とは違うってことしか分からねえんだ、教えてくれねえか?いったい俺の脳内はどんな感情のベクトルが高まっているんだ?」


「キミは自身の成分が意図的に高められている、そして意図的に高めない以上、別の感情のベクトルが同程度上昇するはずがないんだ」


 白髪眼鏡のドクターは凝視していたタブレットから視線を外す。ずれていた眼鏡の位置を人差し指で元に戻し、再び俺の方へ視線を戻した。


 ドクターの言い分、要するに俺は人工的にMBTにニクシミ成分を強めているはずなのだから、他の成分が52233272と同量の強さを生み出すには人工的に作り出すほかないということなのだろう。


 そしてそれが可能なのは、俺のようなエモーショナーだ。だが、俺は同類とは昨晩から現在にかけて遭遇していない、ただ一人を除いて。


「考えられ得るベクトル成分は……ヤサシサしかないはずなんだ」


「いいから早く答えろ、いちいちもったいぶんじゃねえ、隠す必要もねえだろ?」


 俺はドクターに先を促すと、一方的に閉ざしていた答えを口にした。


オモシロイ(1575329512)だ」



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