5話~サル顔との会合~
「オヤジぃ!!馬借りるぞ!!」
「また来やがったな大吉坊主。何匹目だと思ってんだ」
「信長だ。そっちこそ何回名前間違えるんだよ!!常連の名前くらい覚えろ!!」
「ハンッ!!こっちは承知の上で呼んでんだ。客でもねぇ奴にまともな接客なんか出来るか!!」
「俺だって承知の上で馬パクッてんだ!!5匹借りて、その内3匹はちゃんと返したじゃねぇか!!」
「それがおかしいんだよ!!なんで貸した馬が返って来ねぇ!?」
「どうしたんだい大きな声出して…あら織田の大吉ちゃん」
「すみれ!!馬貸してくれ!!」
「えぇいいわよ。気をつけていってらっしゃい」
「人の女房を名前で呼ぶな!!母ちゃんもなんで貸しちゃうのさ!!」
「あら、良いじゃないの。どうせ殿様にあげるなら一緒じゃない」
「あーもう…しゃーない…今回だけだか…ら…いねぇ」
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「よし、お前馬乗れるか?」
「いえ…なんせ百姓の出ですし」
この時代、武士の子は武士の教育を受け、出家を除いては親の業を継ぐのが当たり前で、百姓、商人も子は親の仕事を受け継ぐものであった。従って騎乗を許される上流武士以外は馬術など身に付けていない。
「なら2匹でいいか…おいワンコ、こいつ乗っけてやれ」
「犬千代です!」
「似たようなもんだろ…犬って呼ぶのはなんか変な感じがするんだよな…ワンコの方がしっくり来るし――」
「若ー?遅いですよー?」
百メートル程離れた所から犬千代が呼んでいた…サル顔の少年を馬場に残して…
「――ッ!!しゃーねぇ…乗りな!!」
「ぁ――」
ヒョイと少年を馬に乗せる信長。そして犬千代を追い、走り出す。
「「…。」」
蹄の音だけが辺りに漂う
「――信長…だ。」
沈黙を破り唐突に名乗る信長…。
「…。日吉と申します」
多少驚いたもののしっかりと名乗った日吉という名の少年。
「さっき百姓の出といったな…なぜ行商なぞ…」
この時代、世襲制がとられていて家業を継ぐのが原則であった。なので日吉は世間からズレた生き方をしている。
「この時勢じゃ百姓は生活が厳しいんです。金を溜めて、いつかは武士になりてぇんで…武士なら戦の犠牲者にならねぇ。父ちゃんも死なずにすんだんだ…」
思ったよりも深い事情で踏み込んで良かったのか考え込む信長…。
「報いよう。いずれな…」
ようやく絞り出したのは、かすれきった声だった。
「気になんてしてやいませんよ。ただ、生き残りたいだけです。」
気丈に笑う日吉を見て、心を締めつけられる思いだった…。