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ひと夜の夢のあと

『覚悟しなさい!』


 そのカイゼリオンはトーニャを無視するかのように部屋の中央に置かれた鎧兜へ手を伸ばす。


『ひとの口上ぐらい聞きなさいよ!』


 飛び出し、手首を掴み上げて怒鳴る。

 手首を捕まれたまま、カイゼリオンはプリンセッサを睨み付け、ぐい、と引きつけて頭突きをぶち当てる。


『ぃだっ!』


 痛みで思わず手を離してしまうトーニャ。その隙をついて鎧兜へ手を伸ばすカイゼリオン。しかし、


「トーニャちゃん! 鎧兜はこちらで確保している!」


 混乱から脱した警官たちが鎧兜を担いで部屋を抜けようと動いていた。

 それは同時に、部屋にほかの月光団員たちを呼び込む合図となり、開いた天井から次々と黒猫たちが飛び込んで警官たちを一気に取り囲む。


『はやく逃げてください!』


 慣れないプリンセッサでは生身の人相手に力加減ができない。だから、自分はカイゼリオンをここから引きはがす!


『だああっ!』


 頭突きで離れてしまった間合いを一歩で詰め、左拳を握り、カイゼリオンの顔面へ抜き放つ。大振りの一発だ。ガードか避けさせるためにわざとそうした。次の本命を確実に命中させるために。


『ちっ!』


 舌打ち。カイゼリオンも左拳を放ってきた。このままでは拳が正面衝突してしまうが、もう止められない。せめて打ち負けまいと腰に力を入れたのが間違いだった。

 真っ正面からぶつかったふたつの拳は、一瞬互角の力比べを演じたあと、すぐにプリンセッサをはじき飛ばし、たたらを踏ませた。


『こんのおおおっ!』


 くじけず突進。鎧兜はまだ部屋を出ていない。警官たちの援護に、と屋敷の近くで思いっきり地面を踏み抜き、屋敷を揺らす。


『いまのうちに早く!』


 予想外の大揺れにバランスを崩したのは警官たちも月光団員たちも同じ。どちらが先に動き出すかは賭けだが、やらないよりはいい。

 自分は弟を引きつけることに専念する。


『だあああっ!』


 屋敷の右脇をすり抜けるように走りながら拳を握り、カイゼリオンへすれ違いざまラリアートを食らわせる。手応えがおかしい、と思った次の瞬間には左腕が絡め取られ、ぎゅるり、とプリンセッサの巨体は半回転して背中から地面に叩き付けられていた。


『かはっ!』


 めちゃくちゃ痛い。でも我慢。起き上がって蛇の如く速度でカイゼリオンのバックを取ってバックドロップを打つ。


『だりゃあっ!』


 きれいな弧を描いて純白の巨体が背中から地面に叩き付けられる。ずずん、と地響きが轟き、悠然と立ち上がるプリンセッサの脇で、浮き上がっていたカイゼリオンの両脚と後ろ腰が糸が切れたように落ちる。


『署長さん!』

「ああ、鎧兜も無事だ! トーニャちゃんも……後ろだ!」


 署長の警告よりも早く動けたのは、相手が双子の弟だからだろう。伸び上がってくるカイゼリオンの右腕は精確にこちらの顎へ向かってくる。寸手のところで身を捩って回避。その反動も使って蹴りを、まだ体勢が完全では無いカイゼリオンの脇腹に放つ。


『しま……っ!』


 やられた。それら全てが囮だった。

 蹴りは足首から絡め取られ、屋敷の方向、ではなくカイゼリオンが現れた庭へと転ばされた。


『何度も!』


 ダウンだけは奪われまい、と上半身を捩って胸から着地。とっさに付いた右手が池の縁石を剥落させ、鯉たちを驚かせた。ごめん、と内心で謝って自由な左足でカイゼリオンを蹴って拘束を外し、匍匐前進。

 上。白い影がプリンセッサの艶やかな背中に落とされ、直後、トーニャはひどい悲鳴を上げた。


『なんで来た』


 通信。八年経って声変わりしていても、まだその面影が残るティロの声だ。


『あんたに一発ビンタ当てないと、寝付きが悪いの』

『あれだけやられて』

『あんなの、やられたうちに入らないわよ。あんたが勝手に家飛び出して、どんな辛い思いしたとか一切興味ないけど、あたしはちゃんと大人に揉まれながら働いてきたの。男が理屈で動かないのとおんなじでね、女は暴力じゃ絶対に動かないのよ!』

 啖呵を切ってみたが背中に馬乗りにされてはまるで迫力が出ない。


『じゃあ、本物の暴力を身に染みつかせてやる』


 本気だ。

 上等だ。


『だったらやってみなさいよ! 本気で妹殺しに来なさいよ!』


 これはただの姉弟喧嘩。そのつもりのはずだったのに。

 何発か殴られた後、どうにか背中のカイゼリオンをはじき飛ばし、その後武器も使わずに殴り合っていたら不覚にも楽しい、と思ってしまった。

 少し、反省しよう。


    *

 

 翌朝、トーニャは不気味なぐらいの笑顔で顔を洗っていた。


「ん~ふふ~ん、ふ~ふ~ん」


 珍しく鼻唄まで出ている。

 ぷはっと顔を上げてタオルを乱暴に手繰り寄せてごしごしと水気を拭き取る。

 青アザや口の中の傷が痛むけど、そんなこと、もうどうでもよくなるぐらい、気持ちが高揚している。

 こんな気持ちのいい朝はいつ以来だろう。たぶん、おばあがまだ元気で、ティロとも少しは話していたころだった頃まで戻ると思う。

 あの頃はよかった、とかは逃避なので言わない。


「さて、今日はちょっと豪華にしよっかな」


 昨日はとても良いことがあったから、今日は贅沢をしてもいい日。

 街へ出よう。いつもよりいい食材を買い込んで、いつもより丁寧に料理して、ミィシャを呼ぶときっと怒られるから、ヌェバでも呼ぼうかな、などと考えつつよそ行きの服に着替えて姿見のカバーを外してくるりと一回転。


「うん、かわいい」


 にへへ、とだらしなく笑う。


「いってきまーす」


 空は快晴、風も穏やか。絶好のお出かけ日和だ。

 軽やかに一輪バイクにまたがり、アーマー・ギアを差し込んで発進させる。


「うわっ」


 ヤバい。テンションが上がりすぎて危うく門柱に激突するところだった。

 ふう、と心を落ち着けてアクセルをゆっくりと開く。


「まずはー、お肉屋さんかなっ」


 潮風に乗ってトーニャは街の中心部、商業エリアへ向かう。

 けれど、忘れていた。

 自分が何を使って弟とケンカしていたのか。それがどういう結果を生むのかを。


「え……?」


 商業エリアは騒然としていた。


「おーいこっち頼む」


 普段なら建築現場などで活躍する、土木作業用のガウディウムがそこかしこで働いている。それらを指揮する、ヘルメットに作業着姿の筋肉質の男性たちが、作業音に負けない大声を張り上げている。

 街全体で道路工事を行っている。最初はそう思ったトーニャだが、それはすぐに間違いだと気付く。

 一番ガウディウムが集まっている場所は、昨夜月光団が現れ、自分とプリンセッサが破壊したベラートの屋敷がある。

 だって。


「あら、トーニャちゃん。どうしたの?」


 呆然とするトーニャに声をかけてきたのは、常連となっている肉屋の女主人だった。


「あ、えっと、圧倒、されちゃって」

「昨日ね、あそこの豪邸に月光団が出てね。警察がガウディウムやらなにやら持ち出すものだから、こんな有り様。月光団なんて放っとけばいいのに、そんなにいい格好したいのかしらねぇ」

「そ、そういう理由じゃ、ないと思います、けど」

「どしたの? 顔色悪いわよ? お腹でも痛いの?」

「だ、大丈夫、です。あの、あたしも手伝います」

「あらそう? 無理しちゃだめよ」

「はいっ」


 せっかくのよそ行きが汚れることも構わず、トーニャは腕まくりで瓦礫の中へ飛び込んでいった。

 プリンセッサの助けを借りなかったのは、昨夜彼女の姿を見た誰かから非難や罵倒を浴びさせたくなかったから。

 情けない。

 そんな風に思ってしまった自分が、なによりも恥ずかしい。


 署長に連絡をつけ、瓦礫撤去にガウディウムを出動してもらって、どうにか夕暮れ前に片付けは終わった。

 街の修繕費用は、フォーゼンレイム家が全面的に負担すると申し出たことや、人的被害が軽微だったこともあり、人々の不満は早々に消えていった。


「はー……。どうしよう……」


 幸か不幸か、街の人々には自分が被害を拡大させたのだとは気付かれていなかったが、それでも自己嫌悪には陥ってしまう。

 ひとまずの目的は達した。ならば、もう月光団からは手を引くべきだろう。

 身勝手だと思う。

 十六にもなって個人的な感情だけで大人の世界に踏み込んで踏み荒らして、挙げ句投げ出そうとしている。

 でも、自分が出ていったら確実にティロのことしか目に入らないだろうし、勝てもしないのにケンカを売るだろうし。そうなればまた街を壊してしまう。


「ひとさまに迷惑をかけるんじゃないよ」


 祖母の言葉が重くのし掛かる。


「やあ。迷っているね」


 音もなく、その魔族は姿を見せた。


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