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敗北、そして

「………………?」


 薬のにおいで目が覚めた。


「ああ、目が覚めたかい」


 右脇に署長が座り込んで心配そうにこちらをのぞき込んでいた。

 なんで自分は屋外で、しかもとなりに署長が座ってる状況で寝転がっているのだろう、と思った瞬間、すべてがつながった。


「ティロ!」


 ばっ、と起きた、つもりだった。

 わずかに頭を上げただけで激痛が全身を駆け巡り、すぐに頭を地面に戻してしまった。


「無理はしない方がいい。傷は……女の子にこういう言い方はどうかと思うが、軽い。出血は、私が持っていた治療器具で止めた。けど、限界を超えてアーマー・ギアを使った反動で体力はほとんど残っていないはずだよ」


 困ったような、たしなめるような笑顔を向けられて、トーニャは手をつきながらゆっくりと上体を起こす。


「ありがとう、ございます」


 礼を言いながら手を何度か握って開いて、どれだけ動くかを確認する。


「その、ティロは……白いガウディウムはどうなりました?」

「脇に女性を抱えてどこかへ去って行ったよ。少し前に追跡班から連絡があって見失ったそうだ。申し訳ない」

「謝らないでください。現場をめちゃくちゃにしたのに」

「それはいいさ。連中がガウディウムを持ち出すなんて初めてだからね。これからはこちらも用意が必要になるだろうけど」


 そうですか、と返して視線を外し、少し思案を巡らせる。

 その沈黙をどう受け取ったのか分からないが、署長は話題を変えた。


「いま、救急車を呼んだ。女の子がそんな顔のまま、夜中に出歩いちゃいけない。きみのおばあ様に申し訳がたたないよ」

「やめて、ください。祖母のことを持ち出すのは」

「すまない。でもきみたち双子のことは、私も気にかけていることを覚えておいてほしい」


 だったらなんで今までなにも、と口にしかけてやめた。

 他人に甘えてはいけない、と八年前に誓ったから。


「ごめんなさい。かすり傷です。病院には行けません」


 立ち上がって、軽く腕を回す。大丈夫。足がふらつくこともない。全身の傷が鬱陶しく感じる程度だ。一輪バイクがあるから帰宅にも苦労はないと思う。

 署長はやはり困ったような笑顔でうなずいてくれた。


「……そうかい。気を付けるんだよ」


 ぺこりと頭を下げるトーニャ。

 振り返ろうとして、何かを思いついたように口を開く。


「あの、月光団がまた現れたら、あたしにも連絡ください。捜査の邪魔はできるだけしませんから」


 やれやれ、と嘆息しつつ、署長は困ったように言う。


「わかったよ。連絡先は工房でいいんだね?」

「はい。ありがとうございます」


 そう言い残してトーニャは一輪バイクに乗り、潮風に痛む傷口を気合いで黙らせて自宅へ戻っていった。 

 途中すれ違った救急車には多少申し訳ない気持ちが沸いたけれど、引き返す気にはなれなかった。


「次は負けないから」


 目標が決まった。

 ティロの動きも、ちゃんと目では追えていた。足りないのはハンマーの出力。

 まだやれる。

 すぐに帰って改良しなくては。  

 果たして彼女は気付いていただろうか。

 月明かりに照らされる自身の顔が、救急車とすれ違ったあたりからずっとにやけていたことに。


    *


 にやつきながら帰宅すると、紅いロングヘアの女性が玄関の明かりに照らされながら腕組みし、トーニャを待ち構えていた。


「どしたの、ミィシャさん」

「署長さんから連絡もらって、様子見に来たの。ティロ坊とケンカしてボロ負けしたから慰めてやってくれって」


 むぅ、と唇を尖らせるトーニャ。


「ボロ負けとかしてないし。署長さん大げさなんだから」


 ふぅん、と意地悪く微笑んでミィシャは、すい、とトーニャの前に近づき、じろじろとトーニャを観察する。


「じゃあ、この青あざとか切り傷とかはなぁに? 服も泥だらけだし、あちこち擦り切れてるしさ。顔を狙う坊も坊だけど、やらせるあんたは修練が足りないってことじゃない」

「だ、だってあいつ、カイゼリオン使ってくるんだよ? 骨折しなかっただけでも誉めてよ」

「ガウディウムが出てきた時点で逃げなさいよ。ほんっと、後先考えないんだから」

「あ、あたしは悪く、ない、もんっ」

「ほんとにぃ? そういうこと言うヤツって大概何かしらの地雷踏んでるものよ?」

「それは、ないと、思う……よ?」

「ほぉら。やっぱりどこかで踏んだ自覚あるんじゃない。いい? オトコノコってね、ほんとはすんごい繊細なのよ? とくにティロ坊ぐらいの年齢(とし)の子はね。女の方がよっぽどガサツで図々しいんだから」

「なんでミィシャさんがそんなこと」

「ま、半分引きこもりのあんたよりは場数踏んでるから」


 言って胸を張るミィシャの瞳の奥に寂しさと後悔が滲んでいるのは何故だろう。そう思ったが、言ったところで決して話してはくれないと思い至り、トーニャは口をつぐんだ。


「じゃあ、どうすればよかったの」

「あんたはお姉さんなんでしょ? 双子だから自称だとしてもさ。家族のことは、家族がどうにかしなきゃいけないってこと」

「あれだけ言ったくせに、なによそれ」

「おとなはずるいのよ」


 ふふん、といたずらっぽく微笑まれて、トーニャは唇を尖らせる他なかった。


「とにかく、お風呂入っておいで。さっき合い鍵使って沸かしておいたから、まだ追い焚きしなくていいはずよ」

「う、うん。ありがと」


 お風呂で汗と土ぼこりを落とし、ミィシャに傷の手当てをしてもらって、ふたりはリビングでミィシャが淹れたお茶を楽しんでいた。


「うん。やっぱりトーニャが悪いわね」

「なんで!」


 思わず立ち上がったトーニャを、ミィシャは苦笑しながら座らせる。


「オトコノコが一度こうだ、って決めたことになにも知らない女が横から口出しすれば、傷だらけになるのは当然ってこと」


 目を見てクリアな口調で言われて、トーニャの憤りの炎が少し揺らいだ。


「それが、悪いことでも?」

「あんたさ、おばあと一緒に暮らした、自分の弟のことも信じられないの?」

「そんなこと、ない、けど……さ。じゃあミィシャさんはどっちの味方なの?」


 ず、と一口飲んで少し意地悪くミィシャは言う。


「あたしはあたしの味方よ。ま、あんたの家のひとで味方したいのは、おばあかな」

「なにそれ。やっぱりずるい」

「あんただって色々見てきたでしょ」


 そうだけど、と口の中でつぶやいて、それでもなにか反撃したくて、唇を尖らせながら小さく言う。


「いじわる」


 ミィシャは、ふふ、と笑うだけにとどめる。


「あんたにできることは黙って見てることだけよ」ずず、と一気に飲み干し、「じゃあね。わたし帰るわ」

「え、もう?」

「そうよ。様子見に来ただけだし、おとなは忙しいの。子猫ちゃんたちの面倒みないといけないし」

「ご、ごめん」

「もう、冗談よ」

「うん。でも子猫ちゃん? ミィシャさんってにゃんこ飼ってたっけ?」

「ううん。でかい犬はいるけど、なによ急に」

「え、だってさっき子猫ちゃんって」

「言った?」

「うん」


 ふむ、と首を捻って考え込むが、結局頭を横に振って中断した。


「ま、考えても思い出せないからいいや。でもどっちにしても、あんたはティロ坊の邪魔をしないこと。ガウディウム出してくる坊にケンカ売るなって話。いいわね? おねーさん怒るからね?」


 強く言ってすぐにいたずらっぽく笑って、ミィシャは足早に出ていった。

 ひとり残されたトーニャもカップの中身を飲み干し、リビングから工房へと向かった。

 どちらにしても、ハンマーの修理はしておきたかったから。


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