決着
『ドリルジェット・ハンマーっ!』
振り遅れていたはずの一撃は、ハンマーのもう片方の打面から猛烈に吹き出した白い気体に後押しされ、徐々に進む。同時にゆっくりと回転も再開。ばきん、と小気味よい音を立てたのは、赤黒いドリルだった。
『わああああああああああああっ!』
気がつけばティロも叫んでいた。
魔素は人の思いを受けて膨大な力を生み出す。
そんなのは当たり前のことで、当たり前のことだからすっかり忘れていた。
こんな風に大声を出すことも。
『いっっっっけえええええええええええええっ!』
一度でも亀裂が入ってしまえばこっちのものだ。
激しく回転を始めたドリルは赤黒いドリルを粉砕し、その支柱を真っ直ぐに貫いていく。
粉砕された赤黒い霧は、陽光をきらきらと反射しながら風に巻かれて飛び去り、巨大な塊へ戻ることはしなかった。
『だあああああっ!』
ハンマーを振り抜き、霧のドリルの根元を見る。破断面は割れたグラスのように歪な刃を並べ、太い根元はゆらゆらと揺れている。
また来るか、と身構える。
「あああもうじれったいわね」
肩で息をしながらトーニャは唇を噛む。
「だから少しはがまんを」
「うるさい。行くよ!」
我慢しきれず、トーニャはプリンセッサを走らせる。ティロも正確には数えてはいなかったが、三秒もじっとしていなかったはずだ。なにをそんなに焦ってるんだ。
『シャベル!』
走りながらトーニャはハンマーを巨大なシャベルに変え、赤黒い霧と地面の隙間に投げつける。何をするつもりか、と問い質すより早くトーニャは山積みのガウディウムの残骸へと走らせ、山から適当な残骸を掴んで引っ張り出す。
『ミィシャさん、ボスをお願いします!』
ついでにボスを下ろしてミィシャを呼んで保護してもらう。ボスが小脇に抱えられながらプリンセッサから離れるのを視界の隅に掠めさせながらトーニャは掴んだ残骸をシャベルの柄の下へ投げつけ滑り込ませ、叫ぶ。
『伸びろおおおおおおっ!』
トーニャが絶叫するとシャベルの柄がぐんぐん伸びていく。その間にも霧の塊はムチやドリルで攻撃を繰り返すが、プリンセッサにはかすり傷ひとつ負わせることは出来ないでいた。
『たあっ!』
猛攻を掻い潜り、一瞬の隙間を見つけてプリンセッサがジャンプする。着地点は、シャベルの柄の先端。柄が伸びるのに合わせてシャベルのブレード部分も巨大化。霧の塊の下半分以上をその上に乗せていた。
『でええええいっ!』
全体重をかけて柄に着地。当然、霧の塊は浮き上がり、堪える猶予も与えずに天高く舞い上がっていく。
『ハンマー!』
着地し、柄を蹴り上げてキャッチするとシャベルはハンマーに姿を変えていた。それを視認もせず、トーニャはプリンセッサを深く深くしゃがませる。
『せ、え、のおおおおおおおっ!』
気合いを込めてジャンプ。プリンセッサから放出される大量の白い気体は、発射される宇宙ロケットを連想させ、プリンセッサもロケットさながらに力強く飛翔する。
吹き飛ばされながらも霧の塊はムチでドリルで反撃を試みる。しかし、軽やかに鮮やかに回避するトーニャたちに為す術なく間合いに入られてしまう。
いくよ、と小さく呟いて、ぎりっ、と束を強く握りしめ、
『ふんぬぅっ!』
まず、下からぶっ叩く。硬質なゼリー、という手応えは代わっていない。そして、ずしり、と重さを感じた。
霧の塊は衝撃を波紋に変えて吸収。表皮には傷ひとつ付いていない。
『スピア!』
瞬間、ハンマーが円錐形の槍へと姿を変える。そして、
『だああああっ!』
ぶっ刺す。命中。先っぽが入ればあとはこっちのもの。
『ドリル!』
先端が順回転、四分の一ほど進んで逆回転、また四分の一が順回転、最後の四分の一が逆回転を始める。
『ジェット・スピア!』
円錐の底面から膨大な量の白い気体が吹き出す。槍の回転も目に止まらないほどにまで加速され、地表から見れば霧の塊が吸い込んだように感じるほど一瞬でプリンセッサは塊の深部へ突き進んでいく。
『せええっ!』
霧の塊のほぼ中心部まで到達したところでトーニャは機体だけを一旦停止する。さすがに中までは攻撃してこないと油断した直後、プリンセッサの全身が、みし、と音を立てる。
圧し潰す気だ、とティロがした警告をトーニャはどこまで聞いていただろうか。
『ドリル、最大回転!』
完全には停止させていなかったドリルスピアの回転を一気に高め、周辺の霧を削る。塊の内部であっても、削られた霧は細かな光の粒となって消滅していく。ぎりりと全身を押さえ付けられているプリンセッサの右手周辺の圧力が減少し、その隙を逃さずトーニャはスピアを振り回す。
闇の塊はがりがりと削られ、右腕が十分に動かせるまでスペースを確保する。スピアの先端を自身の正面に突き刺し、叫ぶ。
『広がれぇっ!』
ばんっ、と傘を広げたようにスピアは広がり、掘削を続ける。正面にも十分なスペースが確保されると拘束されていた手足を抜き、束を両手で握りしめ、両脚で踏ん張る。
『うううぉりゃああああああああっ!』
うなり声のような咆哮と共にプリンセッサは、砲丸投げの選手のように縦回転を始める。
最初はゆっくりと、霧が削られるのと比例して回転速度が上がっていく。隣のティロのことなどもう、一切意識の欠片にも残っていない。
『わあああああああああああっ!』
ごりごりと低音だった霧の削れる音が、回転速度が上がるにつれ音域も上昇。いまは耳を押さえてしまうほどの高音に。
しかし、ここで霧の塊にある変化が起こる。中心が空洞になった影響なのか、外殻部が収縮し始める。よし、とプリンセッサの回転を止めてトーニャは口角を上げ、上空を見上げる。
『行くよ! ティロ!』
高速回転を続けるドリルスピアを高く掲げ、ジャンプ。ドリルはこれまで以上に容易く霧を粉砕し、プリンセッサの上昇を助ける。
『だああっ!』
十秒とかからず脱出したプリンセッサは、くるりと振り返って霧の塊の様子を見る。
きっと超新星爆発はこんな風に起こるんだろうな、とトーニャは思う。
ぷるぷると震えていた外殻部が何かの拍子で一気に中心部へ殺到し、サイズはトーニャが両手で抱えられるほどにまで圧縮される。色はプリンセッサの肌よりも数段深い闇色。
圧し固められた外殻部は、先ほどまで保持していた柔軟さの一切を無くし、亀裂さえ見える。
ふうう、とトーニャは一度深呼吸。
これで、終わりだ。
たぶんまた似たようなことは起こるのだろう。
この世界にアーマー・ギアがある限りは。
でも、いまあれを放っておくことは出来ない。
ぎゅっと束を握りしめ、漆黒の球体を見つめる。
「行くよ、ティロ」
ぐるぐる回転させられてまだ目が回っているティロは頷くことしか出来なかった。
加速。
地表の景色が吹っ飛ぶように迫ってくる。球体はもう反撃することもできないのか、重力に引かれて落下を始めた。
『これ以上ひとさまに!』
さらに加速。間合いに入る。
『ハンマー!』
一瞬でスピアはハンマーに変形。両手で束を握りしめ、
『迷惑かけるんじゃ!』
大きく振りかぶり、
『無いっ!』
振り下ろす!
ごぉん! と重低音が公園をカルボン・シティを駆け巡り、一瞬の静寂の後、球体全体に亀裂が走る。
そして、さらに一瞬の後、粉砕された。
砕け散った黒い球体のかけらは夕日を反射しながら風にまかれ、あるいはそのまま地表へ、と散っていく。もう、悪意の塊はどこにも存在しなくなった。
『うしっ!』
ぐっ、とガッツポーズを取り、トーニャはプリンセッサを地上に降ろす。
地面に足がついた瞬間、プリンセッサはまばゆい闇に包まれ、それが弾けるとカイゼリオンとプリンセッサの二体へと戻った。
「良かった。あのままじゃあんたも大変だったでしょ」
そうでもない、と返してくれた。ずいぶん無茶させたと思う。明日は徹底的に修理と整備をしてやろうと誓った。
次回最終回です。




