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双后恋魔 プリンセッサ  作者: 月川 ふ黒ウ


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星光后

「あ、道が開けたみたいですね」


 頷いて一歩踏み出す。

 下ろした先にはなにも無かった。

 赤黒い霧に呑み込まれる直前まで居た公園は遙か眼下。いつの間にこんな高さまで上昇していたのか、などと考察する余裕などトーニャにあるはずもなく。


「う、うそおおおおっ!」


 反射的にティロの腕を掴んでしまう。


「おいこら手を掴むな! 離せ! こっちまで巻き込むな!」

「やだ! あんただってどうせ落ちるんだから、一緒に落ちるの!」

「意味が分からない!」


 悲鳴をあげながら落下する姉弟を見ながら、ボスもえいっ、と飛び降りる。


「なんでお前まで落ちてくるんだ!」

「だ、だって」

「まあまあ。うん。たぶんなんとかできるよ」


 怒る弟を宥めながら、トーニャは自身のアーマー・ギアを愛おしそうに見つめる。


「来て! プリンセッサ!」


 彼女とも、少しは仲良くなれたと思う。向こうがどう思っていようと、いままで苦手だった彼女へ、今回の騒動で一歩、歩み寄れた。

 こんな場所まで来てくれるかな、と過ぎった不安はすぐに濃緑色の光に振り払われた。

 濃緑色の光は真っ直ぐトーニャを包み、プリンセッサの中へ招き入れる。


『ありがと』


 しかしそれでも落下速度は変わらない。

 落下しながらくるりと仰向けに反転し、ティロに檄を飛ばす。


『ほらあんたも呼ぶ!』

「呼んだって変わらないだろ!」

『変わらないかどうかはやってみてから決めなさい!』


 それは、祖母にも言われたことのない言葉だった。


「……んだよ、ったく! カイゼリオン!」


 呼び終えるの同時にティロの全身を琥珀色の光が包み、純白のカイゼリオンへと吸い込まれていった。


『ほら呼んだぞ!』


 ん、と返事をしたトーニャの視線がカイゼリオンの背中に行く。なんでだろう、と注視すると、そこにはちょこんと座るボスの姿があった。かわいい。

 いけない、とわざとらしく咳払いをしてからプリンセッサをくるりとうつ伏せにさせ、カイゼリオンに手を差し伸べる。


『下、見えるよね。あの霧の塊はまだある。ご飯のまえにあたしたちで、払うよ』


 ルーマを引き取れば勝手に崩壊するかと思っていたが、見たところそんな様子は見られない。ならば、やはり自分たちがあの塊をなんとかするしかないのだ。

 地表までずいぶん近付いた。ただの緑色をした面にしか見えなかった公園の木々が、枝振りが見えるほどに。

 赤黒い霧の塊は、取り込まれてからどれほどの時間が経過しているのかは分からないが、二回りほど巨大化しているように見える。


『あ、ミィシャさんだ。おーーーーーい』


 霧の周囲で警戒を続けるミィシャを見つけ、ぶんぶん手を振ってみると、向こうもこちらに気づき、手を振り返してくれた。

 良かった。みんな無事だ。


『ほら、もう急いで。あんたのギアもまだ輝いてるんでしょ? だったら、たぶん、出来ると思う』


 静かに、だた強く言ってトーニャはプリンセッサの右手を差し出す。

 こいつがなにをしようとしているのか、ギアが痛いぐらいに輝いている今の状態でプリンセッサと手を繋げばどうなるか、理論派のティロでもだいたいの察しが付く。


『あああもう好きにしろ!』


 観念した。

 いつもそうだ。

 こいつの方が正しいことをする。

 だから八年前の自分は家を出たのだ。

 間違っていることをするのは自分の役目だから。


『ありがと。今日はご飯いくらでもおかわりしていいからね』

『うるさいさっさとしろ』


 はいはい、と苦笑してプリンセッサは優しくカイゼリオンの両手を取る。

 刹那、二体は闇色にまばゆく輝く。


『本当に大丈夫なんだろうなこれ!』

『さあ? なんとかなるでしょ』

『お前ほんと、いい加減にしろよ!』


 そんな絶叫も闇と光に呑み込まれ、そして弾ける。


『闇より出でて光となる! 星光后(せいこうごう)クイーン・プリンセッサ!』


 闇色の光が弾けたそこにあったのは、右手に薙刀を握り、純白の甲冑を纏った漆黒の猛禽。

 プリンセッサとカイゼリオンは一体の大型ガウディウムとして生まれ変わった。

 やっぱりな、とティロはぼやきつつ左隣の姉を見やる。なんで楽しそうなんだ。

 トーニャは弟の視線に気付いた様子もなく、外のボスへ話しかける。


『ボスは、肩にでも掴まっててね』


 はい、の返事と彼女が左肩に掴まるのを待ってトーニャは頭部を下に。


「おいばか待て」

『わあああああああああっ!』


 弟の制止など、いやそもそも隣に弟が居て肩にはボスが生身でしがみついていることも含めて、トーニャは意に介していない。

 と思ったことさえ軽率だったとティロは反省した。

 ボスがしがみつく左肩のすぐ前に、プリンセッサの手の平をかざして彼女へ余計な負担がかからないように配慮していた。


「なによ。あたしが動かすんだからね。代わって、って言ってもだめなんだから」


 べー、と舌を出す。

 ちっとも可愛くない。


「ほら舌噛むわよ!」


 そう忠告した直後にはもう、「隣に弟がいる」という情報は砂粒よりも小さく圧縮されてしまった。左肩への意識はまだそれよりも大きいが、地表に降りたあとどうなるかは本人にも分からない。

 地表はもうすぐだ。霧の塊は五つ腕よりも数倍巨大になっているが、それだけ。ムチを伸ばして攻撃したりも、発生した場所から移動もしていない。

 むふん、と鼻息を鳴らして叫ぶ。


「ブレード!」


 プリンセッサがこの姿になっても形成できるかどうかの疑問は一切無かった。

 できると信じ切っていた。

 そして自分のイメージ通りの薙刀の束がプリンセッサの右手に現れ、トーニャは強く握りしめる。ふわりと着地。ビルの窓に映った姿は、普段よりも二回りほど大きく、自分たちの視線もそれに合わせて高くなっているが、不思議と違和感は感じなかった。


『だあああああっ!』


 すぐさま赤黒い霧に飛びかかり、切りつける。しかし、刃が通らない。分厚いゼリーを連想させる、硬度と弾力性を持つ幕に阻まれ、トーニャは一旦間合いを取り、舌なめずりする。


「刃物はだめ、か……」


 すぐ隣に居ながら存在を忘れられているティロは、いきなり攻撃したことなど色々言いたくなったが、言ったところでこいつが聞くはずもないと諦め、姉の行動を少しだけ信じて妹のフォローに務めようと決めた。


「来るぞ。上と左右」


 いまの攻撃で霧の塊はその一部をロープのように伸ばし、鋭利な刃の付いたムチへと変えてプリンセッサへ殺到させる。


「くっ!」


 舌打ちしつつバックダッシュ。巨体を忘れさせる一瞬の挙動に赤黒いムチたちは衝突。そのまま一本の太いドリルへと姿を変え、空気を掘削しながらプリンセッサの胴へ迫る。


『ハンマー!』


 薙刀をハンマーへと変え、美しいフォームでドリルを迎え打つ。スイングに入った瞬間、ティロが苦い顔で言う。


「だめ、振り遅れてる」

『知ってる! ドリルハンマー!』


 今まさに命中しようというハンマーの打面が突如盛り上がり、円錐を形作る。直後、先端が五つの菱形に割れ、円錐部分にも螺旋状の筋が刻まれていく。筋が円錐部分の終点まで刻まれると円錐は高速で回転を始め、赤黒いドリルと真っ正面から激突する。

 ぐぎぎぎぎ、と逆の回転でぶつかったふたつのドリルは、異音を立てて回転を止める。このままではハンマーが壊れる、とティロが警告しようとした瞬間、トーニャは大音声で絶叫する。


『ドリルジェット・ハンマーっ!』


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