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別れと再会

『きゃうっ!』


 右側面を信じられないほどの強さで叩き付けられ、プリンセッサは彼方へ吹っ飛ばされていく。


『トーニャ!』


 反射的にルーマを庇っていたミィシャはプリンセッサの行方を視線で追いつつ、しかし視界の隅で五つ腕を捉え、警戒を強める。


 ─いまのは、偶然じゃない


 戦慄を覚える。そうでなければワイヤーが束で一点を狙うものか。

 プリンセッサがどうにか着地し、こちらへ猛ダッシュで戻ってくる。


『なにこれ!』


 その行く手を阻むように、ワイヤーがプリンセッサの進路上に壁を作ってしまう。

 あのワイヤーはもう五つ腕の制御下にあると見て間違いない。

 ワイヤーの拘束を外した五つ腕がミィシャたちを睥睨する。

 狙いはおそらくルーマ。でもなんで、とミィシャが考えを巡らせた瞬間、五つ腕のひとつがミィシャごとルーマを掴み、その顔の前まで引き寄せた。


『こんのおおっ!』


 強化鎧の力を持ってしても五つ腕の握力を振り解くことは出来ず、ふたりはただもがくことしか出来ない。


『ちょっと! なにが目的よ! ルーマになにかしようって言うなら、許さないからね!』


 もがきながら五つ腕に啖呵を切るミィシャ。ルーマ本人は諦めたように顔をうつむかせ、五つ腕を見ようともしない。


『離しなさいよ!』


 まるでその言葉を待っていたかのように、五つ腕は指を開いてミィシャだけを抜き取り、ぽい、と軽く投げ捨てた。


『ちょっと、こらぁああっ! あたしはいらない子かあああっ!』


 投げ飛ばされながらも悪態だけは止めなかった。

 強化鎧のお陰で無事に着地したミィシャは、すぐさま五つ腕へ走り出す。それを見て他の警官たちも五つ腕に殺到するも、傷口から赤黒い霧を滲み出している尻尾になぎ払われ、近づくことは叶わなかった。

 地上の騒乱をよそに、ルーマは五つ腕の手の平に立たされ、無言のまま五つ腕の顔を見つめている。


「……」


 五つ腕はそのままゆっくりと手の平を顔に寄せ、口を開いた。


『ルーマあああっ!』

『はやく降りなさい! ルーマ!』


 トーニャもミィシャも力の限り叫ぶ。

 たとえ出会って一時間も経っていない相手であろうと、たとえ相性が最悪であっても、目の前で命が奪われるのをただ見ていられるほど、ふたりは薄情では無い。

 五つ腕は開けた口から赤黒い霧をゆっくりと吐き出し、ルーマに纏わりつかせる。その間もルーマは抵抗せず、表情も変化はない。ルーマを包み終えた赤黒い霧は彼女の存在を感じさせない動きで口に吸い込まれていく。

 完全に吸い込まれる瞬間、トーニャは確かにルーマの声を聞いた。


 たすけて、ティロ、と。


 か細く、消え入りそうな声で。

 その思いは届けなければいけないと思った。

 だからあらん限りの喉を使って叫んだ。


『聞こえたら出てきなさいよ! ティロのばかぁっ!』


 絶叫はむなしくビル群に木霊する。

 商業エリア全体に静寂が訪れ、五つ腕も動きを止めた。動く壁となっていたワイヤーも力を失ってくたりと地面に落ちる。

 もう遅いけれど。トーニャは五つ腕に、ルーマの元へ走り出していた。


『待ってなさい! いま引きずり出すから!』


 お高くとまっているルーマははっきり言って嫌いだ。

 母を呑み込んだ魔族となにか繋がりがあるのだとも思っていたから、いずれ問い詰めてやろうとも思っていた。


 なのに、この頬を伝う雫はなんだ。

 なんであたしはルーマを助けようと、懸命に手を伸ばしているんだ。


 分からない。

 けど、やらなくちゃいけないことだ。

 

『なんでそんな簡単に諦められるの! ルーマ!』


 どれだけ叫んでも、もう届かない。

 だってルーマは魔族で、悪意や敵意を浴びれば傷つく。

 そんな彼女が、人族の自分でさえどうにかなってしまいそうな空間に吸い込まれたのだ。

 

『返事しなさい! ルーマぁっ!』


 ぐにゃぐにゃに歪んだ視界の中で、五つ腕の膨張は限界を迎えていた。

 そしてついに、五つ腕が破裂した。


    *


『待ってなさいルーマ』


 五つ腕が破裂したあとに現れたのは、ただただ巨大な赤黒い悪意の塊。

 もし本当に、悪の美学というものがあるのだとしたら、それを体現したかのような美しさを感じた。きっと、ルーマが中に居るからだろう。あいつ、見た目だけは綺麗だったから。


『いま、引っ張り出すからね』


 目元をぐい、と袖で拭ってトーニャは歩き出す。


『待った』


 霧の塊とプリンセッサの間に、ふわりと純白の巨体が降り立った。


『遅い』

『悪い』


 たった二言。

 それだけで純白と漆黒の巨人は並び立ち、赤黒い霧の塊へ意識を向ける。

 外殻を破裂させてなお膨らみ続ける赤黒い霧は時折、手の平ほどの球体を分離させ、手近な残骸に降らせる。霧の球体が命中した残骸は、最初に五つ腕が生まれた時のように脈動し、さほど時間もかからないうちに小型のガウディウムへと変貌した。

 小型ガウディウムはいずれも四肢を持つ人型で、歪さは感じない。が、近くにいる強化鎧を纏った警官たちへ何の躊躇も見せずに襲いかかり、交戦状態に入った。

 小型、と言っても強化鎧を装着した大人達の倍近くある。しかし警官たちは一体に対して複数でかかり、体格差を埋める工夫をしながら渡り合っている。

 それに、ミィシャが檄を飛ばし、指揮を執っている。一般人である彼女が指揮をしていることについては、署長からの通信でミィシャに代行指揮を任せるので従え、という命令が下されているのでスムーズに連携している。

 ならば、こちらが足下を気にしながら対処するよりも、彼らだけに任せておこう。


『ごめんミィシャさん! お願い!』

『ん。背中は任せておいて』


 こんなにも心強いことがあるだろうか。

 心に燃える勇気の炎がさらに燃え上がる。


『あれの対処方法、分かる?』

『そのために来た。それより』


 そこで言いよどむものだから、思わずカイゼリオンに向き直る。


『あ、ありがとう』


 思いがけない弟からの言葉に、トーニャは首を傾げる。


『あいつのこと、気遣ってくれて』

『気遣ってなんかないわよ。目の前で死なれたら寝覚めが悪いってだけ』


 半分は本音、半分は照れ隠しだと、ティロも感じ取っている。深く追求せずに話し始めた。


『あの霧は、この街全部の闇や悪の感情まで吸収し始めている。核だったルーマが居なくなったせいで歯止めが効かなくなってる。ルーマを取り込んだのは制御をさせるため。だからあいつは抵抗しなかった」


 妙にすらすらと言ってのけるものだから、却っていぶかしんでしまう、


『なんでそんなこと分かるのよ』

『ルーマのオリジナル、おまえがボスって呼ぶ魔族が教えてくれた』


 ふううううん、と挑発的に頷いて、


『で、ボスはどこに居るの? さっき見えた時はベッドに寝てたみたいだけど』


 やっぱりおまえだったのか、と小さくうめき、ティロははカイゼリオンの右手をプリンセッサの前に差し出す。


『ここだ。ルーマを引きずり出すためのきっかけになればと思って連れてきた』


 手の平の中央にぺたん、と座るのは確かにボスだ。けれど、こうやって催眠がかかっていない状態で顔をまじまじと見ていると不思議な感覚に陥る。

 ボスの風貌は、自分たちよりも年下にも見えるし、ある瞬間にはミィシャよりも年上にも感じられる。

 彼女たち魔族の外見年齢は、人族で言う精神年齢がそのまま現れるとヌェバが話してくれたことがある。ならばボスはその間を揺れ動いているのだろうと結論づけ、次いで生まれた悪態を思わずこぼしてしまう。


『あのさ、自分が惚れた相手を危ないところに連れ出すなんて、男がやること?』

『ち、違う! 俺はこいつは、こいつが……』


 そこで言い淀んだ理由をトーニャは邪推するが、先ほどの礼として追求はしなかった。


『煮えきらないわね。まあいいわ。ボスが磁石みたいになってルーマを引っ張り出してくれるってことでいいのね?』

『うん。俺があいつの注意を引くからトーニャはボスをあれに近づけて』

『あんたが連れてきたんだし、あんたの彼女なんだから、あんたがやれば? 囮はあたしがやるから』

『おまえが囮なのは、不安だ。色々』


 一応心配してくれてるんだ、と思うが、危険なのはどっちの役割でも同じだよね、と納得して弟の作戦を呑むことにした。


『おっけー。じゃあボス。こっちに来て』


 言って手の平をカイゼリオンにくっつけ、ボスが渡ってくるのを待つ。彼女が渡り切ってプリンセッサの中指に手を添えるのと同時に、ティロはカイゼリオンと共に赤黒い霧へと走り出した。


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