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双后恋魔 プリンセッサ  作者: 月川 ふ黒ウ


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おにぎりとお味噌汁

「ガウディウムの修理はあたしがやります! おとなしくさせたら教えてください!」


 そう宣言して数時間。

 朝食もろくに採っていない身にはそろそろ限界に差し掛かろうという頃合いになってようやく、暴れていたガウディウムの沈静化は終わった。


「はー……、お腹空いた……」


 ばたっ、と仰向けに農道に寝転がって空を見つめる。

 修理を行っている間、ずっと幻を見ていた。

 あの研究施設のように魔素が満ち満ちているわけでもないのに。

 原因は、悪意に染まったアーマー・ギアだ。

 アーマー・ギアに触れる度に断片的な、自分の母とおぼしき女性と、母を丸呑みした魔族の仲睦まじい様子が目の前に現れていた。


「だったらなんで、あんなこと……」


 意味が分からない。


「はーい、お疲れ様ー。おにぎりできましたよー」


 ぐるぐる考えているところに、野良着姿のおばちゃんたちが大皿におにぎりを山盛りにして持ってきた。


「お味噌汁もありますからねー」


 ふわりと漂ってきたお味噌の香りに、がばっと起き上がっておばちゃんたちの群れに飛び込んでいった。

 列に並んでいると、脇から署長が不安そうな顔でトーニャをじっと見つめていた。


「もう、食べたいならちゃんと並んでください。あたしもそんなに食べたりしませんから」

「や、そうじゃない。他のエリアではまだガウディウムが暴れている。……本当にすまないんだが、」

「分かってます。でもその前にご飯食べさせてください。あたし、朝からなにも食べてないんですよ?」


 にこやかに、だが有無を言わさない迫力に、署長はたじろぐ。


「あらあらお嬢ちゃん、お腹空いてるの? だったらたっぷり食べて食べて」

「あ、ありがとうございます」


 軽やかに会釈して遠慮無くおにぎりを頬張る。ほどよい塩気と口の中でほろりと崩れる握り加減。米の堅さもトーニャ好みとくれば自然と目尻も下がる。


「あらあら。気に入ってくれたみたいね。じゃあおばさんもっと作ってくるから、ちょっと待っててね」


 普段なら、ごちそうになります、と飛びつくトーニャだが、いまは事態が事態だ。名残惜しく思いながら口の中のものを飲み込み、


「あの、お気持ちは嬉しいんですけど、あたしまだ仕事があるので、この一個だけで」

 いまにも走り出しそうだったおばさんは足を止め、少し残念そうに言う。


「あらあら。じゃあ、お味噌汁は飲んでいってくれる?」

「はい。もちろんです」


 よかった、とおばさんは微笑み、味噌汁を給仕している別のおばさんの元へ小走りに向かった。

 お母さん、ってあんな感じなのかな。

 祖母は育ててくれたけれど、決して甘やかすことはしなかった。箸の上げ下げも、歩く姿勢も、武術の基礎も。何もかもを厳しく。

 でもその奥に深い愛情があったことをトーニャは気付いている。だから受けた教えを守ろうとする。仮にいまこの場に祖母が居たとしても緊張はするし、絶対に頭は上がらないけれど。


 記憶にも、作業場に写真も無い、魔素が見せた幻でしか顔を見たことのない母。


 そんな相手の姿を、いまさらのように見せつけられて、トーニャはどうしていいか分からないでいる。

 分からないが、自分の知らない祖母の姿が見られること自体は嬉しくも思う。目線が合う度になにか叱られるのでは、と緊張が走るけれど。

 そんなことを考えていたら、すっ、と目の前に湯気香るお椀が差し出された。


「はい、おまたせ。熱いから気をつけてね」


 上に乗せてある箸を手にしてすいません、とずず、とひと口。温度も油揚げの太さも味噌の風合いもほどよい、今日が冬で無いことが悔やまれる一杯だ。

 そして、無償に、


「あらあら、熱かったかしら?」

「いえ、そうじゃ、なくて」


 涙が溢れて止まらなかった。


「辛いことがあった日はね、ちゃんと泣いた方がいいわよ」


 そっと頭を撫でながら、おばさんは優しく言ってくれた。

 泣いてすっきりして美味しいご飯も食べて元気が出てきた。


「ごちそうさまでした。手を付けてない分は、警察のひとが全部食べてくれると思うので、安心してください」


 ちら、と署長を見やると、こくこくと何度も頷いていた。


「あらあら。もう行っちゃうの?」

「はい。本当に美味しかったです」

「そう? じゃあいつでも遊びにいらっしゃい。おにぎりでよかったらいくらでもごちそうするから」

「はいっ」


 ぺこりとお辞儀をして空のお椀を返して、


「ああん、ちょっと待ってー」


 別のおばさんが小さな布包みを持って駆け寄ってきた。


「まだ足りないでしょ? 何個か包んだから、行く途中にでも食べて」


 押しつけるように包みを渡され、トーニャは苦笑し、すぐ表情を引き締め、


「すいません。田んぼも畑もめちゃくちゃにしたのに、こんなにしてもらって」

「いいのよ。誰かが悪いってわけじゃないんだし」


 そうよそうよ、といつの間にか集まっていた他のおばさんたちも頷いている。


「……はい。行ってきます!」


 明るく挨拶をして一輪バイクに飛び乗って、


「署長さん! 次はどこに行けばいいですか!」

「し、商業エリアに行って欲しい!」

「分かりました! みなさん、ごちそうさまでした!」


 行ってらっしゃーい、気をつけてねー、などの激励を背にトーニャは一輪バイクを走らせる。

 アーマー・ギアをメーター類のスロットに差し込んだまま操作して、ナビをホログラムで中空に呼び出して商業エリアまでのルートを決める。


「よおっし! がんばるぞーっ!」


 気合いも高らかにフルスロットル。

 せっかくもらった元気だ。今日一日、目一杯使おう。

 暗い顔をしていても、母や祖母と暮らせるわけでは無いのだから。


    *


 商業エリアに来てもトーニャがやることは変わらない。

 力尽くでおとなしくさせたガウディウムたちから、アーマー・ギアに溜まった悪意を抜き去る。その繰り返しだ。

 商業エリアでは大半のガウディウムが警察の手によって沈黙していたお陰でプリンセッサへの負担はかなり軽減できた。

 陽が中天を超えた頃、ようやく最後のひとつの処理が終わった。


「ふうやれやれ。やっと終わりました」


 トーニャ自身の護衛に当たっていた警官から借りた通信機で署長へ報告を終えると、その場に大の字になった。

 彼女が作業を行っていたのは、商業エリアの中央に広がる公園。カルボン・シティの四つのエリアを結ぶ環状線の駅から始まり、左右をビル群に挟まれた縦長の公園は種々の街路樹がサイドを固め、中心部は芝生や花畑や噴水で彩られている。

 普段なら仕事に疲れたビジネスマンたちが潤いを求めたり、飼い犬とたっぷり遊んだり、木陰で読書を楽しんだり、と様々な用途で使われるのだが、いまは最も場違いなガウディウムたちの残骸が埋め尽くしている。

 ともあれ、今日の仕事は終わった。

 あとは帰ってゆっくり寝直そう。

 そう決め、ぐずぐずと立ち上がって、眼前に広がる光景に唖然とした。


「なんで……、動いてるのよ……」


 駆動キーであるアーマー・ギアを抜かれれば、たとえ暴走していても動くことはできない。なぜならばアーマー・ギアは搭乗者の感情エネルギーをエンジンである魔素機関に伝える装置であり、ガウディウムは感情エネルギーが無ければ動くことができないのだから。

 なのに、動いている。

 一台だけではない。アーマー・ギアを抜いて放置していたガウディウム全てがゆっくりと立ち上がり、公園の中央部へとふらふらと進んでいく。

 中には腕や足が千切れている機体もあれば、縦半分に切り裂かれている機体もある。そんな姿になってまで動いている彼らに、トーニャの胸がちくりと痛んだ。

 それは個人の感情として置いておくとして、彼らが何故動き出したかを観察する。

 共通するのはひとつ。彼らはからだの端々から全身から赤黒い霧のようなものを滲み出させていること。


「白じゃ、ない……?」



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