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8年目の再会

 あたしが十六の時に起こったすべてのことはきっと、十年ぐらいしたら笑い話にできるんだと思っていた。 


 カルボン・シティ。

 世界で最もアーマー・ギア技術の発展が進んだ街だ。

 上空から見ると円形になっている街の、文字通り中心部から蜘蛛の巣状に張り巡らされた道路の一本に乗り、外苑部に横たわる崖沿いへ続く街道を辿ると、一軒の工房が見えてくる。

 緩やかな潮風と穏やかな夕陽に包まれた工房からは、美味しそうな夕食の香りが漂ってくる。

 このスパイシーな香りはカレーだ。


「ごちそうさま」


 ひとりでは広すぎるリビングで黒髪の少女は静かに手を合わせ、ふう、と満足そうなため息をこぼした。 

 どうしてこんなにカレーは美味しいのだろう。自分で適当に作ったものでさえ、こんなにも幸せな気持ちになれるのだから。

 口の中に残る幸せの残り香をるろん、と舐めるとまなじりは垂れ、口元はだらしなくもにへへ、と緩む。色白な肌もいまばかりは上気し、ほんのりかいた汗が肩までの黒髪を艶めかせる。

 こく、とコップの冷水をひと口飲んで、少し冷静になった頭で鍋の中身について考える。今日で二日目。残りは一人前と半分。寝かせて美味しさがアップするのはここが限界だと知っているので、期待値を低くしても平気な明日の昼食にしようと決める。

 食後の、とろとろとした時間の中で少女は、食器を片付けてお茶の準備をしようと立ち上がり、ふとした気まぐれでテレビでも付けてみようかとゆらゆらと考える。


「たまには、いいかな」


 いつも首から下げている、右上に小さな歯車の付いた黒い板状の機械、アーマー・ギアを引っ張り出してテレビの電源を入れ、適当にチャンネルを変える。サスペンスドラマの再放送、情報番組、幼児向けアニメ、ロボアニメ、ときてニュースに行き当たる。これでいいか、とチャンネルを固定し、皿を持って台所へ。あらかじめ水を張っておいたたらいに皿を沈めてヤカンに水を溜め、アーマー・ギアをホットプレートに差し込む。

 カレーのおいしさにテンションが上がってるから熱加減に気をつけないと、と心を落ち着かせてからヤカンを乗せて湯を沸かしつつテレビを眺める。


 とある村で行われたお祭りの様子をまとめた映像が終わると、『さあ、そろそろ時間のようですね』、と男性キャスターがどこかうきうきした様子で告げる。


『それでは中央美術館前のミランダ記者を呼んでみましょう。ミランダさーん』


 画面が切り替わった。


「ん、生中継?」


 テレビカメラが写し出すのは、カルボン・シティの中心部にある美術館。かつて祖母が生きていたころはよく連れていってもらったが、いまはすっかり疎遠になっている。

 外壁は特に変哲のない乳白色に覆われ、外観からは五階建てに見えるが、中に入ってみると三階建てという変わった造り。

 普段なら別段気にも留めないデザインなのに今日は、地平の朱と、空の濃紺がその肚に抱える美を醜を不気味に滲み出させているように少女は感じた。


『はーい。こちら、噂の月光団からの予告状に示された、中央美術館近くの広場です』


 カメラが切り替わって、マイク片手に興奮気味に話す女性レポーターが映される。


「月光団って……、ああ、あの」


 街の中心部から離れ、ひとり暮らしを続けて長い彼女でもその名に聞き覚えがあった。確か、半年ほど前から世間を騒がせている義賊。

 世間ではヒーローのように扱われ、アーマー・ギアの技術が発達して犯罪の件数は減っていても、いや、だからこそひとに迷惑をかけている彼らは許せない。許せないが逮捕したりするのは警察の仕事だから、と現場に割り込んだりはしない。だから名前を聞く度にもやもやし、やきもきする。

 そういえば、と以前警察署の署長から対人用のガウディウムの設計を依頼されたことがあった。作成まではここの設備では出来ないので、と図面を渡したところで仕事を終えたが、その後どうなったのだろう。

 その結果も知りたくなって、ふん、と鼻息荒く画面を睨む。

 人数は十人ほどだろうが、カメラがせわしなく動くので正確にはわからない。

 一団に共通するのは、鼻から顎の辺りまでを丸く切り取った黒の全頭マスク。そしてからだのラインがくっきり浮き出る同じく黒のボディスーツをまとっていること。


「なんか、かわいい」


 少女が呟くのも無理はない。

 美術館からわらわらと出てくる黒ずくめの一団が被るマスクの頭頂部には三角形の耳が、スーツのおしりの上からは長いしっぽがにょろりと伸びている。

 遠目からだと、人間に化けた黒猫たちが人間のねぐらから食料を奪っているように見えてコミカルだ。


『ええと、いま入った情報によりますと、月光団の目的は、「バイストリー婦人の肖像画」であるとのことです。しかし、かの肖像画は最大級の五百号、つまり長辺が三メートル以上あったと記憶しています。どうやって……、ああっと! なんということでしょう。数人がかりで背中に背負っています!』


 すっかり興奮した様子でレポーターが喚いている。

 職務を忘れたようにはしゃぐレポーターへの苛立ちが勝ち、新装備はまた今度聞けばいいや、とチャンネルを変えようとアーマー・ギアを構える。

 けれど、チャンネルを変えるよりも一瞬速く、団員のひとりに目を奪われてしまった。


「……あれ? このひと……」


 追ってくる警官たちを木刀一本で相手取っている少年に目が釘付けになった。


「ティロだ」


 間違いない。

 顔が隠れていても、あんな格好をしていても、それぐらいはわかる。

 八年前に家を出てそれっきり音沙汰の無い、双子の弟なのだから。

 気が付いた時にはからだが動いていた。

 ホットプレートからアーマー・ギアを引っこ抜いてすぐさま踵を(きびす)返して玄関へ向かう。そして靴箱の上に置いてある黒くて短い棒を後ろ腰に差し、家を飛び出していた。


「ったくもう!」


 少女の家の玄関前には小さな庭があり、そこには立派なケヤキの木がそびえている。

 その幹に立て掛けてあるオレンジ色の一輪バイクに飛び乗り、ハンドルの付け根にアーマー・ギアを突き刺して起動。気合い全開で街の中心部へ向かう。

 陽も半分ほどが沈み、幾分暗さが増した空は一輪バイクを猛スピードで走らせる少女の心を一層かき乱す。


「あいつ、なにやってんのよ……っ!」


 人様に迷惑をかけるんじゃないよ、と繰り返し繰り返し祖母が口にしていた言葉を、忘れたなんて言わせない。


「ビンタぐらいじゃ、済ませないんだから!」


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