少女が望んだのは……
【作者より】
※ 拙作は江本マシメサさま主催の「男装の麗人小説企画」に参加させていただいた作品です。
※ 拙作は『いじめられて自殺した私が闇医者によって悪役令嬢に転生され、過去の自分を客観的に見る』【原作版】及び【改稿版】と『闇医者の僕と悩める彼女(https://ncode.syosetu.com/n3207dp/)』の別ルート作品です。
それらを読まなくても楽しめる思いますが、キャラ崩壊がございますので、あらかじめご了承ください。
僕は友梨奈さんに「転生手術の要望書」を渡し、その日のお昼を回った頃に彼女の病室を訪れた。
僕が病室の扉を叩くと同時に「はい」と返事が返ってくる。
「書けましたか?」
「はい。お願いします」
友梨奈さんからその要望書とペンを受け取りざっくりと書き漏れがないかを確認したところ、書き漏れはなかった。
「なるほど。では、明日が手術ですね。ゆっくり休んで手術に備えましょう」
「はい!」
僕はその紙を白衣のポケットにしまい、彼女の病室を後にする。
その時、僕は友梨奈さんが「要望書」のある欄にとんでもないことを書いていたことを知らずに――――。
◇◆◇
診察室に戻り、僕は先ほど彼女から受け取った「転生手術の要望書」をじっくりと読んでみる。
その紙のある項目で僕の視線は止まった。
「…………は…………?」
その回答があまりにも意外なことだったため、これ以上は言葉にならなかった。
こればかりは仕方がない。
友梨奈さんにもう一度問うしかないのだから。
本当は「なんですか、この質問の回答は!」とブチギレたかったところではあるが、患者に対してそのような対応はできない。
「あ、あの……友梨奈さん!?」
「ジャスパー先生、どうしたんですか? ノックをしないで入ってきて……」
「こちらの紙なのですが……」
「さっき書いて渡したものじゃないですか? 私はすべての質問に素直に回答をしましたよ?」
「はぁ……この質問の回答が問題なのですよ! ココ!」
僕は中央あたりに書かれた質問の回答をペシペシと指さした。
本人には気がついていないようだが、この内容では転生するための手術をする立場である僕が困る。
確かに僕は彼女に「あなたの要望に添った人物にする」と言ったが、まさかこのような回答をするとは思わなかった。
「『男子中学生』と記入されていますが、それは本当に望んでいらっしゃることなのですか!?」
「はい」
「本当に、望んでいらっしゃるのですか!?」
「本当ですよ」
「冗談ではありませんですよね?」
「冗談じゃないです!」
「はぁ、困ったものだ……」
僕はその答えに頭を抱え込んでしまった。
女性と男性の身体のつくりは全く異なるため、友梨奈さんの身体にあちこちメスを入れなければならない。
これでは彼女の身体に負担がかかってしまう。
仮にもし、友梨奈さんの目的がすべて果たされ、もとの姿や前世に戻った時にかなり大変なことが起きそうな予感がしたのだ。
「手術だと友梨奈さんの身体に負担がかかります。なので……」
「なので?」
「全く、あなたって人は……「男装」という手がございますよ?」
「その手があったか!」
彼女は「男装」という発想がなかったらしい。
これでは彼女がボケて、僕がツッコむ……この流れは漫才ではないか!?
「一応、心臓移植と容姿を変える手術だけ行いましょう。あとは演技レッスンを導入させていただきますがよろしいですか?」
「え、演技レッスン?」
「演技レッスン」という言葉に素っ頓狂な声を発する彼女。
しかし、僕は笑いを堪えるように平常心を保ちながら「ええ。僕ができることはそれくらいまでしかできませんので……」と答えることができなかった。
「わ、分かりました」
「では、僕はこれで失礼いたします」
『男子中学生』は友梨奈さんが望んでいたとは知らなかった。
僕は信じられなかった。
本当に、切実に――――。
友梨奈さん、いくら相手がこの僕でも「演技レッスン」は厳しく行わさせていただきますからね?
◇◆◇
無事に手術を終えた彼女は何日間かのリハビリを経て、別人として前世に送り出すまでの間はマンツーマンで「演技レッスン」をしなければならない。
「さて、友梨奈さん。ここからが本題ですよ?」
「例の「演技レッスン」ですよね?」
「よくお分かりで」
「ジャスパー先生はなんか企てているようで怖いです」
「……バレましたか……」
「バレバレです!」
どうやらバレずにはいられなかったらしい。
その時の僕はどのような表情を浮かべていたのかは分からない。
「そのような話は置いておきましょう。さて……」
「……さて……?」
「では、少年をイメージして声を発してみてください」
「はい」
「おや、一言しか仰っていないのに、随分と飲み込みが早い……友梨奈さんは演劇とかの経験者なのですか?」
「いや、経験はないですよ。低い声を出すのは辛いですが」
彼女は低音ボイスのまま話し続ける。
これは僕の厳しい演技レッスンは不要だと判断した。
くしゃみや咳をした時が問題になりそうではあるが、そこはあえてスルーする。
「これならば、いつ前世に行ったとしても通用すると思いますよ?」
「本当ですか? じゃあ、今から前世に……!」
「今はおそらく授業中でしょう? 放課後当たりでしたら、あまり気づかれないかもしれませんし……」
「そうですね!」
まだまだ低音ボイス話し続ける友梨奈さん。
しかし、あくまで彼女は女性。
先ほども書かせていただいた通り、僕は友梨奈さんを前世に送り出したら目的が果たされるまでの間は「男装」して過ごさなければならない。
今の彼女の容姿は黒髪のショートで凛々しい顔立ちにし、胸を強く締めつける必要はなくなると判断し、あえて貧乳にした。
洋服は看護師が勝手に準備したボーイッシュな雰囲気のものを着てもらっている。
「嬉しそうで何よりです」
「嬉しくて当然ですよ! 女子が男子の制服を着る機会なんてな・い・ん・で・す・か・ら・ね!」
「……ほう……」
なるほど……友梨奈さんはそのようなことを思っていたとは……。
確かに僕のような男性が女性の服装をする機会は女装にすぎない。
その時、僕は彼女がなぜ「要望書」に『男子中学生』と書いた理由がようやく理解することができたのだ。
「ジャスパー先生、私を見て何、感心してるんですか?」
「実は手術の時、かなりの時間を要しましたので……」
「私の手術はそんなに苦労したんですか?」
「ええ。とても」
友梨奈さんの言葉で余韻に浸っている僕。
その瞬間、彼女から嫌みが半分くらい含まれた質問を突きつけできた。
「さて、これからが本番なので、頑張ってきます!」
「えっ!? 今まで僕と話し続けてきたのは練習だったということですか!?」
「そうですよ。さっきから「演技レッスン」のつもりでやってきたのですが……」
ここにきて、ようやく普段の友梨奈さんの声が僕の耳に届く。
僕は「演技レッスン」が終わったと思っていたが、彼女はずっと低音ボイスで話し続けていたため、疲れてしまい普段の声に戻したのだろうと思う。
「友梨奈さん、僕が早めに止めなくて申し訳ありません」
「いいんですよ。私は自分の目的を最後までやり遂げなければならないので」
「左様でございます。では、僕からあなたに条件を告げさせていただきます」
「じ、条件!?」
「ええ。それは……」
「……それは……」
「それはですね……目的が果たされるその時まで、友梨奈さんが男装だとバレないようにすることをお約束していただけませんか?」
「も、もし、バレたら……」
「その際はどのような状況でも強制終了させていただきますが……」
「そんなのは嫌です!」
「ならば、常にバレないように気をつけてくださいね」
「……はい……」
「では、前世に戻させていただきます。気をつけて行ってらっしゃいませ」
「行ってきまーす!」
友梨奈さんが「転生手術の要望書」に記載された目的が果たされるその時まで、僕は彼女の様子を最後まで監視させていただくとしよう。
最後までご覧いただきありがとうございました。
ちなみに、この作品の続きはございませんので、悪しからず……。
2017/06/30 本投稿
2022/02/20 前書き欄修正