蝦夷と日本 5
蝦夷は小国であった。
それは陸軍国でありながら、旧日本軍やソ連軍のように畑や農村から兵士を取り立てて前線に並べて肉壁とすると言った戦法を採れない事を意味していた。
確かに貧しい日本からの避難民を受け入れることはあったが、いくら蝦夷や樺太に広大な農場が存在すると言っても、それは日本と対比した場合の優位性でしかなかった。ソ連と比べてしまえば猫の額程度の農地面積しかなく、その程度の生産量で日本から無制限に避難民を受け入れる事など無理があった。
それはとりもなおさず、来たる日本統一への課題として立ちはだかり、特に戦車開発においてはソ連と一線を画すドクトリンを採用する事へと繋がっている。
とは言っても1970年代までは特に大きな差異が見られる訳ではない。石狩トラクター工場でもT62を生産していた。しかし、第三次中東戦争は蝦夷にとっても衝撃であった。
わずか6日間で意図した作戦を完了させ、大打撃を与える電撃戦が実現可能だという現実に、それまでのドクトリンの大幅な見直しを迫られることとなった。
そして、その反撃ともいえる第四次中東戦争における対戦車ミサイルの活躍もまた、大きな衝撃をもたらす事となった。
ただ、蝦夷は戦車不要論に傾倒する側ではなく、奇襲電撃戦によって敵を速やかに撃破し、所期の目的を達する必要性から、戦車による機動展開能力や打撃力はどうしても必要不可欠であった。
その為、成形炸薬弾や115ミリ滑腔砲弾への対応も出来る防御力が戦車に求められることとなり、ソ連からもたらされたT72などは全く持って価値を持ちえないシロモノであった。
人口が少なく国家予算が少ないという事は、ソ連機甲師団のように戦車の津波で犠牲を無視して突き進む戦法など採用できない。出来ればなるべく撃破されずに済むに越したことはなかった。
そうした要求からはT72の防御力は不十分であり、カセトカ式装填装置は危険性が目についた。
そんな事情から、戦車の独自開発へと舵を切っていくことは自明となっていく。
まず蝦夷が考慮したのは日本の道路、鉄道網であった。
ただ、鉄道については早々に諦めるしかない状況だった。蝦夷もそうだが、狭軌ではもはや主力戦車の輸送に耐えない状態となっており、日蝦戦争時のやり方は通用しない。
では、道路はどうであったか。
実は、こちらは蝦夷やソ連よりもはるかに充実している事が分かった。
日本は再軍備に際して国内産業を自滅させた結果、独自復興の可能性はゼロであり、米国の手を借りるしかない状況となっていた。当然ながら採用される軍備は米国と同じ兵器、編成となることが自動的に決まっていた。
日本は陸軍という組織を有してはいないが、海軍陸戦隊と称する陸上部隊を保有している。その部隊には当然ながら戦車も配備され、それは当然のように米国製のM48であり、その重量は50トンを超えている。
日本の幹線道路は米国製トラックに合わせた幅広な規格を有し、M48の通行を前提とした耐荷重で建設されているのは言うまでも無かった。その為、T72よりも10トン近く重量級の戦車であっても問題なく通行できるとの結論に至った。
こうしてソ連戦車とは一線を画す独自の戦車計画がスタートしたのが、1975年の事であった。
様々な検討がなされた末、フロントエンジン、クレフト式砲塔、車体後部への弾庫設置という3要素が策定されることとなった。
フロントエンジンが選択されたのは当時の装甲技術では進化を続ける成形炸薬弾や徹甲弾への対抗が万全ではなく、より防御力を上げるにはエンジンを防御に利用するしかなかった点。そして、戦車最大の弱点である弾庫を最も被弾しにくい場所に設置する事を考慮すれば砲塔下よりも通常はエンジンが置かれる車体後部である事から、必然的にエンジンを移動する必要性に迫られた点の二点からである。
クレフト砲塔の採用は低姿勢砲塔をより突き詰め、砲塔の被弾面積と装甲面積を減らすための選択だった。戦車において最も重要であるとともに最も重量があるのは装甲であるので、装甲を減らせば軽くできる。そして、そもそも車体や砲塔が小さければ被弾しにくくなる。流石に車体の小型化は難しかったが、技術的に砲塔の小型化は可能と見込まれたためにクレフト式が採用されることとなった。
車体後部弾庫は先に述べた様に被弾を極力避ける目的と共に、要求される砲弾数を搭載できるスペースを確保するためであった。
その為には砲塔下では、砲塔を小型化して搭乗位置を下げようと思うと必要数の砲弾が配置できなくなってしまうので、玉突きで車体後部へとずらすことが最善であった。後に西側戦車が砲塔後部へ弾庫を配置して車体や砲塔への爆風を防ぐ思想を採用するが、これでは砲塔が大型化するので、自動装填装置を簡略化可能ではあるが、蝦夷では採用できない相談だった。
こうしたコンセプトにより開発されたT92は、冷戦崩壊後の完成となってしまった。
T92
そう、あのT92だよ。アレを125ミリ砲積める大きさにしてしたのが、蝦夷製T92




