村田騒動記 3
南部は提示された条件にしばし沈黙し、当然ながら受け入れている。
他の誰が支援してくれるだろうか。しかも、参考として最新の自動拳銃まで付けて。
こうして、有坂に続いて南部まで村田シンパとして取り込まれた反村田派は、兵器開発に関して村田に逆らえなくなっていく。
そんな状況の中で、実際の戦闘記録から村田が必要性を感じた兵器がグレネードだった。
グレネードは小さな榴弾を撃ち出す銃器であり、砲に対して射程が著しく短い上に、命中精度も悪かった。だが、構造が簡単で、なおかつ撃ち出す装薬が少ないので軽量に仕上げることが出来る利点がある。
村田はこの利点に着目してライフル型グレネードランチャーを開発していたのだが、その開発を耳にした有坂の提案により、携行性を失わない範囲で大型化させて、射程伸長を図ることになる。
こうして完成したのが、四四式擲弾器であった。
この擲弾器は後の第一次世界大戦で各国が開発に乗り出した迫撃砲の走りとされ、日露戦争での塹壕戦が日本に対してもたらした知見であった。
だが、村田は四四式擲弾器に満足しなかった。
何を思ったか、擲弾を連続して投射する機関銃を開発すると言い出し、実際に試作されたのだが、あまりにも機械的不良が多く、装薬残渣や埃による作動不良に加え、そもそもの擲弾薬莢や弾頭の不良や変形と、難題山積みの中で開発が中止されている。
確かにそれは機関銃であった事は今に残る史料や写真から分かるが、彼が目指していたものは1970年代になって実用化された擲弾銃を思わせ、村田の事を転生者と呼ぶ由来ともなっている。
しかし、擲弾銃を考案したから転生者とは安直ではないだろうか。
第一次世界大戦において、ロシアのトレンチガン、フランスのブトー砲という機関銃陣地を破壊する小型砲が開発、運用され日本も後に導入している。村田の考えた擲弾銃も、トレンチガンと目的は同じであり、日露戦争の戦訓に触れた村田ならば、ロシアやフランスより先にその様な兵器を考え着いてもおかしくはない。
擲弾銃が開発に行き詰まる中、村田は本来の目的であった自動小銃の開発も忘れていなかった。だが、こちらも壁に突き当たっていたのは同じである。
米国から持ち帰った中間弾薬であれば問題無かったが、陸軍向けに三十一年式実包を用いた試作品はそれまでの開発がウソであったかのように散々な結果となる。
今から見ればそれは当然で、中間弾薬を用いた軽量自動小銃がフルサイズ弾薬に耐えられるはずがなく、耐久性を上げてもまだ、取り扱いには難があった。
それでも開発を諦めない村田だったが、より早く実用化出来るようにと、二脚を取り付けた簡易の機関銃として陸軍に提示することにした。
まだこの頃は北米市場で村田銃の知名度は無きに等しく、村田USAはただウィンチェスターに泣きついて経営を維持していたので、どうしても成果が欲しかった。
もちろん、自著にそんな泣き言は一言もなく、世界初の実用軽機関銃開発史として誇らしげに記されているだけだが。
第一次世界大戦前年のこの提示に対して、陸軍は無視など出来ず、自身が試作を指示した訳でもないのに、律儀に試験を行っている。
この当時の機関銃は30〜50kgに達する重機関銃ばかりであったから、一人で持ち運べる軽便さは高く評価されることになった。
しかし、だからといって陸軍に購入資金などなく、ただ評価されただけに終わり、ウィンチェスターを介して外国への売却を考え始めた頃に、第一次世界大戦が勃発した。
三十一年式実包は英国と銃弾規格が同じである、
それを武器に英国へと武器売却の話を持ちかけると、当初は梨の礫であった態度が、年が明けると一転、英印軍の武器を発注されるに至った。
村田は喜んで三八式歩兵銃や村田機関銃をインドへと輸出する。
これに否と言えない陸軍はそれを追認して後ろ盾になるしかなかった。
輸出された銃器は日本陸軍向けとは違い、菊の御紋が刻印されず、漢字刻印すら無い。北米市場を意識したアルファベット表記であった。
英印軍の兵士も、三八式歩兵銃は外観こそ自軍のリー・エンフィールドと変わらないのに細部が異なる構造に戸惑いは見せたものの、部品点数が少なく整備性に優れ、射撃精度も悪くない事から、英国での対日評価を飛躍的に高める役割を果たしている。
肝心の村田機関銃であったが、英印軍は旧来の運用しか行わなかったので、逆に三脚を求められたり、箱型25発弾倉では継続射撃に向かないと否定的な評価を受けることになった。
評価が変わるのは米軍の参戦に伴いウィンチェスターによる委託生産分が米軍においてBARと共に使用されてからだった。
さて、この第一次世界大戦におけるもう一つの話をしないといけないだろう。
村田銃工業は英国向けの生産だけを行っていたわけではない。
ウィンチェスターから委託を受けたロシア向けライフルの生産も行っていた。
こうした大規模生産の為に1915年には工場の拡張と工作機械の新規導入まで行って、大量生産に対応している。
ただし、英国とは規格が同じだから、そのまま歩兵銃の生産ラインが使えたが、弾薬規格の異なるロシアへは、そうもいかない。
その為、四四式騎銃をベースに民間用ライフルとして開発していたロシアン弾モデルを急遽、ラインに乗せる事になった。
当初は民間モデルをそのまま生産したため銃剣が無かったが、途中から銃剣付へと移行している。
win幹部「ムラタニングからなにか届いてるぞ」
win技士「何んすか?この銃は。ちょっと解らないんで、ジョンに問い合わせます」
ジョン「おい、俺はチューナーじゃないと言ったはずだ。アンタん処にはカンペあんだろ!って、また厄介な品を。クソ、あのバカ転生者め」
win技士「まあまあ、ん?生まれ変わりがどうしたって?」
win幹部「やはり、ブローニングが驚く程のアイデアか」
村田「もしかしたらMk19が即座にできるかと思ったが、さすがのブローニング御大にも難問だったか?」




