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とある世界の日本  作者: 高鉢 健太 
異聞「烈婦」秘話
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異聞「烈風」秘話 2

 こうして何とか制式化された辰星ではあったが、実のところ性能が中途半端だった。


 制式化こそされたものの、小径と言いながら、重量は火星同等以上あり、馬力に見合うとは言えず、無理やり試験に合格させたものだから性能が不安定で、このエンジンをもって開発せよと海軍も強く言えず、まずはエンジンの性能安定化と共に、ゼロ戦が制式化された安心感と、難航する局地戦闘機の開発という現実から、エンジン制式化のメンツをどうにか保とうと画策していた。


 海軍は三菱に対してこのエンジンを用いた次世代艦上戦闘機の試作を命じることで、制式化を無駄では無いという方便を手にし、三菱も開発の意義を自認する事が出来たと言われている。


 とはいえ、局地戦闘機が難航しているので正式に次期艦戦開発を本格的に行う余力など三菱にもない。


 そこで、若手の習作という形での開発となり、まず設計されたのは開発中の局地戦闘機を艦上戦闘機化したような大柄な機体であった。


 それは全長10m、全幅14mにもなり、そのモックアップを見た海軍があまりの大きさにその場でより小型の機体を新たに設計せよと命じたほどだった。


 ただ、同時期に開発されていた米国の2000馬力級戦闘機F4UであったりF6Fなどもやはりこれに近い大柄な機体であり、2000馬力級エンジンを搭載した機体と言うのはやはりこれくらいの大きさとなるのが普通であったのかもしれない。

 それは外国の事例に限らず、海軍が正式な要求仕様によって開発を行った征風もその様なサイズになるのだから、間違ったアプローチとは言えなかっただろう。


 しかし当時、海軍が運用する戦闘機である九六式艦上戦闘機が全長7.7m、全幅11m。ゼロ戦が全長9.2m、全幅12mだった事を思えば、九九式艦上爆撃機や九七式艦上攻撃機に匹敵する巨大な機体と言うのは、研究目的の機体と言えど、さすがに許容できなかったのだろう。


 モックアップの完成が1941年5月の事だったという。

 その写真は現存しており、そこに写っているのは、後の征風と似たシルエットであり、海軍が難色を示さなければ、理想の戦闘機をより早く手にしていたという声があるのも頷ける。


 そこから再度、小型の機体を設計せよと命じられ、ゼロ戦と同等サイズでの設計を開始するのだが、如何せん、1250ミリというゼロ戦が搭載する栄エンジンより100ミリも大柄なエンジンである辰星を前提にしての話しであり、雷電と同じ紡錘形を採用したのでは、どうやっても期待の小型化が出来なかった。

 頭を抱えた若手たちではあったが、中島で開発されていた陸軍の重戦闘機、海軍で言う局地戦闘機に当たるキ44(鍾馗)を知る機会があり、それに倣って思い切って機体を絞り込むことにした。


 だが、その手法ではエンジン後部に乱流が起こり、高速飛行には不利であるという意見がベテランの間から出て来ており、若手たちもその意見を無視する事が出来ずに苦悩していたという。


 そんな折、一人の技師が機体側面に排気を流すことで疑似的な気流を作れば問題解決になるのではないかと、敢えて機体側面にエンジンカウルとの段差を付け、その隙間に排気管を集中するという手法を編み出している。

 奇しくもそれは、ドイツにおいて開発されたフォッケウルフFw190と同じ考え方だったのだが、烈風の開発においては、ベテランからの厳しい指摘に対する苦し紛れの足搔きから出された思い付きでしかなかった。


 だが、それは思いのほか効果を発揮する事が分かり、それ以後ベテラン勢も烈風の開発にあまり口を挟むことはなくなったという。


 こうして1942年6月に完成した機体は大きな不具合なく初飛行に成功し、小改修の後7月から行われた試験において、時速619kmを記録する好成績を収めることが出来た。


 本来なら、ここでこの開発計画は所期の目的を達したという事で終了となるはずだった。


 しかし、開発中の局地戦闘機の不具合対応が難航している事から、すんなり時速600kmを叩き出した機体を開発終了にするのは忍びないという海軍の意向によって、ゼロ戦を補う艦上戦闘機、そして、未だ配備の見込めない局地戦闘機の保険として開発継続となり、新たに実用戦闘機として航続距離や武装、機体仕様と言った要求が正式に加わってくることとなった。


 だが、その要求もあくまで正規の艦戦開発が成るまでの繋ぎという事からかなり緩いものとなり、同時に十八試艦戦という本命開発をベテラン勢が行う事となり、そちらには頭を抱えたくなるような厳しい要求が書き連ねられることになる。


 こうして正式に戦闘機としての開発がスタートすると、やはり若手メンバー中心と言う層の薄さ、経験の少なさからなかなか開発が進まなくなってしまった。


 それでも何とか1943年8月には艦上戦闘機としての1号機完成に扱ぎつけ、9月には制式化され「烈風」と命名されることとなった。


 しかし、生産についてはゼロ戦や一式陸攻、ようやく完成した雷電の生産などが込み入っており、なかなか生産が開始されず、さらにその間にエンジンの改良が進んで辰星31型として、待望の1900馬力エンジンが供給されることになって、生産前に改良型の開発が行われ、生産がさらにずれ込んで何とか12月に烈風21型として開始されることとなった。

 出力1700馬力の辰星21型を積む烈風11型は試作機2機のみで、試験において最高速度606kmであったという。


 

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