自動砲のおはなし 4
戦後、北方艦隊を基幹として発足した海上自衛隊は九八式自動砲シリーズを備えた松型駆逐艦や海防艦を主力とすることになった。
その8センチ砲は米国の3インチ砲弾と互換性を持たせることとなり、新たに56式50口径76ミリ速射砲という改良型が開発され、海上自衛隊において新たに建造される海防艦や駆逐艦へ搭載されることとなる。
米国に同等規格の無い10センチ砲はそのまま据え置かれたが、射撃管制装置によって遠隔操作される無人砲塔開発が各国で始まると、8センチ砲、10センチ砲ともに無人砲塔化、更なる発射速度向上を求めて開発が行われることとなるが、諸外国の現状を見て長砲身化を行う計画が持ち上がる。
すると、10センチ砲では威力、射程共に中途半端なものとなることが判明した。
長砲身10センチ砲を新たに開発するよりも、米国が開発したMk42、54口径5インチ砲を採用した方が良いという意見が大勢を占める様になる。
対して、56式76ミリ砲を長砲身化、無人砲塔化した場合、発射速度を向上させれば小型軽量で他に換える物がない艦砲になるとされ、開発が継続されることになった。
実用化した65口径76ミリ速射砲はイタリアで開発されていた同口径の62口径76ミリ速射砲よりもわずかに長砲身であり、同じ砲弾を使ってなお射撃精度、射程共に良好だった。
発射速度もイタリアが80発に対して90発である。
この艦砲は68式65口径76ミリ連続速射砲と、56式と区別するために名称も異なっている。
56式76ミリ速射砲は九八式8センチ単装高角砲をほぼそのままの構造で米国製砲弾規格を適用しているので発射速度は45発程度であり、発射速度が大幅に向上した事を明確にするために「連続」という呼称を用いたとされている。
1970年頃というのはちょうど戦中に就役した駆逐艦や海防艦が相次いで退役を迎える時期でもあったので、主力艦砲がそれまでの九八式55口径10センチ単装砲から新型の68式65口径76mm連続速射砲へと置き換わっていく事になった。
この頃、戦後も運用を続ける艦隊型駆逐艦は九六式50口径12.7センチ砲の弾薬を米国製規格に変更した56式50口径127ミリ速射砲へと改修がなされた。
そして、海上自衛隊では対空砲として76ミリ砲を、対水上射撃用として127ミリ砲を用いることとなり、多くの艦艇で主砲として1~2基の127ミリ砲を装備し、対空砲として2~5基の76ミリ砲を装備する事が標準となっていた。
海上自衛隊では戦艦の維持による予算の制約からミサイルの導入が遅れており、対水上戦を砲火力に依存する傾向が強く、問題となるのが127ミリ砲の存在だった。
米国製のMk42は非常に高性能だが、大重量で連装砲と変わらない程だ。無人砲塔化も達成できている訳ではなかった。射程も同規格砲弾を用いる56式と大差ない。
そこで、国産艦砲として無人砲塔、長砲身の新型127ミリ砲を開発する方針が決まり、10センチ砲の開発中止と引き換えに動き出す。
この様に戦前からの技術と戦後に入ってきた技術を組み合わせて新世代の艦砲開発が行われていく事となり、新開発の127ミリ砲は青葉の20.3センチ砲と同等かそれ以上の射程を目標に開発が行われることとなった。
日本において127ミリ砲は主に対水上戦火力と割り切ることでそれまで50口径だった砲身長を65口径へと伸ばし、初速向上と長射程化を目指した。その代わり、発射速度向上は行われず、毎分20発のままで信頼性、操作性の向上を図る事となった。
この様に開発が行われ、73式65口径127ミリ速射砲として採用された時には、射程32kmを達成しており、駿河型戦艦の36センチ砲に迫る射程を有するまでになる。
日本は駆逐艦の在り方をミサイル装備を主体とする米国とは違う方向へと向け、少ない予算で何とか戦力の維持、向上を図っていく事を選択した。
そんな中、米国はイタリアの76ミリ速射砲と日本の68式のいずれかを次期フリゲートに採用する事として評価試験を行い、68式65口径76ミリ連続速射砲はイタリア砲より長砲身で射程が若干良く、発射速度は10発ほど高いことが評価され、採用を勝ち取った。
イタリアではこの事態にすぐさま対応して発射速度を向上させることになるが、米軍が68式をMk75として制式化し、ライセンス生産を始めた後に改修を行っても後の祭りであった。
イタリア砲が欧州各国で採用される中、米国では若干砲身長の長いMk75を運用し、当然ながら日本でも駆逐艦の対空砲、海防艦の主砲として搭載されることになる。
米国は73式65口径127ミリ速射砲にも興味を示したが、自国で開発されたMk45の砲身を伸長することで対応する事となった。
Mk45は対空ミサイルの発展から防空をミサイル主体とすることでMk42の必要性が下がり、その複雑な機構と大重量をどうにかする事へと意識が向けられた結果、73式同様に対水上、対地射撃能力を重視した無人砲塔艦砲として開発されていた。
その日本ではこのころ米国が開発を行っていたMk71に関心を示す。
Mk71は203ミリ砲を自動無人砲塔に収めたもので、戦艦や巡洋艦の退役後の対地火力を補完するものとして開発が行われていた。
当時、日本でも駿河型戦艦の去就が度々話題となり、青葉については早々に練習艦として一線を退いている状態であった。
南樺太や千島の防衛を考えると対地火力の必要性は十分に存在する事から、駿河型戦艦の副砲である九六式14センチ連装砲の近代化という形で新型砲弾を開発し、砲塔機構を軽量、無人砲塔化するという計画が持ち上がる。
元々のベースが存在した事もあって、九六式を単装化して新型砲弾に対応させることで簡単に実用化が可能となり、当時計画が進んでいたヘリコプター巡洋艦の主砲として採用が決まり、白根、蔵王の2隻は主砲を後日装備として主砲装備がない状態で就役するという異例の対応がとられることとなった。
と言っても、対空砲としてイタリア巡洋艦に準じる6基もの76ミリ砲がすでに備えられていたのだが。
こうして2隻が就役したのち、1975年に制式化され、75式55口径140ミリ速射砲をそれぞれ2基装備して就役したのは1978年の事となった。
唯一、鞍馬のみは就役時から140ミリ砲を装備する事が出来た。
この75式55口径140ミリ速射砲は現在もミサイル巡洋艦の主砲として運用され、20世紀中に米国戦艦が退役したのちは世界最大の艦砲としても知られていたが、米国が155ミリ砲を搭載するズムウォルト級を就役させたことでその座を譲ることとなった。
現在、75式140ミリ砲も改良を受け、127ミリ砲同様に誘導砲弾を用いて100km以上の射程を有するまでとなっており、開発当初は予想もしなかった運用がなされるようになっている。




