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とある世界の日本  作者: 高鉢 健太 
らのべっぽいみたいな回想録
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らのべっぽいみたいな回想録 8

 1942年2月、何とか政治の混乱が収束して内閣が発足したのだが、すでに週に一度の割合で国府軍機による爆撃が続いていた。


 撃墜機の搭乗員の多くは白人であり、すでに複数の捕虜や遺体から米軍籍をうかがわせる認識章も確認されていた。

 しかし、捕虜は米国人であることは認めるものの、現役の米軍籍ではないと供述していた。とはいえ、多くは遺体から、米軍籍を示すであろうモノが確認されており、政府は米国へ抗議するのだが、米国政府も捕虜同様に自ら志願した義勇兵だと繰り返すばかりだった。


 物語では未来人の提案として、米国人が拘束されている事、米軍籍であろう認識票を回収している事、そして、氏名や識別番号らしき数字も公開するに至った。外電に流し、米国大使館での記者会見でもその中身を発表したが、米国内の報道規制があり反応は返ってこなかった。


 この頃には通称、遼河第二油田、実際には黒竜江省扶余周辺で発見された大規模油田の操業も始まり、米国による禁輸の影響も落ち着き出していた。


 米国からの要求は到底受け入れられるものではないが、こちらから開戦しなければいけない切迫した理由もこの時点では存在していなかった。

 一部には開戦を唱える者も居たのだが、主戦派の基幹となるべき若手将校は既に支那へ渡り、あろうことか韓国解放軍を名乗って米国と手を組んでいる。今から見るとあまりに滑稽というほかない状況だった。


 物語では、これまでの流れから歴史の修正力への警告が出されていた。


「本来の歴史であれば米海軍の空母に陸軍爆撃機を載せて大陸へ向かうコースを通って日本を爆撃することになる。現在の歴史を鑑みれば、もしかしたらその様な可能性があるかも知れない」


 そう、3月初めに警告が行われている。


 史実においても2月後半から米海軍来襲への警戒が行われ出しており、4月に入る頃には全軍の航空機の位置確認が頻繁に行われ、初歩的な敵味方識別装置の配備も始められていた。


 4月18日、早朝、太平洋上で操業していた漁船から救難信号が発信され、何らかの事態が発生した事が分かったが、あくまで救難無線であったため、それが遭難なのか米軍の来襲なのかまでは判断できる状態ではなかった。

 しかし、昼前にはさらに多数の救難信号を受信するに至り、米軍来襲と判断し警報が発令された。同時刻に房総に設置された空軍電探は識別反応を出さない航空機群を探知した。

 この日、巡洋艦を主力とする艦隊が三陸東南海沖合で演習を行っており、直ちに米艦隊捜索命令が出されたのだが、空振りに終わっている。


 本土においては空軍が大規模防空演習を予定して関東一円の基地で午前10時から実弾を装備して待機中だった。


「防空警報発令、防空警報発令、これは演習ではない」


 各基地では演習であるはずの出撃命令が突如実戦だとして発令され、搭乗員たちは困惑しながら飛び立っていったという。


 関東一円には一式戦闘機が集中配備されており、その多くが困惑しながら飛び立ったという。


 一式戦闘機は関東に拠点を置く飛行機メーカーが開発した機体で、当初7.7mm機銃が予定されていたのだが、ドイツへの情報提供の返礼として贈られた13mm機関砲を国産化した一式十三粍機関砲が装備されていた。

 砲弾については通常弾や曳光弾はそのまま国産化出来たものの、炸裂弾は信管を国産化出来ずに、圧気式信管を独自に開発して何とか実用化している状態だった。


 搭乗員たちは演習気分で空へと上がり、管制の誘導に従って飛行していた。


 演習では機体から吹き流しをたなびかせた飛行機がやって来るはずだったのだが、彼らが目にしたのは青天白日旗を描いた日本には存在しない双発機だった。


 その事実を管制に問いただす者。意味が良く理解できずに居た者、中には国籍マークを見て攻撃を宣言する者と、その対応は様々だった。


 結果として13機を捕捉し、12機を撃墜する事が出来たが、中部、関西へ至った機は九七式戦闘機では追撃することが難しく、海軍が発進させたゼロ戦隊がうち1機を捕捉し、撃破し、パイロットを拘束することに成功した。


 関東で撃墜された機体から発見された遺体と海軍によって拘束された捕虜は米陸軍のパイロットスーツを装着しており、撃墜した機体や遺体からは米軍の認識章や階級章など、米軍籍であることを示すものが多数発見されている。


 日本政府はそれらの証拠を米政府へ提示して抗議を行ったが、捏造であるとして取り合おうとしなかった。


 目を欧州に向けると、1941年2月から北アフリカに展開したドイツ軍が徐々にエジプトに迫りくる状況で、日本が手渡したゼロ戦の資料を基に造り上げたフォッケウルフFw192という単発長距離戦闘機の活躍もあって英国は北アフリカで劣勢に立たされていた。


 ちなみに、Fw192は本来、高速戦闘機として1939年に初飛行していた機体に対し、メッサー社を優遇するナチス指導部が、その開発を意図的に遅延させようと計画変更を迫った結果生まれた機体だった。


 機体主翼ともに延長され、それでいて軽量化された上に燃料搭載量が大幅に増した形へと設計変更されたが、それがかえって機体性能を押し上げ、最高速は大幅に低下したものの、スピットファイアを凌ぐほどの旋回性能を持つ機体として戦争終結まで主力の座にあり続けている。


 閑話休題


 このように、すでに英国は危機に陥っている状況であったがために米国は焦っていた。すでに武器を渡すだけでは足らず、1日も早い参戦が望まれるようになっていた。

 戦後公開された資料では、ナチス指導部は幾度となく英国に停戦を呼び掛けるも、英国首相は一切取り合わなかったという。この時、一時停戦であっても、英国がその交渉の席を設ければ、日本が惨禍にまみえる事は無かったのかもしれない。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 米陸軍機空母発艦事件 機体の国籍マークから言っても完全に国際法違反 陸軍ならスパイとして処刑されても不思議でない 尚史実ドーリットル隊は赤十字マークの病院と小学校を爆撃した事により戦争犯罪と…
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