らのべっぽいみたいな回想録 6
「もう、史実は通用しない。陰謀論を信じて対米戦を遂行するしかない」
物語では1941年1月に未来人がそう日本政府の要人との会議で語ったとされる。そして、その席上で件の陰謀論が開陳され、政府首脳は衝撃を受ける。
政治家や軍人の多くはただ怯えるか怒鳴り散らすしかできなかったと描写されているが、冷静な一部と未来人は対米工作を始めることを決めた。
史実においてもこの頃に、ヴェノナ作戦というソ諜報員捜索が本格的に始まっている。なぜか日本で摘発されたゾルゲから米英に居るスパイの名前が判明しているという不可思議な部分はあるが、その成果が大きかったことは間違いない。
ただ、その捜査は開始されたばかりで成果が出るまでにはまだまだ時間を要した。
4月になると米英による圧力はさらに増し、日本国内には対米英開戦論が蔓延するようになってくる。
ただ、軍、とくに海軍には対米英戦争の準備など未だ整ってはいなかった。どんなに早くともあと一年、金剛型の完成を待たなければ開戦できる戦力は無い。空母に至ってはようやく進水したばかりで、竣工は早くて1年先、搭載機やその搭乗員も含めてまるで準備不足の状態と言えた。
陸軍はと言うと、対ソ警戒が最重要であり、批判を受けようとも解放軍討伐を止める訳にも行かなかった。すでに朝鮮にまで波及しつつあって、今中止しても朝鮮内での騒乱へと発展するのは目に見えていた。根底にある解放軍掃滅は必須と認識されていた。日本における朝鮮人排訴機運も高まり、政府は本土に居る朝鮮人を半島へ帰すことを決定した。そうしなければ本土においても騒乱が起きかねなかった。
5月には早くも朝鮮人排斥が起きはじめ、国内では混乱が生じ出す。
6月には強制的に朝鮮人を半島へ帰し、国内の騒乱を鎮めるために全土に戒厳令が敷かれる事態へと発展してしまう。
それを知った米英は日本政府による民族浄化が始まったと批判を行い、軍事行動も辞さないという声明を発表する。
日本政府は同時に半島での騒乱を警戒して在住日本人の満州か本土への避難も開始しているが、その行為がさらに米英へ抗議をエスカレートさせることに繋がって行く。
当時、日本国内に居ないはずの米国女性ジャーナリストが日本国内で民族浄化が進行しているという記事を米国で発表して話題を呼んだ。なぜか、取材していないはずなのに、東京駅周辺で官憲に殴られる人物の写真付きだった。
ヴェノナ作戦で彼女がソ連の工作員だとして告発したのは有名な話で、この記事が発端となって、日本国内のスパイ網が摘発されることになった。
この頃には米国による対日要求は常軌を逸したものとなり、ワイマールドイツの軍備制限の様な条項まで見られることになる。
当然、日本国内で報じられ、外電にも乗せられたが、米英ではあまり注目されることが無かった。
梅雨から夏を迎え、秋までの間に朝鮮人送還事業は多くの混乱がありながらもほぼ完了し、半島での騒乱発生も抑える事が出来ていた。
ただ、満州では多くの朝鮮人が働いており、そちらでの騒乱まで抑えることは出来ず、10月には奉天や鞍山で暴動が発生するに至る。
軍と警察が鎮圧に乗り出したが、そのことがさらに米英の抗議を呼び込むことになった。
11月に米国が日本に出した要求、ハル・ノートは既に非現実的な内容となっており、朝鮮の放棄と韓国解放軍の「帰還」の同意、独立回復も要求していた。当然だが、満州国解体と油田割譲要求が撤回される事は無かった。
こうした要求が新聞で報道されるたびに政府の弱腰への批判が高まるのだが、軍は未だ動ける状態に無いのだから仕方がない。
未来人によると、このハル・ノートによって日本は開戦を決意し、12月初めにハワイを空母6隻で攻撃したと言っているが、当時の日本には稼働空母は7隻だったが、ハワイ往復が可能な空母は5隻しかなく、そのうちの1隻は未だ練成も終わっていなかった。
そして、物語内では、未だ本格的な改装が予算の都合で終わっていない赤城、加賀について、廃艦か根本的な改装が要求されている。
つまり、ハワイ攻撃とは、本格的な改装を行った赤城、加賀を用いる内容であって、史実の中途半端な状態での話ではないのだという。
結局、赤城と加賀の改装が終るのは1943年の話なので、空母によるハワイ攻撃など全くの夢物語と言って良かった。もっと先見の明のある建艦、改装計画を実施していなければ不可能と言えるだろう。
日本政府はハル・ノートの中身を公表するとともに、米国にトップ会談を要求するも、米国は完全に無視したため総理が辞任、議会は混乱してしまう。
この混乱が起きている最中、12月18日に国府軍とみられる爆撃機が遼東半島へと飛来、同時に九州へも来襲して来る。
遼東半島には空軍によって対空電探がすでに設置されており、いち早く察知した迎撃機が舞い上がって迎撃を行うと来襲機は逃げ去ってしまう。
九州へ来襲して来た飛行隊は未だ試験稼働中だった空軍電探と旧式の海軍電探が探知したものの、空海軍共に味方と誤認して警戒態勢を取ることなく侵入を許し、要塞地帯へ進路を取ったことでようやく警告を行い、警戒に飛び立つ状態だった。
警戒機が青天白日旗を付けた四発爆撃機を視認し、地上に警告した頃には爆撃が始まってしまい、帰投する爆撃機に対して何とか迎撃部隊が取り付くという失態を演じることになってしまった。
何とか撃墜した2機の爆撃機から脱出した搭乗員を拘束したところ、5人中3人が白人という事態に、軍は色めき立つことになる。
物語では尋問に対して黙秘を続ける白人に対し、米義勇軍の存在とその司令官の名前を伝えて自白を引き出したとしている。史実でも米国義勇兵かを問うて、自白を引き出しているが、政治がその事実を米国に抗議するのは混乱が収束して次の内閣が発足する翌年2月を待たなければならなかった。




