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とある世界の日本  作者: 高鉢 健太 
空母「かつらぎ」
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ミサイル空母「かつらぎ」 3

 話は前後するが、かつらぎに搭載されたポラリスミサイルは米軍が整備するミサイル潜水艦のようにポセイドン、トライデントへと改修、換装されることはなく、その様な計画自体が存在しなかった。

 この為、遅くとも1990年頃までには艦の寿命と共に退役し、それに替わる後継艦と言う物は存在しない。 

 仮に日本が用意するのだとしても、搭載するミサイルも自前で用意する事が必要となっていた。


 こうした事から1974年には後継ミサイルの自主開発がスタートし、1979年には試験にも成功する。

 ただ、さすがに水上艦へ搭載しても有効な戦力とはなり得ないことは日本自身が自覚しているのも確かだった。


 そこで、新型ミサイルは当初から水中発射が可能なように開発され、発射システムも水中発射に対応して開発が行われていた。

 ところが、1982年にはこれが大問題を引き起こすことになった。


 日本が独自にミサイル開発を行ったのでは首輪が外れたことになると中国が猛反発したのである。

 しかし、これに対してレールガン政権はソ連封じ込めを優先し、地域の安定に寄与すると日本支持を表明する。


 おりしもヨーロッパにおいてパーシングⅡの配備を行う段階にあり、ここで日本が地域核と呼ぶ戦術核を否定してしまえば、自らがヨーロッパで反対運動が起きるなか行うパーシングⅡの配備にすら支障をきたすことになってしまうからだ。

 すでにこの頃水面下でソ連と戦術核の制限に関する交渉が行われており、レールガンとしてはソ連に言質を取られる訳にはいかなかった。


 こうして日本独自のミサイル開発は継続されることとなるが、問題は搭載するプラットホームであった。

 さすがに通常動力潜水艦を使う事には当初から異論があり、選択肢は原子力潜水艦しかない。


 必要な舶用原子炉の研究は既に行われており、洋上試験を行った原子力船「むつ」の中性子漏れをメディアが過剰報道した事から批判が殺到したが、政府は全く問題がない事象であったこと、核兵器からも許容される微量の放射線なら常に放出されている事を説明し、事態を強引に収拾、「むつ」に必要な改修を迅速に行って試験を再開する事となった。

 この事に対して旭日新聞の田丘瞬次が「政府が核ミサイルの次は原潜も持つ気でいる」と的確に論評している。

 まさしく政府はその通りに動いており、原潜保有の是非について肯定も否定もしなかった。


 こうして「むつ」を使った試験を行う傍ら、そのデータを基に潜水艦専用の原子炉も設計されていた。


 こうして1982年までに大方の準備を終える事ができた。


 しかしここで一つの問題が発生する。


 レールガン政権は日本が開発したミサイルに適した弾頭を提供できないと内々に通告したのである。


 当時、アメリカ国内において開発、製造が行われていた新型弾頭は日本が有するポラリスの弾頭とは全くの別物であり、ポラリスを前提に開発されている日本のミサイルには適合しない事が判明したからだった。

 自国の軍備に忙しく、さすがに60年代の様な力強さのないレールガン政権において、日本のためだけに弾頭を新たに開発する事など不可能だった。

 代替案としてパーシングⅡの弾頭を改造して搭載する事で話が進められたが、これも1985年には開発が停止されてしまった。

 日本に残された道は二つに一つである。


 当時、ちょうどイランイラク戦争の最中であり、ペルシャ湾でのタンカー護衛のために米軍が展開していた。

 もしここで、「かつらぎ」の退役を決断し、核共有を停止するようなことがあれば、その代わりとして自衛隊がペルシャ湾へ派遣されることになる。

 政府としては核を維持したかったし、まかり間違っても人死にが出る可能性がある海外派遣などお断りだった。

 その上、最初のミサイル潜水艦は既に発注され、キールが据えられていたのである。ここまで来ては後戻りできない。


 そう考えた仲宗根(なかそね)総理は、地域核ミサイル用弾頭を日本が独自に開発する事を提案する。


 もしこれが後の民主党クリンポン政権であれば認められなかっただろうと言われるが、レールガンはロン・やす関係という個人的な信頼関係を理由に承諾、当時開発に向けて仕様が詰められていたFS-Xを白紙撤回してその予算を弾頭開発に回すという、航空自衛隊からすれば暴論もよいモノであったが、仲宗根はその決定を断行し、次期支援戦闘機の国産開発よりも核戦力を選ぶことになった。


 しかし、三度事態は転換を迎える事になる、1987年、米ソは中距離核の全廃に向けた合意を行うが、ソ連邦ゴルビーチョフ書記長は日本が運用する地域核も対象に含むように迫った。

 ゴルビーチョフの言い分としては、パーシングと地域核は同じものであり、米ソが「すべての」中距離核を廃棄するなら、その中に日本の核も入るというものだった。


 レールガンとしても無下に拒否できるものではない。なにより、「首輪とリード」は共通認識となっていたからだ。


 これを聞いた仲宗根はレールガンとサシで会談を行い、弾頭コアの提供は受けるが、核兵器として一から日本が作ることを提案する。

 レールガンとしてもせっかく維持してきた極東の核が無くなるよりはとその提案に乗り、1988年には日米会談において正式に日本が6番目の核保有国になる事を容認する声明を発表する事となった。


 これに対しすでに根回しを受けていたゴルビーチョフはレールガンを通して日本が陸上戦力10万人以下を遵守するなら黙認すると仲宗根に伝え、米ソ両大国による同意と黙認を取り付けて開発を行が行われ、1990年5月6日、ネバダ実験場において日本初の核実験を成功させた。

 この実験成功に際し、プツシュ大統領は「日本独自の核ではあるが、基幹部品は我が国が提供しており、首輪もリードを保持したままである」と語ったという。

 その後、1993年までに8回の核実験を行い、最初のミサイル潜水艦として完成した「するが」と共に海上自衛隊に引き渡され、「かつらぎ」から核任務を引き継ぐこととなった。


 かつらぎは1993年3月に退役の後、アメリカへと返還され、翌年にはスクラップとして解体されている。


 潜水艦についてはミサイル潜水艦「するが」型を4隻、攻撃型原潜として改設計した「はるしお」型を10隻整備することを計画し、すべてが完成したのは2007年のことだった。

 現在は次世代型ミサイル潜水艦「たんば」型の整備がひと段落し、2024年からは「はるしお」型の後継となる攻撃型潜水艦「おやしお」型が建造され、来年3月には「はるしお」に替わって配備に就くこととなっている。

 この世界の日本は現在日本に多い核武装論が実現しており、もしかしたらキーマンとなる政治家は現代を生きる核武装論者だったのかもしれない。


 それが誰なのかは分からんけれど。


 と言う事で、日本は海外派兵を拒否して核武装を選び、その考えを湾岸戦争以後も貫く国になっているという事になるんだろうね。


 ちなみに、米ソに振り回され、両国が日本の核武装を容認、黙認した事でキレた中国は日本との国交樹立を断固拒否し、天安門事件による制裁に対し米国にも反発。とりあえず崩壊はしていないが、現在の様な発展もない、いわゆる西朝鮮化しているものと思われる。

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― 新着の感想 ―
核はミサイル本体も運用するプラットフォームもお金がかかるから他の戦力にしわ寄せが来ますよねぇ。 そして中華が図体のデカい朝鮮化するとか。これは情勢が長く荒れそうですね。
興味深い仮想でした。アンポ(核の傘)成立には中国の核、韓国の核計画が影響していたと仄聞してます。  〉しかし、これに対してレールガン政権はソ連封じ込めを優先し、地域の安定に寄与すると日本支持を表…
まさに、一将功成りて万骨枯る…… 核を持つために汎用護衛艦も陸上兵力もFS-Xも犠牲に……多分、通常動力潜水艦とか主力戦車とか補助装備なんかも大変な事になってるんだろうなぁ。 そういえば欧州の某島…
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