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とある世界の日本  作者: 高鉢 健太 
テンプレチートの装備品
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雷神はどこから召喚されたのか

 45式襲撃機「雷神」が就役したのは今から70年も前の話である。

就役から70年というとすでに博物館や航空マニアの所有物となるのが常識なのだが、この機体、改良を繰り返して今でも現役というのだから驚く。


 知っている者にとっては何の驚きでもないのだが、70年前に設計、就役した機体がいくら後に新造されたとはいえ、基本設計をそのままに現役であることは驚愕せずにはいられない。

 雷神の初陣は誰もがよく知るバイカル防衛戦である。それから現在まで、幾多の改良を重ねながら日本、ロシア空軍の対地攻撃機として就役している。


 雷神の基本設計は昨今では珍しくないビジネスジェット機に採用されているような胴体後部にジェットエンジンを取り付けることでエンジンの被弾を極力回避する配置とし、機首には当初は23mm、今では30mmの大口径機関砲を備えた対地攻撃専用の機体である。


 その優秀性は今更新たに語る必要もないくらい多くの書籍で扱われているので詳細は割愛するが、機体開発が行われた時代、世の中は未だレシプロからターボプロップへの移行期だった。

 もちろん、他の国で似たような機種が作られていない訳ではない。ドイツやソ連でも対地攻撃機は造られており、独ソ戦で大活躍している。そういう点では、雷神は後発組ではあるのだが、独ソの機体がレシプロやターボプロップであることを考慮しないといけない。


 日本にも当時、ターボプロップによる対地攻撃機の計画は他にも存在していた。いや、正確に言えばそちらが本命視されていたと言って良い。

 ソ・フィン戦争の戦訓から、対地攻撃機の必要性は認識されており、1942年には専用機の開発が始まっている。当然、この機体のエンジンとして想定されたのはレシプロ、ないしターボプロップだった。なにせ、当時のジェットエンジンは燃費が悪く、低空域での操縦性に至っては最悪と言って良かった。まさか、そんなエンジンで対地攻撃機など造ろうものなら鈍重な動きで対空砲火や敵戦闘機の餌食になるのは間違いなかった。

そうかといって、戦闘機が追随できない様な高速では正確な攻撃が期待できない。


 誰が好き好んでそんな扱い難いエンジンを使いたいと思うだろうか?


 誰もがそんな冒険をしようとはしなかった。しかし、雷神開発チームは違った。はじめからジェットエンジンを前提として、コクピットを重装甲で保護し、タンクの防漏性能も追求し、大口径機関砲の装備を前提にした。

 14.5mm機関砲であれば十分という時代に23ミリ機関砲を装備するというのは、一見、冒険にも思われたことだろう。

 初期の試作機の性能も芳しいものとは言えなかった。予定通りのエンジン性能で他の競作機の笑いの種になるほどだった。試作段階でこれなら軍はすぐさま試作中止にするはずなのだが、中止どころかさらなる追加試作を命じ、競作機を次々とダメだしによって葬って行った。誰もが疑問に思った。汚職すら囁かれた。

 しかし、どこにも汚職など存在しなかったのだから、余計にたちが悪かった。


「統合参謀部の連中は頭がおかしんじゃないのか?」


 誰もがそう思っていたころ、ジェットエンジン開発において、新たなエンジンが実用化される運びとなったのだが、雷神の転機はその時に訪れたと言って良い。

 ターボファンエンジンという、雷神のために開発されたようなエンジンが都合よく完成し、そのために開発してきたかのようにあっさりと換装を終えて試験が始まったのだった。


 ターボファンエンジンというのはご存知、ジェットエンジンでありながら、空気を燃焼室に送り込むだけでなく、エンジン回りにファンによる空気を流すことで、ターボジェットより効率が良く、ターボプロップのようにプロペラを用いないで推進できるエンジンなのだが、排気噴射にのみ目が向いていた開発初期に早くもターボファンエンジンが実用化したこと自体、今から思えば驚愕と言えた。


 プロペラ機では時速700㎞程度以上の場合、プロペラの速度が音速に近くなり、効率が低下する。そのため、遷音速を目指す様な機体はジェットエンジンを積むことになるのだが、この時代は未だ亜音速ならターボプロップが優位と考えられていた時代であり、亜音速から遷音速にかけて最も効率が良くなるターボファンエンジンの開発など未だ誰も考えていなかった。


 そんな中でターボファンエンジンを作ったグループがあり、ターボファンエンジンを前提にした雷神開発チームがあった。

 この事実を素直に認めることが出来るのだろうか?


 私は巷でいわれるほど素直に認めることが出来ない。


そして、もっとも驚くのは、就役から20年近く後に、あるドイツ軍元司令官が雷神を自らの理想とする対地攻撃機として称賛する著作を発表した時ではないだろうか。


「私は雷神の存在を知って驚愕した。私が思い悩んでいたソ連地上軍を撃破するという難問に対する答えがまさか、日本に存在していたなど考えもしなかった。我が国が開発した対地攻撃機など、雷神に比べたら未だ落第に等しい」


 戦訓や戦術を共有していないドイツにおいて得られた開発思想が、戦前の日本には既に存在していた?いや、素直に考えれば、未来から戦訓を伝えられたからこそ、雷神は当初からあのように設計されていた、そう考える方がつじつまが合ってはいないだろうか。


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