レトルトカレー
今日はセンター試験当日だった。
この日のために幾度となく努力を重ねてきた。
そして今、合図が鳴る。
一斉に紙をめくる音、酷く身に突き刺さるような緊張感。それらが全て場の雰囲気を荘厳なものに仕立て上げていた。
問題文を食い入るように見据え、必死になって頭をフル回転させようとする。誰もが一生懸命だった。
その中に、たった1人おかしなやつがいた。
終了の合図とともに、そいつはすぐに眠りに落ちる。
開始ギリギリになって、友人と思しき人に肩を揺さぶられてなんとか意識を目覚めさせていた。
俺は、そいつのことが少し気になりだしていた。
試験中、座席からはそいつの様子がわからない。そいつの席は、俺の右後ろだったからだ。
休み時間、そいつはやはり寝ていた。
机に突っ伏して寝たフリをする、というものではない。
かすかな寝息を立てて、熟睡しようとするのである。
彼女を起こしにくる人物が毎回苦労をしているのを見て、なぜこいつはそうまでして彼女と付き合っているのだろう、と疑問に思っていた。
試験が全て終わった。
ほとんどの受験者が背伸びやら友達との談笑を楽しもうとし始める中、例の彼女だけは真っ先に教室を出て行った。
俺は彼女を追おうと思った。
次いで教室を飛び出す。受験場の外まで急ぎ足で進み、やっとの事で夕焼け空のもとに身を晒した時、そこに彼女はもういなかった。
春がきた。俺は第二志望の大学に受かった。
まぁまぁの結果だった。
そこは国立ではなく私立だったが、そこそこに名も知れていて妥協のできるところだった。
入学式の日、俺は少しだけウキウキしていた。
なぜなら、
合否を確認しに大学へ来た時、彼女の姿を見ていたからだ。もしかしたら彼女に会えるかもしれない。そう思うとなんとなく気分が高揚した。
けれどその日、彼女の姿を見ることはできなかった。
それからしばらくの期間、レクリエーションのようなものがあった。講義内容の説明、単位の取得の仕方、大学設備の概要等だ。
その中には、同じ仲間を作らせようとすることを目的とするものもあった。
学科の中の〇〇先生ゼミというそれぞれの集団に分かれて競技を行うものだ。
はっきり言って、俺はどうでもよかった。
大学についての説明も、友達作りのゲームも、何もかもくだらないものとしか思えなかった。
どちらも、必要があれば自分で行動を起こせばいいだけだからだった。
俺はただ、この大学に所属して「大学生」になれるだけでよかった。そして勉強さえできればよかった。あとはどうでもよかった。
レクリエーションの期間が終わって、その日俺は初めてまともな講義を受けた。一番最後の講義を終えて、家に帰ろうと大学の門を出た、その時だった。
一瞬、見覚えのあるような髪が、真横を通り過ぎて行った。黒く美しい長髪が風に揺られて舞っているようだった。驚いて振り返ってみると、そこにはもう誰もいない。
不思議に思っていると、お腹が減ってきた。
だから今日は、レトルトのカレーを食べることにした。
終わり。