悠久の時を超えて
冷たい風が吹く、木々が眠る時、私の手に収まっている携帯が震えた。
私は無表情でそれを見る。
着信は彼の姉だった。
私は携帯を投げつけ、耳をふさぐ。
聞きたくない。
ききたくない。
キキタクナイ。
だが、バイブの音はやまない。
私が出ないでいると、諦めたのか、短い震える携帯の音が聞こえた。
私はノロノロと携帯を取る。
見たくない、でも、逡巡してから一件のメールを見た。
内容は予想通り。少しの期待を裏切るものだった。
彼が、死んだ。
そう書いてあるだけだった。
音もなく涙がこぼれる。その場にへたり込み、ただただ彼の死をかみしめる。
彼は重い病気だった。それが発覚したときはすでに手遅れだった。
余命一年。
そう宣告されたけど、彼は笑っていた。
あと一年、お前と一緒にいれるなら俺は笑って逝ける、そう言った。
私が涙を指でぬぐいながら言っていた。
一年しかないのに何で笑っていられるの?
我ながらひどいことを言っていると思う。でも彼は
「お前と死ぬまでいれるなら、これ以上ない幸せだ」と。
彼は即入院となり、私もできる限りお見舞いに行った。
けど
だんだんと細くなる腕、ずっと続く咳、食べても戻す姿。
それが怖かった。
彼に死が近づいてきているのが怖かった。
お見舞いも、彼の生きる時間が減っていってるようで辛かった。
でも、彼は笑っていた。何で笑っていたのだろう。
「それは貴女が不安なのを知っていて吹き飛ばしたかったんだよ」
彼の姉はそう言った。
「ほんとはあいつは貴女とおじいちゃんおばあちゃんになるまでいたかったのにね」
「ただただ貴女に笑ってほしかった、って。」
私は彼といる時、笑っていたのだろうか。
「ちなみに、あいつ追いかけて、とかダメよ?あいつに会ったらすごく怒られるよ?」
それでもいい。彼に会いたい。追いかけたい。抱きしめたい。
悠久の時を超えても。
「とりあえず、笑って?あいつ心配して化けて出てくるからさ」
そう言って彼の姉は腫れぼったい目で笑った。
私はその姉の目を、どこかうつろに見ていた。
彼はいない。
携帯にメールを送っても、宛先不明で帰ってくる。
何度も送った。
何度も、何度も。
いつだってすぐ返信してくれる彼が返さない。
電話をしても出てくれない。
夢だったらいいのに、夢だったら。
写真のフォルダを見ると、幸せそうな彼と笑顔の私が写っていた。
彼はいない。
もういない。
もう、笑ってくれない。
そう思った途端、涙が止まらなくなった。
口を押えても、声がでる。
泣いて、泣いて、泣いて
彼の名前を呼んで
やっと彼の死を認めた。
私の逃げの思考が消えた。
死を受け入れた。
真っ白な町の小さいアパートの中、
私は一人ずっと泣いていた。
彼を想って。
彼が死んでから四か月、春がやってきた。
私の凍り付いた心が少しだけ溶け出して、冬の太陽みたいな、少し心地よい暖かさを感じだした。
まだ寒い桜色の並木道を歩く。
ふと思う。
もし、私が彼以外の人を好きになったら、怒るかな、嫉妬するかな、安心するかな。
空を見上げると、太陽が眩しかった。
なんとなく彼が笑ってくれているような気がする。
これからいろんな人と出会うだろう。
傷ついて、落ち込んでどうしようもない時。
空を見上げればあなたがいる気がする。
だから大丈夫だよ。
「一緒に時を過ごしてくれて、ありがとう」
そう呟くと、手らしきものが私の頭を撫でた。
急いで振り返ってもみる。
でも誰もいない。
木々がさわさわと音を奏でるだけ。
だけど私は驚かなかった。きっと、あの手は
「・・・頑張るから!」
長生きして私がおばあちゃんになっても、貴方はきっと見つけ出してくれる。
確信している。だから
「ちょっと待たせるけど、ずっと待っててね」
そう言って、私は一歩を踏み出した。
これからの未来へと。
貴方と一緒にいた過去を連れて。