術者の昔語りと綻びはじめ
ワーズは剣を鞘に納め、マフも立ち上がる。
「ミケロット殿下、ありがとうございます。今回は殿下に命を救われました。」
少年は礼を言われる様な事は何も出来なかったと俯く。
「殿下が機会を作ってくれなければ、私はまた、命を落とす所でした。」
少年が言葉に詰まっている間に言葉が続く。
・・・先程の彼女の言葉で気にはなっていたのだが、この男は死んでも生き返るのか?・・・
少年は何を言えば良いのか分からないといった様子で、視線を外すことが出来ない。
「そうよ、間違いなく死んだわよね? 殺した本人が言うのもなんだけど・・・。」
剣を鞘に納め、ばつが悪そうに会話に加わる女騎士。
「あ~、説明する。説明するから、そんなに睨むなって。。」
少年の思考はさまよう。
・・・僕は狭い世界に生きてきたんだとな。・・・
世界には知らない事、想像もしなかった事が溢れているらしい。
「その辺りの事も含めて話し合いを始めても良いか?」
マフは空になったティーカップをテーブルに置いて彼女に向き直り。
先程の事が、何だったのかと思う笑顔で微笑みかけた。
彼女も憮然とした態度では有るが、いきなり切りかかってくる事はなさそうだ。
マフは倒れたソファーを起き上がらせ、公子に勧めた。
彼女もテーブルを挟んだ対面のソファーに腰を下ろす。
そして、彼が座ると『あの時の事』を説明しはじめる。
沈鬱な表情のまま俯き、ゆっくりと言葉を紡ぎだした。
「あの時は身体を乗っ取られていて、自分ではどうしようも無かったんです。まさか自分が追っている賞金首が自分自身だったとは・・・。」
マフは公子に視線を向け、語りだす。
「そう? 周りのみんなは気付いてたわ?」
ワーズはテーブルに3つ置かれたティーカップにお茶を注ぎながら軽く答える。
「そうだったのか・・・。 だとしたら、あの時俺を止めてくれたお前たちには感謝しなくてはな・・・。」
「自分でも気づいてたんでしょ?」
軽い調子で紡がれる、抑揚のないワーズの言葉には棘がある。
「あなた自分で悪魔を取り込もうとしたんでしょ。自業自得じゃない。」
物騒な話が飛び出してきた。
「確かにそうだが、連続殺人犯が自分自身だったのは気付いてなかったんだ。」
否定はなく認めるようだ。
当時のマフは禁忌の術に手を出し、その秘術の完成を目指していた。
そして、冒険者として賞金稼ぎも行っていた。
「悪魔と融合して、悪魔の力を手に入れるんだったかしら?」
ティーカップを傾けながら問う、ワーズの姿は優雅さを感じさせる。
「保険は掛けて有ったんだよ。まずは魔石に封じ込めて悪魔の力を抑制してから少しずつ取り込んで行ったんだ。」
「でも逆に取り込まれていった。やっぱり自業自得よ。」
邪教の一派なのか? とういような怪訝な表情の公子の混乱をよそに話は進んで行く。
「そこがちょっと違う。」
「へぇ~? どう違うの?」
「融合してたのは肉体だけでだな。。」
「それで?」
「自我と言うか、魂の部分は入れ替わって行ってたんだよ。」
「どういう事よ?」
「魔石に封じてた悪魔の力を少しず~っつホントに少しずぅ~っつ取り込んで行ったんだがな。あいつらも俺の魂を少しずつ魔石に封じて行ってたわけだ。」
「あいつらって・・・、あんたいくつの魔石取り込んでたのよ。」
「いくつか・・・だけど。もうしない。絶対しない。あれ、やばいから。あの魔道書も欠陥品だったし、今考えれば魔道書も人が書いたんじゃ無いかもしれないし。」
「・・・・。」
「いや実際、取り込みたかったのは厳選された3体で残りは魔素の補充用にと思ってたんだ。でも大事なのはそこじゃなくて、おれの魂は幾つかの魔石に分けて封じられて行った事なんだ。」
「・・・どんな言い訳をしてくれるのかしら?」
押し殺し、絞り出したであろう抑揚のない声は、ほんの少し震えていた。
「魔石には幾重にも結界を施してたし、分断された魂の力ではその状況を認識するのも困難でだな・・・。本当に俺の知らない所で犯罪は行われていたんだよ。」
マフはさも仕方なかった事の様に、しれっと自分の無実を主張し始めた。
ワーズの口調に怒気が宿る。
「魂が全部入れ替わってたわけじゃないでしょ! いくら私たちでも何体分も悪魔を相手に出来るわけないし、あんたの協力がなくちゃ、あの悪魔だって倒せなかったわ。」
「そうそう!身体に残ってた俺は悪魔を道連れに滅ぼされててだな、今の俺は魔石に封じられてた魂の方なんだわ。」
「・・・魔石もなにも、あんただった悪魔を石化させた後、粉々に砕いて聖油に浸して灰になるまで焼いたのよ? 魔石諸共に。」
「うん、魔石に結界張っておいて良かったと思ったよ。あれが無かったら魂が昇華されて次の輪廻に回される所だった。いや、どちらかと言うと異界に取り込まれてたのかな。取り敢えず俺は魔石の結界のおかげで魂だか自我だかの拡散は防げたわけで、そこから無数に分かれた魂を探す大冒険をへて、肉体の再生を行ってきた訳だ。」
公子はぽかんとした表情で話を咀嚼しきれずにいるようだ。
いや、言ってる事は分かるのだが理解が追いつかないのか。
さも当たり前のように言う事に感心するやらあきれるやらである。
「再生した割には顔の傷はそのままなのね。」
「うむ! これは俺のトレードマークみたいなもんだからな!」
これでもかと言うほどのドヤ顔である。
「ハッ! 何それ? その傷が恰好良いとか思ってるわけ?」
ワーズは汚いものを見るような目でマフを見下しわざと抑揚をつけて喋る。
「なっ! ばっ!」
・・・うん、今のは傷つくと思う。・・・
そんな二人のやり取りを見ていて、つい笑顔を見せる公子。
彼の話を信じるなら、悪魔は既に消滅しており、今のマフは悪魔と融合していない魂から再生していると言う事らしい。
普通に考えれば、世界に災厄をもたらす存在が目の前にいる。
それをどう判断すれば良いのか答えなど出るわけも無さそうであるが。
だが、何かを割り切ったのだろう。ワーズは笑っていた、つられてマフも笑いだす。
公子は思った。
・・・この二人は仲が良いのだ、一時期を冒険者として共に過ごし幾多の困難を乗り越えてきた絆がある。・・・
仲直りは出来たようだ。
そして話は諸侯軍に関しての事へと移る。
公子は駆け引き無しで正直に全てを話す。
彼の状況も既に後が無い所に来ている。
「今度の諸侯軍の招集に際して、是非とも僕の幕下で参加して頂きたいんです。」
ワーズは眉を顰め、あごに手をやり考え込む。
自由騎士として生きてきた彼女にとって、この話は受け難いものなのだろうか?。
「分かったわ。これも何かの縁だし男爵殿の陣営に参加しても良いけど。」
しかし、返ってきた答えは至って申し分のない快諾と言って良い物だ。
「でも、次の諸侯軍の招集なんていつになるか分からないわよ? その手の話って、すぐに私の所に入るようになってるんだけど、そんな話し全然聞かないもの。」
「え?」
「だいたいマフ、その話し何処から聞いたのよ?」
公子とワーズの視線はマフへと注がれていく。
マフはどっかとソファーに座ったまま腕を組み、目だけが泳いでいた。