術者、公子を訪ねる
登場人物と地域の名称をつけています。
門に据え付けられた鐘が鳴り響く。
ーカランーカランーカランー
その前にはフードを目深に被り、身体をすっぽりとローブで羽織った男が立っていた。
ーカランーカランーカランー
男は屋敷の入り口をしきりに覗きこみ、裏庭から脇に回って近づいた僕に気づいていない様子だった。
ーカランーカランーカランー
---あんなにフードを目深に被っていたら、周りも見えづらいんだろうな---
ーカランーカランーカランー
冒険者だろうか? 肩に担いでいるバックは、酷く年季の入った物だ。
ーカランーカランーカランー
ローブに隠されているが、背中に不自然な膨らみが見える。 短槍かなにかだろう。
ーカランーカランーカランー
見るからに怪しげな雰囲気に、声をかけるのに戸惑う。
ーカランーカランーカランー
---たぶん、誰か出てくるまでずっと鐘を鳴らし続けるんだろうな・・・---
ーカランーカランーカランー
意を決して、声をかける。
「あの・・・」
ーカランーカランーカラ・・・
男は鐘を鳴らす手を止めて、ゆっくりと此方に向きを変える。
「あの・・・、当家になにかご用でしょうか? 生憎と、僕しかいないんですが。」
男は明らかに少し動揺している。 バツが悪そうに視線を泳がせると、ゆっくりと話し始めた。
「流石は、英雄ニサの血を引くお方です。 まさか私に気づかれる事無くここまで近づいてこられるとは・・・。」
確かに母方の実家は、ニサ様の血統だが100年も前の話しだし、僕自身、気配を消すような訓練はした事が無い。
「あの、どう言った用件かお聞きしても?」
「あ、仕官しにきました。」
男の言った言葉に付いていけず、沈黙が流れる。
仕官? 言葉の意味を飲み込むのに間が開いてしまった。
男はこの隙を逃さず、大仰にローブを跳ね上げ、派手なジャケットアクションを決める。
手を胸に当て、片膝を付き早口に捲し立てた。
「私、マフと申します。 ミケーレ・デ・ロルカ男爵様にお仕え致したく参上いたしました。」
どうやら、仕官目当ての冒険者崩れらしい。
だが、当家に人を雇う程の余裕はない。
「生憎だが、当家では新しい雇い人を入れる予定はな・・・」
マフと名乗った男は、サッと左手を突き出し言葉を遮った。
「私、こう見えて中々使える男でございます。冒険者としても、ソコソコ名も売れておりましたし、何より開眼し『万物自然の法則』に精通しております!」
自信に満ち溢れた態度と瞳で此方を仰ぎ見る。
この男が僕の話を聞く気が無い事は分かった。
だが、この男の言っている事の半分は分からない。
---開眼して? 万物自然の法則??---
お引き取り願おう。
冒険者崩れが、どうやって貴族区まで入ってきたかは分からないが怪しすぎる。
「あぁ、言葉を間違えた。 予定というか、余裕がなくて・・・。」
「分かります。成功報酬並びに、出世払いで結構でございます!」
「いや、特に使用人の要を感じていないので。お引き取り願いたいのだが・・・。」
男は訝しげに眉を顰め、鼻の上の傷が微妙に歪む。
「えっと、諸侯軍の招集に当り、従士の一人も連れていた方が良いかと思うのですが。」
「諸侯軍?」
「あれ? まだ召集の話来てないですか? 細かい時間軸までは把握できないからなぁ・・・。」
「諸侯軍が招集されるのか?」
「はい、近々招集されます。私、縁あってご当家が招集に応じられる事を知っておりまして、馳せ参じた次第です。」
「では、爺の言っていた伝手の者か。」
「・・・ハイ。」
思考が加速される。
様々な事が脳裏をよぎり、マフと名乗った男の視線がほんの一瞬だが、左下に揺らいだ事に気付かなかった。
「わかった、まずは屋敷に入ってくれ。」
マフと名乗る男を屋敷に招き入れ、応接室で詳しく話を聞く事にする。
お茶を出してくれるメイドも居ないので、二人でお茶を淹れている最中に簡単な経緯を説明された。
「では、今回の招集では東の国境砦へと向かうのだな。」
「はい、小規模の異変という事になってますが、実際はもう少し規模が大きいようです。 諸侯軍だけでなく傭兵部隊も参加する事になるでしょう。」
この男、見かけによらず中々の情報通な一面も持っているようだ。
名の通った冒険者と言うのもあながち誇張ではないらしい。
ポットに出来上がった紅茶を入れ、マフにはカップ類を運んでもらおうと思ったのだが
「いけません! 私が運びます。 ロルカ男爵様はそのまま、お部屋にお進み下さい。」
と、ポットも取り上げられてしまった。
怪しい男だが、話してみると少し間の抜けた処は有るが、気の良い男であることが分かる。
この三日、人との会話が無かった寂しさもあってか、すっかり打ち解けた雰囲気となってしまった。
「マフ、君は僕の最初の家臣となるわけだが、親しい人は僕の事を、ミケロットと呼んでくれるよ。」
「畏まりました。ミケロット殿下。出来れば、私、殿下の故郷のナーヴァ・ガリア候国から来ている事にして欲しいんです。 申し上げました通り、王国ではソコソコ名も通ってしまっているので出来るだけ素性を隠しておきたいのです。」
王国の者からすれば閣下と呼ぶのが正しいのだろうが、候国の者からすれば公子は殿下と呼ぶ事になる。
そうまでして素性を隠したいと言う事は、長く使えてくれる訳では無いのだろう。
少し寂しい気もするが、爺との契約で来てくれている様だし冒険者とは、そういうものなのだろうと納得した。
応接室に到着し、紅茶を飲みながら話の続きが始まる。
「すると、今回、混成兵団から僕に貸し出されるのは1個小隊ほどの戦力なのだな?」
「はい、少数ですが、ピーターと言う、兎の渾名を持つ男が所属している小隊ですので、規模以上の戦果は望めます。」
随分と可愛い通り名だと思った。正しくは【兎の輪舞曲】、その兵士の戦い様が由来だと言う。
「ですが、これだけでは戦力が心もとないのも確かです。 そこで、もう一人、どうしても引き入れておきたい人物がおります。」
「うむ。」
頷き、どのような人物なのかを聞く。
ワーズ・ラン・シエル。
アストール王家より自由騎士の称号を授与されており、恐らく今回の諸侯軍にも参加する女騎士だと言う。
「以前に同じパーティーを組んでいた奴なんですが、剣の腕は中の上、風の精霊魔法の使い手です。剣も魔法も、確りと基礎から学んでおりますし、儀礼・式典はもとより、庶民の生活にも通じています。何より、今のミケロット殿下が持っていない、今後必要になる力を持っています。」
「それは、どのような?」
僕の疑問にマフは丁寧に答えてくれた。
彼女の父親は騎士爵家の3男で、母親は商家の次女だと言う。
そして、父方の祖父母は騎士と宮廷魔術師の家で、母方の祖父母は商館持ちの商人と魔道ギルドの構成員。
彼女の親戚は現役の騎士団員や宮廷魔術師や商人や魔道ギルドの構成員として在籍している。
この国で皆無と言っていい縁故が、彼女を通して手に入るのは大きい。
剣は騎士の正統を学び、魔法も魔術師団や魔道ギルドの学舎で習得し、男爵家に仕えるに申し分のない経歴である。
だが疑問もある。
「何故そんな人物が、どこにも所属しないで冒険者をやっているんだ?」
マフの答えは、至って簡単な物だった。
「色々と理由も有るんでしょうが、結局は、どこに所属しても、よそ者扱いなんです。」
本人にその気はなくとも、他の派閥の回し者の様に扱われる。
どんな場所であれ、そういう目で見る人間は居るものだ。
ただ、彼女の場合は、そういう目を引き付ける要素が多すぎるのだ。
それが嫌で、自由な冒険者家業を続けていると言う。
「そんな人物が、僕に力を貸してくれるだろうか?」
「大丈夫です。奴にはショタの気がございますので、殿下ならイチコロでしょう。」
やはり、たまに言っている事の意味が分からない。
だが、マフの言った通り、彼女はみる価値のある人材だ。
先がどうなるのか分からない以上、目の前の事象を一つ一つ紐解いてゆくしかない。
「よし、彼女に会いに行こう。」
何かが動き出した。
何かは分からないが身体中がそれを感じているのが分かる。
「すぐに出発したいのだが。 マフ、少し手伝ってくれ。」
「畏まりました。」
恭しく礼をする彼を連れ、裏庭へと歩く。
まずは洗濯物を終わらせなくてはな。
あまり進みませんね・・・。