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冒険者たちへ  作者: 沈蟹
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序章 とある騎士の場合


雲に覆われた空を仰ぎ見ながら馬を進めていく。

時折、意識が飛びそうな感覚を覚えているが、実際に飛んでいるのは一瞬のことだろう。

太陽の位置は確認できないが、西に向かっているのは間違いないはずだ。


最後の突破を試みてから数刻。

昨夜は一睡も出来なかった。

もう何度も後方を確認したが追手の気配はない。 


今いるのは、騎士となった時からの付き合いになるこの馬だけ。

あの混乱の中でさえ呼び掛けに応えてくれたのだ。

それは騎士としての誇りであり、あの戦場で戦い続けられた理由でもある。


自分が生きている事を不思議に思う。


王国の東端、平原と大森林の境目にある砦。


人を寄せ付けない、鬱蒼とした巨大な森林に傷のように東西に向かって走る盛り上がった岩の峡谷。


国境の砦は、峡谷入り口を塞ぐ二重の城壁と、その間にある石造りの幾つかの建物からなっていた。

大森林は人の領域外であり、東側に抜けるには、この大峡谷に沿った谷底を進むしかない。


王国の穀倉地帯からの輸送を、この交易路に依存している都市国家も数多く存在していた。

先遣として出されていた斥候により、凶暴化した亜人種と魔物の姿が確認され、その数は少なくとも数百単位の勢力に達していた。


遠征軍は即座に招集され、砦の城壁には王国の兵団が、招集された傭兵隊も城壁外の平野に駐屯することになった。



そして、遠征軍の到着を待っていたかの如く侵攻は始まった。


夜、峡谷に野太い角笛の音が響きわたる。

俄かに騒がしくなった城壁の上で、篝火が消され、王国兵団が弩を構えて整列する。

敵は雲霞の如く湧いて出た。

稜線に影が現れ、次第にその数が増える。万に近い軍勢だ。

文字通り黒い影が染み出して城壁を飲み込もうとしているようだった。

城壁から一斉に放たれる弩が敵の正面を削っていくが、速度は衰える事無く前進してくる。


初めに目に入ったのは降り注ぐ大量の矢と岩。

敵の射程に入った時点で、味方の射撃の勢いは目に見えて落ちていた。



次いで甲高い鳴き声。

盾の間から鳴き声の方を覗くと上空を黒い翼をもったトカゲが旋回していた。

奴等は砦に向かって下降してくると掴んでいた化け物を落としてきた。

3m近い身長、ゴツゴツと厚みのある体躯、持っている巨大なモールを振り回し

目につくものを片っ端から打ち壊していく暴力の権化。


口笛を吹き、愛馬を呼ぶ。

混乱の中でさえ、迷わず主人に向かって走ってくる姿は、頼もしくさえあった。


崩された門や城壁の隙間から敵が傾れ込んでくる。

まだ、数は少ない。 走り抜けざまに巨大な化け物に一太刀浴びせかける。

膝に力を加えるだけで、主人の意のままに勢いを増し、突き進む。

騎馬の突進力を乗せた一撃、巨体はそのまま崩れ落ちた。


持ち堪えるしかない。


城壁の上の弩兵は応戦を続けていたし、城外の傭兵隊が参戦すれば十分に持ち直せる。

周囲を見渡せば、小さく固まり応戦する兵士の姿も目に付く。

馬を走らせ続け、囲まれないように立ちまわれば良い。

巻き返しの機会は来る。 走り抜け、切りつけ、また走り出す。 



気づくと、軍の一部は早々と退却を始めていた。

退却の銅鑼が打ち鳴らされる。


一つしかない城門では、逃げ惑う人の群れによって、傭兵隊の侵入が阻まれていた。

取り残された兵士が、次々と魔物に取り囲まれていく。



ギリと歯を食いしばり、魔物の囲みに突き進む。

馬を走らせ、切り裂き、さらに走る。 生き残る為に。






気が付けば、しとしとと雨が降り始めていた。

どれくらいが生き残れただろう。統制を失った軍は、驚くほど脆い。

逃げ惑う仲間を目にして、踏み止まって戦える者など少ない。




雨脚が強まり周囲の景色が霞むなか辿り着いたのは放牧民の集落だった。

馬は傷つきながらも集落に主を運び込む。


駆け付けた集落の男達は崩れ落ちる騎士を抱えると、その場で鎧を外し傷口を確かめる。


「傷が多いな・・・、致命傷になるほど大きなものはない・・・。随分と血を出してしまっているが、これ以上流さなければ大丈夫だろう。」


男達は手早く血を拭い、大きな傷口に布を押し当てて止血する。

腰袋から軟膏を取り出し傷に塗っていくと、小さな傷口の出血は驚くほど簡単に止まってしまった。

騎士は小さく首を動かし愛馬の方をみる。

馬は膝をおり、伏し目がちな視線で主人を見守っていた。

すでに立つ事もできず、目に見えて弱っているのがわかる。


騎士の手当てをしていた放牧民は、騎士に向き直り語り始める。


「馬の方は・・・恐らくもう、助からない。血を流しすぎた。腹の中の矢じりも1つ2つではきかないだろう。 早く楽にしてやったほうが良い。」


戦場で大きな傷を負った馬は哀れだ。

獣の生命力は、すぐに絶える事はない。 傷が膿み、血の毒が身体中に回っても、生き続けてしまう。

手段を持たない情けは、いたずらに苦しみを長引かせるだけだ。


騎士は小さく頷くと、ゆっくりと目を閉じてゆく。

男が二人、馬の方に向き直り、腰のマチェットに手をかけた。


馬が小さく嘶く。


そして鼻息も荒く喉を震わせると、ゆっくりと、だが力強く身体を持ち上げていく。

男たちの歩みが止まる

起き上がろうと力を込めるたびに傷口から血が滴り落ちる。


何度もよろけて崩れそうになりながらも、決して諦めることなく立ち上がった。

黒く大きな蹄、丸太のように確りとした脚、鍛え上げられた彫刻のような胸板。

その視線が凝視する先には、横たわる主の姿。


「良い馬だ・・・。」


誰ともなく呟かれた言葉が耳に届く。


騎士も馬を見続けていた。


片足を掲げ、小さく嘶いた馬はそのまま、どうと地面に崩れ落ちる。


馬は主人を見続け、騎士も馬を見つめる。


「えぇ、そうね。 ここまでして貰って、最期を他人に任せるなんて卑怯よね。」


傷口を押さえていた男に、支えられながら起き上がった女は、外されていた剣を受け取り鞘を払う。


女の身体には不釣り合いなほどの長剣だが、扱いに不自然さはなかった。


「この子を埋葬してやって欲ちょうだい。それと東の砦は落ちたわ。ここまで魔物が来るかもしれないけど、殿の生き残りがこちらに落ち伸びてくるはずだから。出来るだけ、助けてやって。」


「あぁ、すでに何人も来ているよ。大丈夫、草原では助け合うものだ。」


女騎士は男の答えを聞き、ゆっくりと大きく息を吸うとピシャリと両手で頬をうった。


「あぁ! もぅ! 全然話が違うじゃない!」


東の空を決意と怖れと、戸惑いが混じった瞳で睨む。

血が足りていない、視界に、ちらちらとノイズが走る。

グラリと地面が揺れるような感触が襲うと、目の前が真っ白になった。











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