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冒険者たちへ  作者: 沈蟹
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序章 とある公子の場合

 


広い部屋、高い天井、壁の一面が窓になっており、純白のカーテンの隙間から柔らかい日差しが入り込む。


上品に整えられた室内は、この部屋の主が、高貴な身分で有る事を物語っている。

朝と言うには、遅い目覚めだ。


少年は寝台の上で、上体を起こすと、憂鬱そうに髪をかき上げる。


美しい少年だった。 栗色の髪に整った顔立ち。 愛らしく有る筈の大きな瞳には、荒んだ影が見える。



---僕は弱いな。 あれから、まだ三日しか経っていないのに・・・。---


三日前、この屋敷に勤めていた最後の人達に暇を出した。


起き上がり、誰もいない廊下を歩く。


長く僕に仕えてくれていた執事や使用人たちは、既に誰も居ない。


故郷を離れ、王都まで付いて来てくれていた者たちだったが、彼らには、故郷に家族や親類がいる。


 これ以上の迷惑はかけられない。


故郷から連れてきた者達は、早々に帰国させ、新しい使用人を雇い入れたのだか…。


甘く考えすぎていたのだろうか。


国内の序列を明確にする為、切り捨てられる。


予想はしていた。


疑いを持たれないように、家人達も新たにした。


---徹底している。 せめて人質としての価値くらいは、残すだろうと思っていた。---


---国境を接している、領主たちは王国との関係は死活問題だろうに。---




実家の候国領では、親王国派への締め付けが始まっているのだろう。


出入りの商人は姿を消し、支援者からの送金も滞った。


給金が払えなくなった以上、新たに雇い入れた彼らにも暇を出すしかない。


「これで、僕が死にでもしたら、どうするつもりなんだろうな。」


預かっている公子が憤死したとなれば、原因はともあれ良好な関係の維持は難しいだろう。


一時的にしろ、王国との関係を生業としている者たちにとっては良い迷惑だ。


屋敷の裏手にある井戸で、慣れない手つきで水を汲み上げる。


桶にいっぱいの水をくみ上げると、身体も温まり、うっすらと汗も出てきた。


汲みあげた水で、顔を洗い、持っていた布で身体を拭き清める。


井戸の水は、よく冷えており火照った身体に心地よかった。


身体を拭き清めると、少し気持ちも引き締まった気がする。


「よし、食事の後、今日は洗濯に挑戦だ。」


何もしていなくても、生きているだけでさまざまな物が必要になる。


着るものの替えはまだ有るにせよ、いずれ足りなくなるだろう。


家人達が退去するに当たり手渡された、必要になるだろう事柄の書かれたメモを取り出す。


食事は、保存の効く物の備蓄がある。 


しょっぱかったり硬かったりで、美味しくは無いが暫く気にせずに済むだ。


簡単な食事を済ませ、洗濯用具を探し出し、井戸端に広げる。




思いの外、重労働だ。



「シャツは何とかなったけど、ズボンなんてどうやって絞れば良いんだ?」



遠目にしか見た事の無い、メイド達の洗濯風景を思い起こす。


お喋りし、笑いながら洗濯をしていたメイド達。


彼女たちに、騎士の訓練を受けさせたら、やはりお喋りし、笑いながらこなしていくのだろうか。



「まだまだ、学ぶべきものが多いな。」



可笑しな事を考えながらも、三日間の洗濯ものと悪戦苦闘する。


手に力が入らなくなってきた。 


しゃがみながらの作業が続き腰も痛い。


洗濯の手を休め、思い切り伸びをする。 


固まった関節が伸ばされ、解放感が心地よい。


故郷からの従者たちが旅立つ時の事が脳裏を過る。


「諸侯軍の招集か。」


ポツリと思い出し、呟く。


故郷に旅立つ前に、爺が言っていた。


「若様、故郷に戻れぬ以上、この王国で生きていくしかありません。 我が侯爵家は武門の家柄、武功を挙げられる事です。 いずれ、大なり小なりの戦もございましょう。その時こそ、諸侯軍として参戦なさいませ。 小さな伝手ではございますが、幸いにして、混成兵団の方へ、ご助力頂けるよう取り付けております。機会が来るまで、ご辛抱くださいませ。」


母の従者として侯爵家に入り、母が亡くなってからも、ずっと近くで見守ってくれていた。


彼の年齢から考えても、生きて再び会う事は無いだろう。 


苦労して取り付けてくれたであろう機会を無駄にするわけにはいかない。


「とは言っても、諸侯軍の招集など、いつの事になるのかな。」


今、王国は平和そのものだ。


周辺諸国との関係も良好で、一番の火種になりそうなのが僕かもしれないのに。


ぼんやりと考えていると、門に備え付けられた呼び鈴が鳴らされる。


来客のようだ。


動いたせいではみ出したシャツを整え、失礼にはならない程度の恰好だと確認すると、ゆっくり門へと歩き出す。



そして、この一歩が僕の人生に大きく関わる、運命との出会いに繋がるのだと知るには、それほど長い時間は必要無かった。




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