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 サアノは千鶴の家に行くと、いつも料理を作る。

 料理の本や器具を買って、千鶴の家に置くようにもなった。

 千鶴ががんばる姿を見て刺激されたのもある。

 自分なりに真剣に何が好きなのか考えに考えて、出た結果が料理だった。美味しいと食べてくれる人の笑顔が好きで、楽しくて、作れる。今は楽しいだけではなくて、オリジナルの料理にもチャレンジしたいという意欲にも駆られる。

 千鶴の健康面を考えてあげようと思うと、料理とはすごく奥が深い。本をいくら買っても、ちっとも知識が足りない。勉強は嫌いだが、こうして何かを学ぶのは楽しい。自分には向いているのかもしれない。

 そういう発見をすることが嬉しかった。

 これでまた千鶴に一つ近づけた。

「ねぇそろそろ行く?」

「そうだね」

 二人は時計を見て互いに頷きあった。

 最近、二人で散歩することが習慣になった。これでもデートといえなくもない。目的地はマンションの裏手にある土手を歩いた先にあるコンビニ。

 はじめは、飲み物やお菓子を気分転換に買いに行くという千鶴にサアノがついて行ってるだけだったのだが、いつの間にか自然と二人の間で、散歩デートが定着していた。サアノとしても、考えすぎて溶けてしまうくらいに熱した脳には、ちょうどいい息抜きになった。

 マンションの部屋を出て歩きながら二人は、自然と手を繋ぐ。

 周りに、もし知り合いがしたらという不安もあるが――今まで何度も歩いたが、土手に自分たち以外の人が歩いているということは、滅多にないし、時間はいつも午後の四時ごろで人目を避けるようにしてはいる。

こうして二人で歩けることがサアノには嬉しかった。

いつもデートはカラオケとかゲームセンターといった友達と行くのとかわりばえのないものばかりだったような気がする。楽しかったことは楽しかったが、終わってしまえばむなしくて、相手となにをしたのかというのも思い出すのも困難なただノリと楽しみだけのあるデートだった。

今の千鶴との関係が、もし、万が一終わってしまうことがあったとしても、サアノは千鶴のことをずっと覚えていると思う。そして、こんなうにゆったりと過ごした時間のことも、ちゃんと覚えていられる自信がある。

 人を好きになるって不思議。

 なんでもないことが、こんなにも嬉しくてたまらないなんて。

 ちらりとサアノは繋いだ手を見た。

 手を繋いでるだけじゃ物足りなくてキスしたくなって、キスもただ触れ合うだけじゃない。もっといろいろなキスをしたくなる。抱きしめてもらいたいし、そのまま服が邪魔だって思えてくる。自分たちが別の人間であることがすごく不思議で、邪魔でたまらなくなる気分だ。一つに解け合ってしまいたいのに、それが出来ないことがもどかしい。

 サアノはふぅと息を吐いた。

「どうかした?」

「ううん」

 けれど、自分たちは違う人間なのだ。

 千鶴の柔らかいのに、すごく骨ばっていてかたい手は、男の人の手だ。サアノは何気なく、繋いだ手を持ち上げみせる。日に焼けてやや小麦色の肌のきれいな手。けれど、よく見ると、その手のいたるところに傷がある。紙で切ったらしいうっすらとある傷。これが千鶴のがんばりだとサアノは思うと、全部が愛しい。

「最近、寒くなってきたね」

「うん」

 夕方の四時半頃だというのに、もう傾いた太陽は世界を茜色に包んでしまっている。

 時折吹く風は、生ぬるく頬をなで、体がぶるりと震えてしまう。

「ちーちゃん、風邪、ひかないでよね」

「うん。サアノのおかげで、ひかないよ。おいしくてヘルシーなものたべてるもん」

 千鶴が嬉しそうに笑って言うのにサアノも笑った。

 こうやって自分が好きな人の役に立てるっていうのは、すごく嬉しいことだ。

 サアノは何気なく視線を川に向けて、びっくりした。

「犬!」

「えっ」

 川の中に白い犬が溺れていた。

サアノは慌てて駆け出そうとすると、横にいた千鶴が走り出した。

 サアノが目を見開き見ていると、土手を走り、石と砂ばかりの地面から川の中に千鶴が濡れることもかまわずに入っていき、子犬を拾い上げた。

「ちーちゃん」

 サアノも慌てて走る。

 だが川まではいけない。待っていると、千鶴が犬を抱えて陸にあがってきてくれた。

「寒くない?」

「大丈夫だよ。走ったからさ。この犬も、大丈夫だよ」

「よかった」

 千鶴が差し出した白い犬を見てサアノは自然と笑みを漏らした。

「かっこいい、ちーちゃん」

「そう? 普通だと思うけども、足が冷たい」

「帰る?」

「うん」

 そういいあったあと、千鶴はあっと困った顔をしたのにサアノも気がついた。

この犬をどうするかということが問題だ。

「どうしようか」

「……マンション、確かペットも可だと思う」

「ほんと?」

「聞いてみる。動物病院にも連れていかないといけない。もしだめなら、動物の先生にお願いしてみるよ」

「お願い」

 混乱するばかりで、何も考えられなかった。

 サアノは、千鶴が犬をしっかりと抱えて歩く背中をじっと見つめた。


 忙しい二日過ぎて千鶴の家に行くと、白い犬が出迎えてくれた。

 はじめてあったときとは違う、本当に真っ白できれいな毛をした犬は、尻尾を振ってくれたのにサアノは思わず歓喜の声をあげて、犬を抱き上げていた。

「ちーちゃん、犬、飼ってもいいの?」

「うん。いいって。ちゃんと予防注射したよ。えらくってね、トイレも一発で覚えちゃったよ」

 千鶴が奥から出てきて笑顔を向けてくれたのにサアノは犬をぎゅっと抱きしめて笑った。

「嬉しい」

 自分が見つけて、千鶴が助けた犬。

 なんだか他人事ではないような気もして、気になっていて、再びこうして出会えることが嬉しい。

「けど、なんで教えてくれなかったの?」

「ここにきたときの楽しみにしておこうと思って」

 千鶴が笑いながらいうのにサアノはわざと膨れ面を作ってそっぽむいた。

「ふーん」

「怒らないで。名前、まだつけてないんだ……サアノにつけてほしくて」

「私に?」

 千鶴の言葉にサアノは驚いて振り返った。

「私がつけていいの? 本当に」

「うん」

 鷹揚に頷く千鶴を見てサアノは腕の中にいる白い子犬に目を向けた。自分たちが拾い、そして今は育てることのできる犬。

「じゃあ、サチって名前にする」

 サアノは言いながら犬をおろして歩き出した。

「おいで、サチ」

 サチが嬉しそうにあとをついてくる。

 サチという名前が自分の名前だと認知しているかはわからないが、まだ子犬だ。覚えていくことは山のようにある。

 名前だって、その一つだ。

「サチ? 幸多くあるように?」

 続いて家の中に入っていこうとする千鶴が尋ねてきたのにサアノは笑った。

「内緒」

 ――さすがに二人の名前をそれぞれにあわせたなんて、はずかしくて言えなかった。


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