●トド
「こんなこと始めてそろそろ一年だなあ」
「そーっすねー」
「キャリアのこととか、考えてるか?」
「ああ、チョウザメの卵ですよね。チョウザメも獲りに行かなきゃですねー」
「……分かっててボケてるだろ」
地球へ向かう星間船。
乗客は二人以外にいない。
その代わり、二人が百万回生まれ変わって使い放題にしても余る電力を生産できるほどの核融合燃料が積んである。
どこか遠くの重水の湧く井戸のある惑星からの定期便の一角を間借りした小さな旅客スペース。
客が無いのはそんなに珍しいことではない。
星間旅行はまだ庶民には高嶺の花だ。
「こんな仕事してて、っていうか、俺ら仕事してないよな? 実質。将来のキャリアとか気になるだろ」
「いや考えないでもないっすけどね、この前のボーナスの額見たら、どうでもよくなって」
「うん、まあ、あれは、俺も驚いた」
「退職金かと思いましたよ。あれ? 僕クビっすか? って」
「クビにしたいのは山々だが、まあ、社で地球の海に潜れる数少ない逸材ではあるからなあ」
「えっ? クビにしたいんすか? ねえ、そこははっきりしときましょう、ねえ」
「実際、社長の覚えもいいから、俺は大丈夫なんだよな」
「ねえ、これ終わったらクビっすか? ねえ」
「ぶっちゃけると、ボーナスと一緒に、昇進ポイントも六十もついてたし。あと十も稼げば部長職、この仕事であと百ほども稼げれば、試験免除も見えるんだよな」
「えっ、昇進ポイントついてない僕、やっぱりクビっすか?」
「ついてなかったのか」
「……ついてなかったっす」
「……かわいそうにな」
「えっ」
***
大きなクレーン、その先から伸びるワイヤーの先に、ぶら下がる佐藤主任。
「ねえ課長、これおかしいっすよね、なんかおかしいっすよね」
手足をバタバタさせながら佐藤主任は苦情を上げる。
「で、あそこに見えるのって、トドですよね、図鑑でちゃんと見たから知ってますよ、体重一トンすよね、何これ、僕がアームハンド役っすか、一トンを両腕で抱えろって?」
「騒ぐな、せっかく寝てるやつ見つけたんだから」
高橋課長は、カップのインスタントコーヒーを口にしながら、岩場で体を休めている数十頭のトドを眺める。
この専用クレーンを思い切り伸ばせば、あそこまで届くだろう。
「お前の馬鹿力には全く期待してないよ、ほらこれ」
クレーンのワイヤーが伸びて目の前に下りてきた佐藤主任に、高橋課長はダーツのようなものがたくさん詰められた布袋を渡す。
「麻酔銃で撃つとその音に驚いて他のやつが起きるから、お前ちょっとあの上から、それ直接投げて眠らせて来い」
「虐待です!」
「分かってるよ、だが暴れるトドを無理やり捕らえるか? 麻酔で気持ちよく眠っているところを優しくお連れするか? どっちが虐待だと思う」
「僕に対する虐待っす!」
「うるせえ。お前は保護動物でも何でもねえだろ」
「って言うか、トドは保護動物じゃないんすか!」
「保護動物に決まってんだろ」
「じゃどうやって許可とったんすか」
「密漁に決まってんだろ、黙れ」
「だめですよ!」
「分かった分かった。ちょっと眠らせて生態調査するだけ、な」
「ほんとですよ!?」
そして伸びていくクレーンアーム。
佐藤主任は見事にトドの群れの上空を舞う。
そして、ひょいひょいと麻酔ダーツを見事に命中させていく。
すべてのダーツが見事に命中し、都合十二頭のトドが心地よい眠りに落ちていった。
「どうっすか、僕、あれから練習してダーツ上手くなったんですよ! でも、だめですからね! もし捕まえるんだったら告発しますからね!」
高橋課長が目配せすると、麻酔銃を構えた漁師が、佐藤主任をロックオンし、見事に仕事をやり遂げた。